7ページ目 落語逃亡大作戦
俺は頭が真っ白になりながらも、ヒメラの元に駆け寄った。
「ちょっと……聞いてないよ、こんなの……くっ……まさか……まだ倒せてない、なんて…………」
頭を強く打ったようで、その顔は苦痛に歪んでいる。
「おいおいおい勘弁してくれよ! 完全に終わった感じだったじゃん!! お前から勝者感ガンガンに滲み出てたじゃん!!」
「し、仕方ないでしょ……啼雲が分裂するなんて情報、今までなかったんだから……」
分裂…………?
「アアアアアアアアアア強いなアアァァァ!! 強くて強くて嫉妬が止まらないナアアアアア!!! でも、ボクは……いや、ボクらはまだ負けてないイイイイイイ!!」
「それどこかその女はボクらをパワーアップさせちゃったんだアアアアア! 細かく切り刻んでくれてありがとオオオオオ!! おかげでホラ、こんなにたくさん分裂できたアアアアア!!!」
気がつくと、俺とヒメラはおびただしい数の啼雲に囲まれていた。上から見たら、屋上が真っ黒に染まっていることだろう。
「ばっ…………バカ野郎おおおおうおうおうおうおう!! お前が調子こいてみじん切りにしたから啼雲さんが啼雲さんズになっちまったじゃねえか!! どうすんだよこれ! なーにが『アンタに私の戦い、特等席で見せたげる』だよ! あっち行けよ!!」
「しっ……ししっ、知らないし。頭痛くて何にも覚えてないし。てゆーか私いま気失ってるもん。なにも分からないもん」
「@%&㈱◆€㈱∑$◎㈱ш□㈱㈱!!?!?!?」
「怒りのあまりなに言ってるのか分からないけど株式会社が多い……。とにかく、ここはアンタ一人で頑張って。私はちょっと頭がクラクラしてしばらく動けないから」
「ああああもうほんっとに、ほんとにお前はほんとにもうっ!! くそっ、こうなりゃヤケだ! こんな雑魚ども、一匹ずつ分裂できなくなるまでぶん殴ってグッチャグチャにしてくれるわ!!」
大悪党のようなセリフを吐いてしまったが気にしない気にしない。
弱いものイジメが大嫌いなサカテくん。さっきのはきっと無意識に手を抜いてしまったんだろう。
相手は思ったより強いことが分かった。そのうえ分裂したとなると、こっからは本気でいかしてもらうしかないな。
「ゴタクばっかり並べてないでさっさと行けばいいのに」
アゴもぐぞクソ天使。
「よし、本気の俺の力を見せてやるぜ! 覚悟しろや、このおはぎ野郎!!」
地面を精一杯に蹴って啼雲に殴りかかる。まずは一匹…………もらったぁ!!
パシッ。
俺の拳がガッシリと、いとも簡単に、おはぎハンドに包まれた。
そのまま引っぱり上げられ、空中でブランブラン状態。無表情の啼雲たちと目が合った。
「………………………ある日イヌとネコがケンカしちまった! 一歩も譲らぬ大ゲンカ!! さあどっちが勝つか!ワンコかニャンコかニャンコかワンコか! オスとオスとの取っ組み合い!!(ベンベン)そんな二人に声掛けたのは、真っ赤なおめめのウサギちゃん!(ベベン)ウサギは言った!『そりゃあんた、ネコの勝ちに決まってるさ!』 喜ぶネコに怒るイヌ! イヌは聞いた!『どうしてネコの勝ちなんだ!』するとウサギはゲラゲラ笑ってこう答えたそうな!『決まっているさ……ネコは"ホニュウ類"だからね』ってね!チャカチャンチャンチャンチャン…………」
「いやなに落語やり切った感じ出して自然な流れでハケようとしてるんだオマエ」
「そんなことしても放してやらないぞ」
「ていうかぜんぜんオチてないしな」
「哺乳類だと何で勝ちなんだよ」
「なんか二つの意味が掛かってるっぽくドヤ顔で『ホニュウ類』って言い方してたけど"哺乳"だけじゃん」
「他に何にも掛かってないよな」
「あとイヌだって哺乳類だし」
「ついでに言うとウサギだって哺乳類だぞ」
「百歩譲って落語やってハケる作戦なら、もっと上手い噺考えてこいよ」
「また肋骨にヒビ入れてあげようか?」
「ボクたちのこと『雑魚』だの『おはぎ野郎』だの好き放題言っといてヘボすぎだろ」
「雑魚はオマエだろって感じだな」
「弱いクセにしゃしゃり出てくんなよ」
涙、出てきちゃった。
恥ずかしさと悲しさにより、涙腺からキラキラした透明な宝石がボロボロと押し出された。
そこまで言わんでもええやん。
こんな宙吊り状態で全方向から言葉攻めされたらサイボーグだって泣くわ。
つーか啼雲たち普通に喋れるじゃん。人に毒を吐くときだけ語尾伸ばさないスタンスなの?
「泣かないで、私だけはアンタの味方だから」
「気が狂いそうな羞恥心の中でもお前の『肋骨』ってワードは鮮明に聞き取れたわ。バレてないと思ったのかAAAAAAAカップ」
「もうそれカップじゃなくて穴じゃん……あーもう怒った。ちょっとだけなら動けるようになったから助けてあげようと思ったけどやーめた。頭痛が痛いから安静にしてまーす」
ヒメラが俺に背中を向け、日曜日のお父さんのような姿勢でゴロ寝し始めた。
「ウソですウソです!! 助けてくださいそこのナイスバデーでプリチーな天使ちゃん!! マジで腕の感覚なくなってきたから!! 誰か助けてえええええ!!!」
「喧しいぞ、愚民ども」
およ?
気のせいかな、なんかプライド高い貴族みたいな台詞が聞こえた。
「人がせっかく風と対話していたというのに、先刻からギャアギャアと……いつからこの学校は発情期の猿を飼育するようになったのだ?」
あれ?なんかこの声、聞き覚えがある、ような……。
ん?ていうか、なんだろう、この感じ……なんか、心臓がモゾモゾして気持ち悪ぃ……。
「あらら、もう出会っちゃうんだ……予定よりちょっぴり早いけど、仕方ないかな」
ヒメラがやれやれ顔でゆっくりと体を起こす。
「ヒメラ……なんか俺、この声を聞いてるとすげえ…………」
「だろうね。ほら、頭フル回転して思い出してよ『コタニ サイタ』。この声の主が……いったい誰なのかを」
「コタニ サイタ……? おいそこの銀髪の女。今『コタニ サイタ』と言ったか?」
この声…………屋上名物、ハシゴの上の貯水タンクの方から聞こえてくる。
ヒメラの発言の中の『コタニ サイタ』という部分に、声の主は過剰に反応した。どういうことだ?
「女……なぜ貴様が……………我が真実の名を知っている?」
………………はい?
もったいぶりまくった結果、ついに声の主はゆっくりと姿を現した。
俺は言葉を失った。
そして途端に、一つの記憶が漠然と、よみがえった。
「我が名はテュリパーン! 黒緋の魔導士……テュリパーン=ペケーニョバレー!! その本当の名は…………コタニ サイタだ」