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4ページ目 黒豹男と球女



「おっ、君たちがウワサの転校生か! わたしが今日から君たちが入るBクラスの担任を務める真景(まかげ) 聡夜(さとよ)だ! よろしくな!」


 俺たちが同じクラスになることは、まあなんとなく予想できてたから今さらどうこう言うまい。


 真景先生は、腰まで伸びる黒髪ロングとやや切れ長の瞳が特徴的な、明るい先生だった。怒ると怖そうだがいい人みたいで良かった。


 職員室には他にも数名の先生がいるが、皆の視線は俺でなく、ヒメラに向いている。


 そりゃいきなり白Tシャツとデニムを身につけた銀髪少女が校内に侵入してきたら警戒するわな。異分子が異分子に包まれてるわけだから。まんじゅうの皮の中身が皮だったみたいな。


「誰のこととは言わないけど、例えがヘタなヤツって死んだ方がいいと思う」


 俺と視線をがっぷり四つさせながら言うな。


 しかもいま気付いたけどコイツTシャツに大きく『安月給』って書いてる。どこからともなく男性教師の舌打ちが聞こえた。


 なんか職員室に入ってからずっと空気がドッシリしてると思ったらそのせいか。教会を出てからずっと気付かなかった俺も俺だけど。


 このバカ天使は定期的に敵を作らないと死んじゃうのかな?


 そんな個性的すぎる転校生ヒメラにも、真景先生は全く動じない。


「じゃあ早速、クラスメートとの顔合わせといこうか! 自己紹介はそのとき聞くとしよう! ついてきてくれ…………あっ、君はまずトイレで着替えてきなさい」


 真景先生はおもむろに立ち上がり、ヒメラに一声かけた後で俺たちを先導する。


 自己紹介かぁ……苦手だなあ。普通の紹介しても印象に残らないだろうし、かといって狙いすぎてスベるのも今後の生活に支障が……そもそも記憶がないから趣味とか特技とかも話せねえもんな……うーん。


「ねえねえ」


 セーラー服にドレスアップしたヒメラが小声で話しかけながら、ヒジで俺の脇腹をドスンとつついてきた。俺はその場で膝をついた。


「ひ、人を呼びたいときに込める力じゃねぇ…………いっぺんヒジの説明書読んでこいやてめえ…………!!」


「アンタ……偽名を使ってよ」


「はあ? ぎ…………偽名って何だよ…………? つーか肋骨がいてえ……」


「ていうか、もうそっちの名前で転校手続きしてるから。私の言う通りに名乗ってくれればいいの」


「やだよ……何で俺が本名隠さなくちゃいけねえの? つーか肋骨がいてえ……」


「あとでちゃんと説明するから。お願い」


 注文多いなコイツ。こちとら贄薙(にえな)ぎ任されるだけでだいぶ譲歩したつもりだったんだけど……。


「はあ……わーったよ。なんて名前にするんだ? つーか肋骨がいてえ……」


「そうね………………黒炎」


「あい?」



黒炎(こくえん)サカテ。今からこれがアンタの名前」



 黒炎……サカテ…………。



「それで私は……納得いかないけど、アンタと同い年の妹ってことにしてあげる。ヒメラじゃおかしいから、黒炎ヒメ。年齢は17歳。これでいくよ」


「なんだかよく分からんが、ここではお前のことをヒメって呼びゃあいいの? なんでそんなホストみたいなことを……つーか肋骨がいてえ……1番から12番まで持っていかれたんじゃねえのこれ……肋骨全折れ系ホストだわマジで……」


「二人とも! お話し中のところ悪いが到着したぞ! ここが君たちの教室だ!」


 真景先生がたちどまる。頭上には『2-B』の札。


 なんか、非日常なことばっかりで気にならなかったけど、いざ教室を前にしてみると転校生の立場って緊張するな。他の皆はお互いに見知った仲なのに、そこに単騎で飛び込んでいくなんてアウェーすぎる。


 めっちゃドキドキする。心臓が乱舞。


 心の準備ができぬまま、先生が扉をガラガラリと開けた。


「おーっすお前ら、おはよう! んん? 肥後と鈴木と半蔀と大木と三橋と御肉食々と小谷と足高と浜川はまた欠席か!」



 御肉食々(おにくもぐもぐ)!?



 御肉食々くんだか御肉食々ちゃんだか知らないけど名字ガチャのウルトラスーパーレア大はずれ出てきた!! めっちゃ会ってみたい! そんで下の名前がすげえ気になる!!


「……………ちっ」


 いや『黒炎じゃなくて御肉食々サカテにすりゃよかった』感が満載の舌打ちすんなクソ天使!! 妹だからお前も同じ名字を頭に被るんだぞ!


 てか欠席多くない? 欠席者だけで野球チーム組めるんだけど……。


「えー……相変わらず穴だらけのクラスだけど、今日は皆に二人、転校生を紹介するぞ! 男と女、一人ずつだ!」


 両性別から歓声が上がる。ノリがいいクラスだな。こりゃウケを狙いに行っても大丈夫かも?よし…………



 ちょっと爆笑、取っちゃいましょうか。



「ええっと、黒炎サカテって言います。見ての通りガタイはいいんですけど平和主義者なんで、皆さん気軽に話しかけてください。その…………たっ、食べたりしないんでねっ! は、ははは…………まあ、よろしくでーす」


 一瞬の沈黙の後、みんなの作り笑いと無理やり盛り上げようとする拍手が心に刺さる。


 かんっっっぜんにスベった。


 ああ死にたい死にたい。何であんな余計なこと言っちゃうかなぁ俺は!! 何が『たっ、食べたりしないんでねっ!』だよ!! ()ね!!



「あはははははは!!!『えっと』じゃなくて『ええっと』で喋り出してる!! えが少しだけ多い! おもしろーい!!」



 一人だけガチで爆笑してる人いる。そのおかげで最悪の空気にはならずに済んだ。せっかく笑ってくれたのにこんなこと言いたくないけどツボ狂ってんの?


「黒炎ヒメ。よろしく」


 コイツはどこにいてもブレないな。ムカつく。


「聞いてもらってわかる通り、二人は兄妹だ。お前ら、新学期が始まったばかりで色々と浮き足立つのは分かるが、みんなで協力して、二人が馴染めるようないいクラスにしていこう!」


 ほんと情熱的な先生だねえ。生徒からの信頼も厚そう。欠席者多いけど。


「それじゃ、サカテくんは一番後ろのあの席に、ヒメさんは……一番前のここに座ってくれ」


「ふひっ」


 あ、やべえ笑っちまった。ヒメラが一番前なんて完全に予想できた展開なのに耐えられずに笑っちまった。我ながら笑い方キモッ。


 ヒメラがめっちゃ睨んでくる。怒りがすごい。怒りのすごさがすごくすごい。


 いやいや良かったじゃん! 黒板も見やすいし、集中できるし! 何よりあれだぞ? 意外と一番前って教師にとって死角なんだぞぉ? 子ども体型でよかったな! 子ども体型で! クレヨンでお絵描きしてもバレないぞ! あ、今の川柳になってたよね?『クレヨンで お絵描きしても バレないぞ』……がっはっはっは!! こいつはケッサクだ!! コンテストに応募しよう!! ちびっこ川柳コンテストかなんかに!!


「…………くたばれ虫ケラ」


 純度100パーセントの暴言出てきた。



 先生が退出し、1限まで10分間の休憩。


 どうすっかなあ。話しかけるのを待つべきか、こっちからガンガン攻めてみるか。


 能動的なのは苦手なんよねえ……。


 でも動かなかったら動かなかったでなんか群れるの嫌いで壁作ってるのかなぁとか思われるし……かといって積極的になってさっきみたいにスベるのも嫌だしなぁ…………うーむ…………。


「おい転校生! なぁにをシケた顔しとんねん! 自己紹介が大失敗したからヘコんどんか?」


 席に座ったまま長考する俺の耳元で、大音量の関西弁が爆発した。


 大失敗とか言うのやめろー?


「オレ、久我(くが) 豹一郎(ひょういちろう)! 隣の席やし仲良ぉしよな! えっと…………サカテ、やったっけ? 俺のことは自由に呼んでくれてええで!」


 すげえな、フレンドリーが手足生やしてるみたいな奴だ。


 黒髪オールバックの好青年。おちゃらけた感じで取っつきやすい。さながらクラスのムードメーカーといったところだろう。


「んじゃあ『ヒョウイチロウ』で」


「ええっとな…………オレ、名前に『豹』って入っとるやろ? そんで黒髪で、おまけに足が速いのが特技やねん! まさに黒豹みたいやからって、皆に『パンサー』って呼ばれてんねんなぁ…………あっ、悪い悪い! 一人言しゃべってたわ! さあ、自由に呼んでくれてええで!」


「じゃあ黒豹だから『ブラックさん』で」


「い、いやあ……そういや、黒豹って英語でなんやったっけ? オレめっちゃアホやからド忘れしてもうたわ! 確かパン……なんとかやったと思うねん! 教えてやサカテ! 答えられたらごほうびに、その単語をオレのアダ名にして呼ばせたるわ!」


「じゃあ隣の席だから『隣の人』で」



「オラアアアアアアアアアア!!! オマエわざとやってるやろ!! 何でこっちがこんなに歩み寄ってんのにどんどん疎遠になっていくねん!! 初恋思い出したわ!!」



 この関西弁ツッコミ、餓舞裏獲流(がぶりえる)を思い出す。いま元気にしてるのかなアイツら。


「ええからさっさと自由にパンサーって呼べや!!」


『さっさと』と『自由に』って永遠に結び付かない言葉だと思ってた。


「分かったよパンサー。俺についてはちょっとワケあって細かい紹介はできねえんだ。ごめんな」


「ワケ? ほーん……まあ深くは聞かへんけども……」



「あーー!! ズルいよパンサー!! ワセミーも転校生クンに挨拶するうううううううううああああああああああ!!!」



 なになに、喋ってる途中に裂けたの?


 脳内でそんな平和的なツッコミをしている俺の鼻っ柱に、何かがもの凄い勢いで衝突した。声を出す暇もなく床にぶっ倒れてしまう。


「いってててて………あっ、ごめんね転校生クン!! 大丈夫!? ワセミー椅子につまずいてボウリングの球みたいに高速飛行しちゃった!! あれ? ワセミーが球だったらワセミーに倒された転校生クンはピンになるのかな? じゃあピンくんって呼んでいい!? あはっ、ワセミーってば天才ですなぁはっはっは!! よろしくピンくん!!」


 なになになになになに!? なんか全然理解できないうちに舌がすごいダンサブルな女の子にピンくんって呼ばれてるんだけど!!


 この子、さっき俺の紹介のくっそどうでもいいところで笑ってた女の子だ。


 赤茶色の髪を後ろで結んだ活発そうな娘。凹凸がそんなにハッキリしてないが、身長が高いスレンダーなモデル体型。だが、ニョッキリ八重歯と真ん丸い赤目は小動物を連想させる。セリフをいくつか聞いた感じ、オブラートに包んで言うとすっごいバカそう。



 ボウリングの球って高速飛行するっけ……?



「ワセミーは早稲(わせ) 美衣(みい)っていうの! ここの学級委員長です! 学校生活で分からないことがあったら何でも質問してね! 平和を求めれば求めるほど平和から遠ざかっていくのは何でなの?」


「お前が質問すんのかい!! んで内容が学校生活と無関係なうえに重い! 高校生が休み時間にする話じゃない!!」


 この子が委員長で大丈夫なのかなあ。


 おっ、そういやヒメラはどうなってるんだ?


 アイツ口下手そうだし、他人を見下してるオーラがムンムン出てるし、早速孤立しちゃってるんじゃ……。


「ヒメちゃんちっちゃくてかわいい! お人形さんみたい! それでいて冷たい表情が素敵! 日本人形の格好させて夜通し踏んづけてもらいたい!!」


「話しかけた人にゴミみたいな視線を向けるの興奮する!! 奴隷になって毎朝お米や野菜を献上したい!!」


 意外や意外、ヒメラはクラスの女子たちのマスコットキャラクターの地位に、いとも簡単に登りつめていた。このクラスの女子、性癖バグってるやつ多くない?


「それよりピンくん!! 何でこのクラスに欠席が多いと思う? いや、このクラスだけじゃないの! 実は最近、この学校で欠席者が続出しているの!! 何でだと思う!?」


 委員長……ワセミーが俺の机に身を乗り出して尋ねる。


 どうでもいいけどこの人の音量大きすぎる。リモコン欲しい。


「何でって……そりゃ普通に体調不良とか、サボりとかじゃねえの?」


「そりゃ、真冬だったらインフルエンザとか、寒いし面倒くさいからサボるとか、そういう人がいてもいいと思うけど、春先にここまで欠席者が出るのっておかしくない!? 一年生の頃はほとんど休んでなかったんだよ!」


「中だるみってやつだろ。二年生になったらそういうやつ増えるんだって」


「いいや、ワセミーの鼻は事件のにおいをギョヌパギョヌパと感じ取っているのです!!」


 感じ取る音きもちわるっ!!


「これはきっと神隠しとか食人鬼とか露出魔とか、そういうオカルティックな存在が色んな人を捕まえては連れ去ってしまっているのではないかと、ワセミーは推理しているのだよ!!」


「露出魔は捕まえられる側だろ。うーん……でも確かに妙かもな。あの生徒受けが良さそうな先生のクラスでこんなにも人が揃わないなんて……」


 もしかしたら移怪(うつりけ)の仕業か? ヒメラとワセミーの話を照らし合わせると、移怪(うつりけ)が増え始めた時期と欠席者が増え始めた時期はリンクしている、ような……。


「あーあーやめとけサカテ! ワセミーのオカルト好きにはみんな手ぇ焼いとんねん! コイツの的外れな憶測に付き合ったるだけ時間のムダや!」


「童貞は口を閉ざして!!」


「なんやとワレゴラァ!! そのフレーズはあまりにも鋭利すぎるやろ! 目頭が熱くなったわ!!」


 ワセミーとパンサーの漫才を尻目に、俺はまわりの女子にほっぺたをもっちもっちされてるヒメラに目配せした。


 おい、今の聞こえてただろ?お前はどう推理する?やっぱり移怪が関係してると思うか?


 ヒメラは俺の方をチラリと見た後で、すぐにそっぽを向いた。あんにゃろお。


 つーか、まだ移怪(うつりけ)とか俺の力について、何にも聞かされてないんだけど。大丈夫なのかな本当に?


 そんな俺の不安を掻き消すように、校内に始業を告げるチャイムが高らかに鳴り響いた。



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