2ページ目 グッバイ拒否権
「おかえりなさーいヒメラちゅわああああん!! なかなか帰ってこないからママ心配しちゃったじゃな~い! もうっ! ママ激おこぷんぷん丸なんだから!!」
ヒメラのいう『会ってほしい人』とは、ヒメラの母親のことだったらしい。
なんでも天使の中でもかなり位が高い『大天使』という地位にいるようで。
道中でヒメラからそんな話を聞いていた俺は、これからTHE天使みたいな、おしとやかで気品あふれる崇高な人に会うんだろうなぁと、密かに緊張していた。
「あらあらぁ? あなたが『後継者』さん? うんうん、ガッシリしててイイ男じゃない! こんな人を連れてくるなんてヒメラちゅわんもスミに置けないわね! ぶっとびー!!」
なにこれ、めっちゃバブリー。
「改めまして! あたしがヒメラの母親で、大天使さんのミュカレスでーす! 年齢はヒ・ミ・ツ! 体重もヒ・ミ・ツ! 邪馬台国の女王はヒ・ミ・コ! なんつって! こりゃ失礼ぶっこき! シクヨロ~!」
「あはは、あは、あははは…………」
偉い人がよく言う、くそつまらないオヤジギャグへの対処法を作り笑い以外に教えてほしい。
「ネガティブでいじけてる人の性格はヒ・ク・ツ!」
頼んでないのにおかわり出てきた!! サービス精神がここまで裏目に出ることあるんだ!
ヒメラの母親……ミュカレスさんは、銀色の長い髪を腰くらいまで伸ばした長身の美女だった。
確かに性格は予想と大違いだったけど、その美貌はさすがのもので、パッチリとした目付きに高い鼻、薄い唇と、彫刻のように端正で、全女子が憧れるような顔立ち。
ちょっと化粧が濃くてケバいけど……。
「私の時はそんなに容姿を褒めなかったのに……」
ヒメラが隣でなんか言ってるけど続けよう。
えっと、ミュカレスさんは娘と違って体つきも理想的で、娘と違って凹凸があり娘と違って胸が大きく娘と違ってバストもあり娘と違って胸部が発達しており娘と違ってトップとアンダーの差が……
「ぐはああっっ!!」
突如、ヒメラが俺のくるぶしに頭突きをしてきた。
「いやくるぶしに頭突きってなに? それなりにダメージあったけど逆に発動者の方が心配になってくるわ。痛くない?」
ヒメラが野犬のような鋭い眼光を飛ばしてくる。頭をおさえて涙目になりながら。痛かったんだね。
「こういう貧乳イジりされたときの相場はビンタとか、足踏んづけたりとかじゃん。ほんとになんなの、くるぶしに頭突きって? さっきまで天華なんちゃらとか使ってたのに攻撃のダサさインフレしすぎだろ」
「インフレッ!? 何がインフレしたのかしらっ!?」
「ああもうバブリーだからインフレって言葉に敏感!! ツッコミ追い付かねえこの親子!!」
「……それより母さん、贄薙ぎ候補を連れてきたんだからさっさと話を進めてよ」
ヒメラが貧乳をイジられた直後だからか、自分の胸をチラチラと見ながら不機嫌そうに切り出した。
そうだよ、さっきからにえなぎにえなぎって……なんの説明も受けてないからモヤモヤする。
「そうそう! 本題に入りましょうか! ママすぐに話が違う方にガタンゴトンするからまいっちんぐだわぁ!」
ミュカレスさんはそう言うと、近くに置いてあったイスにゆっくりと腰かけた。俺のはないのかな……客なのに……。
「えーっとぉ、サイタちゅわんで合ってるわよね? あたしのこといっぱい褒めてくれてありがとぉ! それでね、サイタちゅわんは自分の名前以外、なぁんにも覚えてないってことで間違いないかしらぁ?」
ミュカレスさんは自分の口元を指でなぞりながら問いかけた。妖艶が過ぎる。
「え? あ、はい、そうですね……生きていたときに何をしていたのかも、家族のことも友達のことも、そして……どうして死んでしまったのかも、まったく分からなくて……」
「うんうん、それはムズムズするわよねぇ?でもね、天国に来た人って、だいたいそういうものなのよぉ」
「そ、そうなんですか?」
天国に来たら記憶が消されるなんて聞いたことねえけど……。
「天国っていうのは一切の苦悩から解き放たれた楽園。それなのに……たとえば病気で死んだ人とか、事故に遭って死んだ人にとっては、天国に来てまでそういう生前の嫌な記憶が残ったままで暮らすのって、いい気分がしなくてまいっちんぐでしょお?」
「確かに……そう言われるといいシステムかもですね、記憶消去って」
「でしょでしょお!? そりゃ確かに最初は釈然としないだろうけど、ここでの平和すぎる暮らしに慣れたらそんなの気にならなくなるわよ! あとはずっと平々凡々とこの世界で暮らしていくだけ! これぞ天国なのよぉ! ぶっとびーって感じでしょお?」
「ミュカレスさんその手のキャラクターにしてはバブリーワードの貯水量少なすぎませんか? うーん、まあ天国のシステムはわかりましたけど……俺が……にえなぎ? の候補ってどういう……それにヒメラから生き返りがどうたらって言われて……」
「それに関しては私から説明するわ」
ヒメラが久々に口を開く。まだ胸気にしてる。
「ここ最近、アンタのいた世界……人間界に、変な奴らが出入りするようになってるの。知ってる……ワケないよね。記憶ないんだから」
「変な奴ら? なんだいそりゃ?」
「なんて説明したらいいのかな……魔物……と、幽霊…………を、足して2で割った感じ。端的に言うと、ふつう死んだ人は魂だけが体から抜け出して天国に向かってくんだけど、その変な奴らは天国に送られる前に、悪い魂に変わっちゃうんだよ。そうやって悪くなっちゃった魂のことを『移怪』って言うの」
「悪い魂に変わる? 何で?」
「何でかはここでは教えられないかな。まあとにかく、移怪はここのところはたまにしか現れなかったけど、最近になって人間界にウジャウジャ涌き出るようになったの。しかも普通の人には見えないから、一方的に暴れ放題ってわけだね」
「てめえ人の話しっかり聞けるじゃねぇか。今までわざと無視してやがったな?」
「……………………………………んで、そこで出てくるのが移怪をもとの良い魂に戻し、天国に送り届ける人たち。これを『贄薙ぎ』っていうの」
コイツ嫌いなんだけど。ヒロインチェンジしたい。
「贄薙ぎになれる条件は二つ。一つ目は既に死んでいて、移怪になることなく天国に辿り着いた者。そして二つ目が、移怪を倒して良い魂へと変えられるだけの力を持っている者。あとは私の言うことを何でも聞く従順な者かな」
「なんか三つあったんだけど。さりげなく奴隷を一人前注文するな。んで、その贄薙ぎとやらに俺が選ばれたのか? あの……さっきのを見てもらったら分かる通り、俺は人より逃げ足がちょっと早いだけのウドの大木だ。力があるってのは何かの間違いじゃねえのかい?」
「そんなことないわよぉ! サイタちゅわんには他の人にはない、贄薙ぎの素質があるわぁ! あたし、人を見る目は確かなの!ケツカッチンなの!」
「新しい用語をなんとか引っ張り出してきた努力は認めますけど使い方間違ってますよミュカレスさん」
「そっ、そうなの!? えっと……その……ビックリしすぎてケツカッチンだわ!!」
「多分ですけど『ケツカッチン』ってそんなに万能ワードじゃないです」
他の人にはない素質ねぇ……。俺にそんな、人より抜きん出た個性があるとは思えないんだけどなあ……。
「それでどうするの? 生き返るの? 生き返るの? 早く決めてくれない?」
「うーん……人間界にワケ分からん奴らが出入りしてるって聞いた以上、こんな所でのんびりライフは送ってられねえやな。よし、これも何かの縁だ。仕方ねえから贄薙ぎでもなんでもやってやろうじゃねえの…………ってあれ? 選択肢あった今?」
ヒメラに急かされたのもあって、俺は足早に『贄薙ぎ』に就任した。
「わーい! サイタちゅわんありがとぉ! じゃあじゃあ、さっそく生き返りの儀式を始めるわねぇ! 贄薙ぎはあくまでも人間として生活しながら、移怪と戦っていくの! だから今からサイタちゅわんは生まれ変わるのよぉ!」
「生まれ変わりかぁ……ホントにあるんすね、そういうの」
ミュカレスさんは俺に向けて両手を突き出した。すると、俺の周りに巨大な紫色の魔方陣が出現した。
「力を抜いててねぇ! 動いたら全身の血管が膨れ上がってトマトみたいになった後で破裂して死ぬから! サイタトマトだから! バカウケだから!」
「ウケないっすよ。特にジタバタしてたわけでもないのに脅しに本気出しすぎでしょ」
「あっ、あとヒメラちゅわんも一緒に送り込むから! ぶっきらぼうで気難しい子だけど仲良くしてあげてね! それじゃあいってら~!」
「えっ!? ちょっ、こんなのと一緒なんてイヤっすよ! 他の天使にしてくだ」
必死の要求もむなしく、俺の体はまぶしい光に包まれた。