24ページ目 アンラッキーラッキー
ついてねえ、よりによって今、このタイミングで来るかね?
「へえ、サカテくんスク水がお好きなんですか……へえ、へえええええ……………古っ」
「お前ほんとぜってえ許さねえ!!」
戦いは終わりを迎えた。
塊食の体が白い光の粒へと変わり、ゆっくりと天に昇っていく。
これで成仏してくれるだろう。
容赦なく斬殺しちまった俺が言うことじゃないが、車にひかれた、だなんて無念な死に方すりゃあ、そりゃ未練が残って化け物になりたくもなるわな。安らかに眠ってくれ。
消防車や救急車のサイレンが遠くから聞こえてくる。
「人目につくとヤベエな……ずらかるぞクーリ」
「はいな」
クーリが抱えていた女の子を母親に預ける。
俺たちはとりあえず人気のないところを目指して走り出した。
「…………あの!!」
と思ったが、女の子が俺の制服のスソを掴んで引き止めてしまった。
うはあ、どうしよう直視できねえ…………。
「さっきは怖がってごめんね! 命を助けてくれてありがとう!」
すっげえナチュラルにタメ口にシフトしてきたんだけど。
「ちょっと不思議なことがあってね……あの化け物に食べられそうになったとき、何故だかあなたのこと『兄さん』って呼んじゃったの! あなたと兄さんは、全然似てないのに…………」
そりゃ、姿を変えた同一人物だからな…………とは口が裂けても言えず。
でも少しだけ救われた。
一瞬でも俺の姿を、アニキと重ねてくれたってことなんだから。
「そいつは嬉しいね。俺もお前と同じくらいの年の妹が『いる』から、つい変なこと言っちまったけど…………気にしないでくれ」
「あの、私には何が何だかさっぱりですが……娘を助けていただき、ありがとうございました」
母親がフラフラと出てきて深々と頭を下げる。
移怪が見えていないこの人にとっちゃあ、確かにチンプンカンプンだろうな。
「せめてものお礼といってはなんですが……ウチでご飯を食べていきませんか?」
「それさんせーい!! 母さんのラーメンは絶品なんだよ!」
ラーメン…………。
「私のオリジナルの食べ方はねえ、ラーメンにあるものを入れるんだけど、なんだと思う?」
「さ、さあ…………なんだろうな? チク…………蓄音機とか?」
「えええ鉄分めっちゃ多いじゃん!! アハハッ、お兄さん面白いね! 正解はチクワでしたー!!」
あっぶねえ……咄嗟に答えちまうところだった。
『鉄分めっちゃ多いじゃん』ってツッコミとして成立してないだろ。
ラーメンにチクワ入れるやつなんか、そうそういねえだろうし………やっぱりこの子は……。
「あっ、そうそう! 私は小谷 澪音! よろしくね!」
はあ、なるほどね。
「俺の名前はサカテ…………よろしくな」
「サカテさんはどうして私の名前とか知ってるの? もしかして兄さんの友だち? いや、それはないか! 兄さんボッチだし!」
やめろー?
とはいえどう返答するか…………『お前の兄さんと同じ魂でできた、もう一人の兄さんだぞぉ』! とか言ったら絶対に引かれて忌み嫌われる。
せっかくここまで懐いてくれたのに。
うーん、どうしようどうしよう……。
「……サカテくん、会話に水を差すようで恐縮ですが、そろそろ離れないとヤバいです」
ナイス助け船クーリちゃん!!
「あーっと…………悪い、俺の今日の晩メシもラーメンだから、今回はお断りさせてもらうわ。またどっかで会えたら喋ろうぜ」
俺は少女の手を優しく振りほどき、ゴキブリのように素早く裏路地へと逃げ込んだ。
「ゼハー……ゼハー…………色んな意味でしんどかった…………」
体が一気に脱力する。
色々と神経張り詰めっぱなしだったから疲れがえげつない。
「辛いですよね、肉親に肉親であることをバラせないなんて」
クーリが壁によりかかり空を見上げながら、溜め息混じりに呟いた。
「あの人たちがアナタの母君と妹君で、間違いなさそうですか?」
「ああ、まだ信じられねえがな。ラーメンにチクワを入れ、サイタというぼっちな兄を持つ『コタニ ミオンちゃん』が、世界に二人以上いるとも思えん」
「いいんですか? あの子に本当のこと言わなくて」
「イジワルな質問やめろよ。お前が俺の立場でも、俺みてえに賢い選択してたはずだぜ」
戦闘自体はさほど苦労しなかった。相性がよかったんだろう。
だが、まさか生前の家族とこんなに早くエンカウントするなんてな……。生き返ってから本当に刺激的なことだらけだ。
「にしても、ナイスアシストだったなクーリ! すげえよお前の氷魔法! あんなデケエ氷を一瞬で作っちまうなんて!」
「いやいや、トドメ刺したのはアナタですから。お疲れさまでした、サカテくん。あたしも相手が良ければもっと活躍できたんですがね」
「氷魔法って、他にはどんなことができるんだ?」
「そうですね…………じゃあ刃法と盾法をお見せしたので、歩法でもやってみますか。それなりにチカラ使うんでめんどくさいですけど、褒めてくれたゴホウビに」
クーリは大きく深呼吸をすると、地面に片手をついてしゃがみこんだ。
「凍鎖歩法【氷底網絡】」
すると、クーリの近くにあった壁や床一面に氷の結晶が張り巡らされ、あっという間に俺たちの周りを取り囲んだ。
「どうですか、すごいっしょ?」
「へ? うおおっ!!」
クーリは、俺の目の前までやって来ていた。
あまりの急激な間合い詰めに、勢いよく尻餅をついてしまう。
「ツルツルと滑る氷で相手の動きを奪い、そのスキに急接近する…………あたしの得意技なんですよねぇ」
この団子、タダモンじゃねえ…………。
リネアの時と違い、立ち振舞いに覇気や殺気は感じられないが………。
抜群の機動力を生かして、静かに、確実に相手を追い詰める技術を持っている。
リネアのときは『目で追うことができなかった』が、コイツの場合は『目で追おうと考える前に、すでに距離を詰められていた』。
天使ってのはこんなヤツばっかりなのかよ……。やっぱり強キャラだったか団子ちゃん。
「そろそろ学校に戻りましょうか。あたしも天界に帰らないとですし」
「ああ、そうだな」
クーリが地面にペタリと座っている俺に手を伸ばしてくる。
その手をしっかりと握り、俺は立ち上がった。
「おう、サンキュ……………ぬおおっ!!」
「えっ、ちょっとサカテくん…………あばばあっ!!」
そして、氷に足を取られて再びバランスを崩した。
そのままクーリに覆い被さる形で、一緒に地面に倒れてしまう。
「いてて…………悪いクーリ、大丈夫か?」
むにゅす。
「んぁ? 何か柔らかいものが…………」
あー、これやっちまったわ。
こんな古典的なラッキースケベを引き起こしちまうなんて、俺もまだまだだな。
こんなのホントに起こるんだ。世界には面白いことがたくさんあるね。
しかし柔らけえ………目をつぶっているからまだはっきりとは分からんけど、もうこれは絶対にアレだな。
最初に見たときから思ってたけど、コイツなかなかにいいモン持ってるな。
むにむに。むにむにむに。むにむにむにむにむにむにむにむに。
ああ、ずっと触っていたいわね。
「……………てめえ……………」
クーリの冷淡な声が聞こえる。
は?
冷淡な声?
ちょっと待って?
違うよね? そういうことじゃないよね?
おそるおそる目を開ける。
サカテくんの手のひらは、仰向けに寝転がったクーリちゃんの左胸を鷲掴みにしていました。
クーリちゃんのお顔は夕焼けのように真っ赤になっています。ウルウル涙目がキューティクル。
あ、これホンマにアカンやつや。
「なにどさくさに紛れて人様の胸の感触ぞんぶんに楽しんでんだボケナスカスクソ変態がああああ!!」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃひいいいいいい!! ちょっと待ってちょっと待って!! 話を聞いて!! そこは違うじゃん!! そこは胸かと思わせて実はお団子頭をムニムニしてて『いやおっぱいとちゃうんかーい!!』って突っ込んで終わる流れじゃん!! さんざん『団子』『団子』言って伏線張ってたじゃん!!」
赤面したクーリによって、壁際に追い詰められる。
「何いってんのかわかんねえけど…………遺言があるなら聞き漏らしてあげますよ」
「えっ、聞いてくれないの!? くっ、仕方ねえ! 俺も男だから腹はくくるぜ…………だが最期にこれだけは言わせてくれ!」
「ほーう、なんですか?」
「無気力キャラが胸揉まれて照れるのはギャップ萌えが凄まじバモシッッッッッッ!!!」
頭を蹴られてカーリングのように裏路地のアイスロードを滑っていく。
そのあと、俺は三時間にわたってクーリの空中ジェットコースターに付き合わされた。無事に吐いた。




