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20ページ目 冷たい怠け者


 職員室を出る。


 生徒も教職員も全員が体育館に集まっているため、周りに人の気配なんてしない。


 電気も点いておらず、ただただ静寂に包まれた廊下が続いている。


 探検開始。まずは一階の教室を見回る。


 生徒のカバンや教科書のみが、部屋の中に確かに存在している。


 まるで俺以外の世界中の人間が、忽然と消え去ってしまったみたいだ。


 二階には音楽室、科学室、美術室、三階にはコンピューター室にレクリエーションルーム…………。


 巡回中に気付いた。



「この学校、名前ふざけてんのに校内の構造クソノーマルなんだけど!!」



 もっとなんかないのか! ()(ぴょこ)(ぴょこ)高校に相応しい、奇抜でツッコミ所満載の部屋は!!


 オタマジャクシしかいない教室とか、カエルの鳴き声が延々と鳴り響く教室とか!!


 いやあったところで使い道ねえけどさぁ……。


「ぬ?」


 三階の突き当たりにある部屋の前を通りかかると、何やら大きな笑い声のようなものがお耳を貫いた。


 ここは…………図書室?


 図書室でそんな爆笑することあるか……?


 好奇心がマグマのように爆発した俺の手は、自然と入り口の扉にかかっていた。


 ゆっくりと入室。


「うおおっ、寒…………!!」


 まだ春先だってのに冷房がガンガンに効いている。


 冷気が容赦なく体を突き抜け、不快な寒気が襲う。


 体をさすりながら天井まで伸びる本棚の間をテクテク進む。


 角を曲がると、そこにようやく人影が…………。



「あっははははははは!! この本マジおもしれえ!! ほんとサイコー!! 著者さんグッジョブ!!」



 病院や研究室に務める人々が着るような清潔感のある白衣を羽織い、明るい水色の髪を頭上でお団子状にまとめ上げた色白の女が、床を転げ回って笑っている。


 両手には本とアイスクリーム。


 近くにあるゴミ箱には、アイスの棒やら袋やらが大量に捨てられている。いったい何個食ったんだ……?


 とにもかくにも、どれを取ってもあまりに異様な光景。


「な、なんなんだお前…………?」


 俺の質問から十数秒、ようやく俺の存在に気付いた女がピタリと笑いを止め、首をグリンと動かし不機嫌そうに俺に注目した。


「はぁ? なんでこの時間に人がいるんですか? あたしのお楽しみを邪魔しないでくださいよ…………あぁ、腰いてえ…………」


 女がめんどくさそうに頭をボリボリと掻きながら立ち上がる。


 口には『大ハズレ』と書かれた木の棒をくわえている。大ハズレとか初めて見たぞ。


 気だるそうに猫背の姿勢をとっているため実際よりやや小さくは見えるが、直立したら俺と対して変わらないのではないだろうか。


 女性にしてはかなり高めの身長だ。


 そして体型は全女性が羨むほどに理想的。


 出るところはしっかり出ているが腰回りはキュキュッと引き締まったモデルタイプ。


 顔立ちは幼げなお団子頭とは不釣り合いなほどに大人びており、ややぷっくりとしたピンク色の唇がなんだか色っぽい。


 誰もが振り向く絶世の美女と言えるだろう。


 やや垂れ気味の、死人みたいに濁った目の下にくっきりと残った、暗黒のクマさえなければ。


 女は黙って俺の方を見つめている。


 そして大きなアクビをして、ヘラヘラと人を小馬鹿にしたような表情でこう言い放った。



「あたしの分析は終わりました?」



「なっ…………!?」


「モデル体型だとか絶世の美女とか、いくら褒めてもゴホウビなんてあげませんよ」


 この女、俺の初対面の人物の特徴整理タイムが終わるのを待ってやがったのか!!


 そんでなにより、その『タイム』があるのを知ってるってことは…………。


「俺の心を読めるってこたあ、お前もヒメラやリネアの仲間か…………!!」


 女はその台詞を聞くと、半開きだった目を真ん丸くして驚きの表情を見せた。


「あらあらあら? その二人の名前が出るってことは…………アナタ、贄薙ぎですか」


「ああ、ヒメラと一緒に人間界にやってきた『元死人』かつ贄薙ぎの、黒炎サカテだ」


「ほほお、大天使ミュカレス様の娘が、あろうことか人間と手を組みますか……面倒くせえことになったなぁおい…………」


 女は


「『女』『女』言うなっての…………あたしはクーリ。クーリ=フィッツァー。アナタの想像通り、天使さんでーす。アナタのことはリネアやミュカレス様から聞いてます。ひとつヨロシク頼みますよ、黒炎サカテくん」


 その天使…………クーリは、軽い自己紹介を吐き出しながら、白衣をヒラリとつまみ上げて会釈した。


 スカートでやれよその動き。


 白衣の中には天使の一張羅である純白ローブがチラリ。


 すっごい変なコーデしてるこの子。


 俺のこと知ってるのか…………変な噂が流れてなければいいけど。



「ウジ虫で雑魚で足手まといなんですって?」



 あのビリビリチビメイド次会ったら埋める。


「あーっと、色々と聞きてえことがあるんだが…………まず、なんで白衣なんだ?」


「ああ、これですか? リネアに聞きませんでした? 天使にはそれぞれ担当みたいなのがあるって」


 クーリがポケットに両手を入れて気だるそうに聞き返してくる。


 そういえば、リネアはメイド…………天国の給仕係だって言ってたな。


「じゃあお前は…………医者、とか?」



「ざあああああああんねええええええええん」



 あっ、くっそムカつくんだけど。


「じゃあ研究者とか、科学者か?」



「ブッブーーーーーーーーー!!! ちぐわぁいむぁーーーーーーす!!!」



 俺の目の前でアゴをクイッとしゃくれさせ、両目をギョロリギョロリ動かしながら不正解を告げる性悪無気力女。


 この部屋に『マンガでわかる初対面の人物の殺し方』みたいな本ないかな。


「……降参だ。まったくわからん。教えてくれ」


「あーらら、マジですか。一発で分かると思ったんですがね…………では、正解発表です」


 ムダな緊張。


 白衣をしっかり羽織っているのに医者でも科学者でもない。コイツはいったい何者なんだ…………!?



「正解は………………コックさんでしゴバラバスッッッッッ!!!」



 俺は近くにあった辞書の角でクソ出題者の頭をぶん殴った。


「いってええええ!! 女殴るなんてイカれてんのかテメエは!? フェミニストに刺されろ!!」


「イカれてんのかはこっちのセリフだクソ女!! お前のどこが料理人だ!! 完全にラボで薬の研究とか実験とかしてるヤツのコスチュームだろうが!! 料理人も確かに白い服だけど、そういうのじゃねえだろ!!」


「はあ、いててて…………まったくうるさいですね…………どんな服着てようが、料理が旨けりゃそれでいいでしょうに。ミュカレス様だって特に気にしてないんですから」


 釈然としねえ。


 しねえけど…………次の質問たちが行列つくって待ってるからサクサクいこう。


「……この部屋をすげえ寒くしてるのはお前のせいだろ?」


「もちろんです。あたし以外にいないでしょうよ」


「何でそんなことを?」


「愚問ですよサカテくん。キンキンに冷えた部屋の中でアイスをかっ食らい、そしてバカみたいに本を読みまくる! サイッコーでしょ!!」


 寒いのが好きなのかしら。春先になると頭がおかしいヤツが増えるから困るな。


「何の本を読んでたんだ? えらく爆笑してたけど……」



「『マンガでわかる初対面の人物の殺し方(中)』です」



 ホントにあんのかよその本!! しかも三部作!!


 それ見てゴロゴロ転がるほど爆笑してんのヤベえぞコイツ。


 そんでこの題材でウケを取りにいく著者もヤベえぞ。


「最後にひとつ。これが一番わかんねえんだけど…………なんで天使のお前がここで本読んでグータラしてるわけ?」


「えっ…………」


 クーリはあからさまにバツが悪そうな表情を浮かべた。


 冷や汗が純白の肌を軽快に滑り落ちていく。


「い、いやあ…………特に理由はない、ですけどぉ…………?」


 ベッチャベチャに怪しいじゃん。


 ふと、クーリの白衣のポケットから何か紙のようなものが飛び出ているのに気が付く。


 素早く接近して抜き取る。


「あっ、ちょっ……テメッ……………ぐえええ!!」


 クーリが必死の形相で掴み掛かってくるが、足が痺れたらしく上手く立ち上がれなかったようで。


 バランスを崩し、お団子頭が近くのイスの角に激突する。


 さっそく拝読。



【クーリちゅわんへ

 ハロー! ぶっとびー!

 あのねぇ、ヒメラちゅわんから聞いたんだけど、人間界にはおいしい食べ物が多いらしいのぉ! ヤバちゃんじゃなーい!?

 そ・こ・で! ちょっとお願いを聞いてくれるかしらぁん!?

 なんでも、ヒメラちゅわんは『ラーメン』が大好きらしいのぉ! アタシもぜひ食べてみたいわぁ! 食べた過ぎてまいっちんぐって感じよぉ!

 だーからぁ……料理が大得意のクーリちゅわんに作ってほしいなぁ…………なーんて(爆笑)!

 レシピは聞いといたから、あとは材料だけ!

 裏面にリストを載せておくから、全部買ってきてちょんまげー!


 PS.寄り道したらお仕置きよ(はあと)


セクシーベリーキュート大天使ミュカレスより】



 うぜえ。



 裏面を見ると、ラーメンに必要な具材やら調味料やらが小綺麗な字で並べられている。


 ミュカレスさんが書いたのか?


 そして表面を再度確認。


「『寄り道したらお仕置きよ(はあと)』…………らしいぞクーリちゃん」


「うぐぐ、ぐぐぎぎぎ…………!!」


「『寄り道したらお仕置きよ(はあと)』『寄り道したらお仕置きよ(はあと)』『寄り道したらお仕置きよ(はあと)』」


「死刑宣告をヘビロテすんな!!」


 PSだけ『!』が付いてないの、ガチ感あって怖いよな。


「ふ、ふん! あたしだって、ただサボってたワケじゃないですから!」


「ただサボってたワケだろ。床に寝そべってモノ食いながらマンガ読んでんだから」


 視線をあちらこちらへ動かすクーリちゃん。


 部屋はこんなに寒いのに、顔は汗でビチョビチョだ。


「ラーメンの具材はもう買ったのか?」


「い、いやあ…………なんつーか、思ったより難航してますね……」


「おつかいぐらいで難航すんなよ。船長チンパンジーなのかその船?」


 コイツはマジのダメ女だ。


 与えられた仕事を全うせずに、寝転がってマンガ見て爆笑して…………。


「お前ほんと、はあああ…………ほんとにお前ってやつはマジで…………はああああ…………」


「やめろ!! あまりに失望し過ぎて罵倒の言葉が思い付かずに溜め息しか出てこないみたいな感じやめろ!! くっ、こうなったら背に腹は代えられません…………!」


 クーリが俺の腕をむんずと掴む。


 氷のようにヒンヤリとした感触に、思わず体がビクッと震える。


 俺が怯んだスキに、クーリは図書室の窓をガラリガラリと開け放つと、充分な助走をつけて大空へと勢いよく飛び立った。


 白く巨大な翼がパラシュートのように開かれる。



「ちょっ…………ぬおおおおおおおおおおお!!?」



 ヒメラとは段違いのスピードに、腕が千切れそうになる。


「はいはい、すぐ終わりますから捕まっててくださーい。手ぇ離したら死にますよサカテくん」


「て、てめえ…………何のつもりだ!?」


「知れたこと。あたしには時間がないんですよ。ミュカレス様のお仕置きなんて、まっぴらゴメンなんでね。こうなったらアナタにも手伝ってもらいますよ。ラーメンの食材調達を」


「はあああん!? そんなもん一人で行けや!! 幼稚園児でも買い物くらい単独で遂行できる時代だぞ今は!!」



「実はあたし…………アイス買い占めすぎて引くほど無一文なんです」



「こんのロクデナシ天使!!」



 はあ、面倒なことになった。


 まさか登校二日目から学校をサボることになるなんて。


 とりあえず、また先生の雷が落ちるな。




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