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18ページ目 第一次汁物大戦


「おはよ」


 ヒメラの淡白な声で目が覚める。

 

 体が鉛のように重い。そんで痛い。


 長椅子の上で爆睡しまくってたらそうなるわな。


「ん…………もう朝か」


「そうだよ。早く準備して学校いこ」


 既に制服姿で、何やらソワソワしてるヒメラ。


「なんかさ…………お前、学校行くの楽しみにしてない?」


「うぇっ? そ、そんなことないし。全然楽しみなんかじゃないし。勉強とかすごい面倒くさいもん」


 まえまえから気になっていたんだが、コイツには一つ、クセがある。


 自分にとって都合が悪いことが起こったり、誰かに怒られたり、嘘をついたりするときに、『~し。~し。~もん』という文構造を組み立てて言い訳やら言い逃れやらを繰り出し、うまく誤魔化そうとする。


 これを俺は『ししもん論法』と名付けることにした。


「なにそれ…………私そんな、誤魔化そうとかしてないから」


「いやいや、メチャクチャやってますよ」


「は? やってないし。アンタの気のせいだし。私は誤魔化しなんて汚いマネしないもん………………あっ」


 (ぼけつ)掘るの早すぎだろ。忠犬か。


「ぼっ、墓穴とか掘ってないし。今のは偶然だし。もうやらないもん……………………あっ」


 こいつ墓穴の中に墓穴掘りやがった!!


「ツー墓穴はいくらなんでも天然過ぎるだろ…………どんなドジっ娘でもワン墓穴が限界だってのに」


「うっ……うるさいな、バカ。アホ。デクノボウ。ハゲ。ボケ。デクノボウ」


「思い付いた悪口を乱雑に発射していくのやめて!! せめてちゃんと吟味して罵って!!」


「わかったよ…………えっと…………死ねデクノボウ」


「デクノボウさん悪口シフト入りすぎじゃない!? 店長!?」


 そうこうしているうちに着替えも終わり、今日も俺たち黒炎(義)兄妹は学校へ駆け出す。



「つーかさ…………お前昨日、何を食いに行ってたんだ?」


 やたらと長旅だったけども、この近くにそんなたくさん料理屋があるのか?


「色々食べてきたよ。えっとね…………テフテリ、ツォイバン、ホルホグ、ホーショール、けんちん汁、ザイダス、ボールツォグ…………」


「うわあいモンゴル料理ばっかり!! 聞き慣れない単語が多すぎて耳がゲロ吐きそうっ!!」


「なんでもこの街には、モンゴル料理店しか建てちゃいけない土地があるんだって。その掟を破って別の店を建てた者は、バツとしてモンゴル相撲15年の刑らしいよ」


「懲役みたいに言うなや!! モンゴルにもそんなイカれた土地ないわい!!」



 ちょっとツッコミ休憩。



 よし再開。



「けんちん汁の場違い感!! 字面で見たら一人の日本兵がモンゴル軍の捕虜にされてるみたいじゃねえか!」


「『日本人の心とは、けんちん汁にあり』って、福沢諭吉さんも言ってるよ?」


「言ってねえわ!! あとなんでお前は汁物にだけ日本人のプライド持ってるの!? 日本人でもないくせに!」


「だって福沢諭けんちんさんが…………」


「諭けんちんさんって何!? その人が刻印された万札使いたくない!!」



「あはははは! 二人ともおはようさ~ん!! 相変わらず息ピッタリで仲良くやっとんなぁ! でも、早ぉ歩かな遅刻してまうで?」



「だいたい、日本人の心と言ったら味噌汁だろうが!」


「は? けんちん汁だし。味噌汁なんかよりけんちん汁の方がおいしいし。けんちん汁は汁物最強だもん」


 くそっ、コイツ…………味噌汁を侮辱する気か!!


「ちがいますー! 味噌汁が汁界のチャンピオンなんですー! 『ミソスープこそジャパニーズハートである』って徳川家康さんの名言があるし!!」


「そんな横文字まみれの名言を吐く将軍家イヤだ……」


「てめえ、徳川ミソスープ康さんの名言にダメ出しするつもりか!?」


「徳川ミソスープ康……!? 語感が最悪すぎて殺意さえ覚える……」


 味噌汁派とけんちん汁派。両者一歩も退かない大接戦。

 

 このままではラチが明かないな。


 というか、味噌汁に対して、けんちん汁というカードでここまで戦い抜いた相手に敬意を示すべきだな。


「ま、まあ……けんちん汁もおいしい、けどな。ダシの旨味がよく出てるし、具だくさんだし」


 仕方ない。コイツの情熱に免じて、お兄ちゃんの俺が少しだけ折れてやろう。


「ふ、ふんっ……味噌汁だって、味噌の味が濃厚で、体が芯から温まるし……嫌いじゃない、よ?」


 それを受けたヒメラが、頭をポリポリとかきながら、きまりが悪そうに小声で言った。


「ふははっ、まあ汁物にはそれぞれ良さがあるってこったな!」


「そうだね。同じ汁物どうし、仲良くしなきゃ、だよね」


 こうして汁物チャンピオンシップは、両者引き分けで幕を閉じた。


 両者、固い握手を交わす。


 勝負はつかなかった。


 でも、これで良かったんだ。


 そう…………これで、良かったんだ。



 行こう、俺たちの学校へ。




「待てやゴラアアアアア!!!」




 再び歩き出した俺たちの後ろから、拡声器を使ったみたいな巨大な関西弁が聞こえた。


「オレをほっといてクッソしょうもない汁物談義に花咲かせて、花が散ったらすぐ登校かい! 少しはオレに触れてくれてもええやろ! 何を清々しい表情で歩み始めとんねん!!」


「あっ、おはようございますぅ。いたんだパンサー」


「さっきからずっと居ったし、なんなら一回、お元気に朝の挨拶もしたわ!! そんときにガッツリ目ぇ合うたぞ二人とも!!」


 昨日ぶりの登場、パンサーこと久我 豹一郎。


 朝からのツッコミは体力的にキツいのか、一通り叫び終わると深呼吸をして息を整え始めた。


「つーかあれだな、久我さんも通学路いっしょなんすね」


「数秒前までパンサーって呼んでくれとったよな!? 株価なみに親密度変わるやんけお前!!…………って、アカンアカン! そんな話がしたいんとちゃうねん!」


「あい? なにか俺らに用があるのか?」


「用もなにも! 昨日のはいったいなんやねん!? 学校中の生徒が気になっとるわ!!」


 しまったー、教師陣に誤解が解けたからってんで安心しきってたー。


「確か、ヒメちゃんがサカテを連れて、窓から飛び立っとったよな!? あれはどういうことやねん!?」


 参ったなぁ。生徒の一人一人に説明して回るのなんて骨が折れまくる。


 まあ、人の噂も七十五日。


 昨日の先生たちみたいに適当に言い訳しておけば、いずれは騒ぎも収まるだろう。


「ともかく、学校に来てくれ! お前らが来な始まらへんわ!」


 パンサーが俺たちの手を取り、ツッタカツッタカと走り出した。


 コイツ、そういう噂話とか好きそうだもんなぁ。



 はあ、めんどくせえ…………。



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