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17ページ目 下克上スタート


「…………さて、やっと落ち着いて聞けるですが…………この個性がお歳暮みたいにぎゅうぎゅう詰めになったおじさんは誰なんですかっ!?」


 語気強めに質問したあと、リネアは一瞬だけ、清々しい表情を浮かべた。


 戦闘中も気になって気になって仕方なかったことがようやく吐き出せたんだ。解放感がえげつないんだろう。


「この人は…………戯壇挫 巌徹さんだ」


「はい、お名前はもう知ってるですから……簡単なプロフィールとか教えてほしいです」


「ああ…………人間だ」


「いやザックリすぎるですっ!! 簡単な、とは言ったですが、もう少しだけ細かくしてほしいです」


「戯曲の『戯』に花壇の『壇』、挫折の『挫』に……」


「名前を細かくしてどうするですか!! テメエわざとやってやがるですね!!」


「そう怒るなよ。この人の詳細なんか、俺が知りたいくらいだ」


 さっき会ったばかりだし、俺だってこの人の情報なんか名前と、他の追随を許さぬヘンタイだってことしか分からん。


「ふえええ…………ばけものさん、こわかったよぉ…………」


 とうの本人に話を聞こうにも、幼女退行してしまいコミュニケーションが取れない。



…………………待てよ?



「戯壇挫さん、あんた…………なんで移怪が見えるんだ?」


 ヒメラの情報じゃあ、移怪は普通の人には見えないはず。


 まあこの人も普通じゃないけど、カテゴリーは普通の人だ。


 そんなのに啼雲兄弟の姿が見えただけでなく、攻撃を受け止めることもできた。


 いったいどういうことだ?



「ふえええ…………このおにいちゃん、なにいってるのかわからないよぉぉ…………」


「その残り少ない髪の毛と潤沢な贅肉むしりとるぞ」


「恐らくですけど、戯壇挫さんはわたしたちほどハッキリとは移怪の姿を見ることはできていないはずです」


 見かねたリネアが説明モードに入る。


「人間にはそれぞれ、霊力に違いがあるです。霊力が強い人になってくると、移怪の存在くらいは漠然と認知できるです」


「戯壇挫さんの霊力は、普通の人より強いってことか…………」


「ぐすん…………その『戯壇挫さん』っていうの、やめてよぉ…………ワタシはみんなから『ヨジサン』ってよばれてるの」


「ヨジサン? どういう意味すか?」


「ようじょおじさんだからヨジサンなの…………」


 ああそうですか。もう疲れてるから何でもいいや。


「じゃあヨジサン。今回はほんと、助かりました。ヨジサンの怪力がなかったらヤバかったっすわ」



「ふええええええん!! ワタシおじさんじゃないのにヨジサンとかいわれたよおおおおおお!!!」


「よしよし、泣き止んでくださいです。酷いお兄ちゃんですね、死ねばいいですね」



 ふええ……こいつら(くび)り殺したいよぉぉ…………。



「もうサカテくん帰って寝たいんだが。ヨジサ…………戯壇挫さんはどうするんですか?」


「ワタシはこのちかくにおうちがあるから、もうかえっておねんねなの」



 最寄りに変質者の巣が…………!?



「あまり深く考えないようにしよう。帰るぞリネア」


 こうして俺とリネアは戯壇挫さんとお別れしたのでした。


 もう会うことはないだろう(会いたくない)






「ただいまーっと…………はあ、どっと疲れた…………」


 金ピカの教会に到着するや否や、俺は長椅子の上にゴロンと寝転がった。


「お疲れ様です。体もだいぶ限界が来てると思うです。今日はゆっくり休むですよ」


「…………なあリネア。ヒメラの話では、移怪は最近になってパワーアップしてるらしい。お前はどう考える?」


 唐突な切り出しに、リネアはアゴに手を当てて考え始める。


「そうですね……確かにさっきの兄弟は、他の啼雲に比べて強めかもです。でも移怪の全員が強化されてるわけじゃないです。現に、その前に倒した啼雲は激ヨワだったです」


 俺とヒメラが地図で見てたときのあれか……確かに一瞬で赤い点が消滅してたな。


「啼雲は死者が抱いていた何らかの負の感情が具現化したもの。その感情が強ければ強いほど、啼雲のパワーも上がるです」


 確かに昼間の嫉妬野郎も、俺とヒメラが喋ってたら、嫉妬のあまり巨大化しちまったな…………。


「なんにせよ、啼雲だからって油断しない方がいいってことです。それじゃあ、そろそろわたしは帰るですね」


 リネアが目をごしごししながら祭壇の方へ歩いていく。あちらもお疲れのようだ。


「そっか、お前は天国の給仕係だもんな。色々と世話になった。教会もキレイになったし、敵も倒せた。ありがとな」


「わっ、わたしはメイドとして当然のことをしたまでです! 帰ったら愛しのミュカレス様にご報告しなくちゃですが…………テメエのことは、悪いようには言わないから安心しろです!」


 あからさまに取り乱した様子で、小鳥のように両手をバタバタさせるリネア。


「そりゃ嬉しいね。具体的にどういう感じで報告してくれるの?」


「まだ文章を組み立て中です。どの単語を使うべきか悩んでるです。うーん…………ウジ虫……雑魚……足手まとい…………」


「きゃああああ罵倒オンリー!! 疲れた体に毒が染み渡る!!」


「ふふっ、冗談です。また会おうです…………サカテ」


 祭壇に立ったリネアの下に例の魔方陣が出現。


 リネアは大あくびを一つしてから、俺にヒラヒラと手を振り、天国へと帰っていった。


 ほんと、天使ってのは変わり者が多いな。


 まあ、いいヤツなのには違いないけど。






 リネアが帰ったあと、静かになった教会で、俺は眠りにつこうとしていた。


 今日だけで生まれ変わって、啼雲と戦って、ヒメラやリネアや、ワセミーやパンサー、戯壇挫さんといった個性豊かな奴らとも出会って…………日記1ページじゃ収まりきらないくらいの濃厚な出来事がたくさんあった。



 明日はどんなことが起こってくれるのか。



 不安だけど、ちょっと楽しみでもあるかもしれな



「やっほ、ただいま」



 俺のポエム完走率ゼロパーセントじゃない?


 あと一文字の所で、帰宅したヒメラに邪魔をされた。たぶん絶対わざとだ。


 寝転がった俺の顔を上から覗き込んでくる銀髪の天使。帰ってきたのまったく気付かなかった。


「おかえり。ずいぶんと満足そうな顔してんな」


「まあね。そういうアンタは死人みたいな顔だよ?」


「死人も同然だ。お前が出ていったあと、また啼雲二体を退治してきたからな。正義のヒーローは多忙で仕方ねえわ」


 その言葉を聞いて、ヒメラの眉がピクリと動いた。


「退治って…………リネアといっしょに?」


 ヒメラが俺に顔をズイと近付け、ジト目で尋問してくる。


「当たり前だろ。こんなヘトヘトのモヤシ男一匹で移怪が倒せるかよ。リネアと協力して、難なく勝ち星ゲットしてきたぞ」


「へぇ…………あっそ」


 ヒメラは俺から顔を離し、テクテクと距離を空けていく。


 明らかに様子がおかしい。



「あのぉ、なんかヒメラちゃん…………おこ」


「怒ってない」


「いやいや、明らかにさっきまでの上機嫌が消えちまってるし、絶対おこ」


「怒ってない」


「………………………………………おこ」



「怒ってない」



 あと何年このやり取りを繰り返せば認めてくれるのかなぁ。


 声低いし、絶対なんかあるんだよなぁ。まあ理由はだいたい分かってるけど…………。



「…………アンタのパートナーは私なのに…………」



 ヒメラの独り言。


 本人は離れた場所で聞こえないように言ったつもりだろうが、なんせここは静かな教会。


 わずかな音でもすぐに耳に入る。


「やっぱそういうことか。その、なんだ…………ごめんな。移怪が二体出たってのにお前がいなかったし、リネアも武器持たずに出ていっちゃったし、色々とピンチだったんだ。リネアとは臨時バディってことで、今回は大目に見ちゃあくれねえかね」


 誠心誠意の謝罪に、ヒメラは目をまん丸くした。


 俺が素直に非を認めたってこともそうだろうけど、自分の呟きが俺に聞こえていたのがビックリだったんだろう。


「なっ……だから私は怒ってなんか……! いや、怒ってる…………けど、仕方ないよ。私がフラフラほっつき歩いてたのが悪い、わけだし…………実際、私よりリネアの方が…………いたっ」


 ヒメラがセリフを言い切る前に、必殺のサカテデコピンが炸裂した。


「さっき俺の素晴らしいポエムを邪魔した仕返しな。お前が自分を卑下するなんて気持ち悪いから、遮らせてもらったわ」


 サカテデコピンのネーミングセンスが終わってるのは、名付け親の俺が一番よく知ってる。


「いやあ、にしてもリネアの試合巧者っぷりはすごかったなあ! 速いし強いし頭は回る! さっすがミュカレスさん自慢の天使って感じだわぁ!」


「このっ…………おでこ痛いし、大声で他の天使を褒めちぎられるし、すっごいムカつくっ…………!」



「だから、俺みたいなヤツにはあんな完璧な天使はもったいねえわな」



「………………ほぇ…………?」


 青筋を立てて怒っていたヒメラは、お手本のようなキョトン顔を披露した。


「俺は未熟者だからさ。あんな強いやつと同じ前線に立ってたら、足引っ張っちまって毎秒罪悪感だ」


「なにそれ。私みたいな落ちこぼれがちょうどいいって言いたいの?」


「落ちこぼれ結構。確かに俺もお前も経験値スッカラカンのヘナチョココンビかもしれない。でもだからこそ、俺たちがこれからどこまで強くなれるのか……試してみてえと思わねえか?」


「…………アンタは、私とで本当にいいの?」


「悪いけどサカテくん、乗りかかった船を途中で降りるの大嫌いなんだ。お前っていうカードを引いたなら、お前といっしょに最後まで戦い抜くだけだ」


 そこまで言うと、俺はヒメラに向かって拳を突き出した。


「強くなろう、ヒメラ。強くなって、移怪も贄薙ぎも天使も、ミュカレスさんも。誰もが認める最強コンビまで、のし上がってやろうぜ」


 その拳を、ヒメラは神妙な面持ちで眺めていた。


「私さ……大天使の娘だってことで、小さい頃から戦闘訓練とか、全然受けさせてもらえなかったんだ。母さんもあんなだから、私を危険な目に遭わせられないって戦わせてくれなくて…………」


「まあ、ミュカレスさんの性格的に当然だよな」


「でも、中途半端に身分だけ高いから、他の皆が守ってくれる。それでなんの問題もなかったわ。だからアンタの言う通り、私は経験値ゼロの落ちこぼれ天使だよ」


 ヒメラがゆっくり、ゆっくりと自分の手を上昇させていく。


「疑問に思ってた。何で母さんは、弱っちい私をアンタといっしょに人間界に送り込んだのか。でも……その理由が分かった気がするよ」


 そして、自分の手のひらを見つめたあと、それを固く握りしめた。


「サカテ……アンタ言ったからね? 私といっしょに最後まで戦い抜くって。私とアンタで、最強コンビまでのし上がるって。その言葉…………ウソじゃないって信じてるよ」


 ヒメラの顔に、自信に満ちあふれたような微笑がペッタリと貼り付いた。



「安心しろ、サカテくんはウソとお前が大嫌いだ」



「さすがパートナー、気が合うね」



 二つの拳が、鈍い音を立ててぶつかり合った。




『黒歴史ファイヤーヘヴン』 第一章「落ちこぼれコンビ」 完




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