16ページ目 ヒロシマチワワ
そりゃあ、道中で出会った人が助けにくるってのは定番中の定番ですよ。
でもなあ…………あんなのが来てもなあ…………。
「戯壇挫さん下がってください!! 巻き込まれます!!」
「だいじょうぶなの、おにいちゃん! ワタシにまかせるの!!」
『まかせるの!!』って言われてもよぉ。
あんなダルンダルンの変態オヤジに何ができ…………
「うおおおおおおおおおお!!!!」
戯壇挫さんは地を分かつような咆哮とともに、華麗なバタフライで俺の前まで移動した。この間わずか数秒。声が完全におっさん。
「ぬ゛ん゛っ゛!゛!゛!゛」
そして、なんとその巨大な体で、岩をガッチリホールドしたではありませんか! 声が完全におっさん。
今の声を活字にしたなら、きっとエクスクラメーションマークにまで濁点がついてるだろう。
「戯壇挫さん!!」
目の前で俺を守る大きな背中に、俺は感極まって呼び掛けていた。
「うぐっ…………ぐおおおお…………!!」
「戯壇挫さん!!」
「安心せえ小僧…………こげな岩ごときに負けとるようじゃあ、幼女親父の名折れじゃけえの……!」
「戯壇挫さん!?」
もう俺の目の前にいる漢気あふれる広島弁の人物からは、幼女のにおいは微塵も感じられない。
顔が見えないけどどうなってるのかな。チワワフェイスがドーベルマンフェイスにでも様変わりしてるのかな。
「おいおイッ!! なんだよそいつハ!? お前らそんな得体の知れないヤツを助太刀としてカウントしていいのカ!?」
「わっ、わたしも同意件です! その人を味方だと認めることを、わたしの理性が拒んでるです!!」
啼雲とリネアが、急な不審者ヒーローの登場に、わたわたと動揺している。
「ぬおおおおおおおおおおお!!!」
そんな周囲の視線もお構いなしで、再度放たれた戯壇挫さんの雄叫び。もちろん声はおっさん。
戯壇挫さんは背中を後ろに倒して力強い巴投げを繰り出し、岩を遥か後方へと吹っ飛ばした。
現場にいた全員があんぐりと口を開けていた。
そして俺らに追い風。水がどんどんとなくなっていく。
「貴様らが誰じゃか分からんが、ワシのサカテに手ぇ出すヤツは粉微塵にするけぇ、覚悟せえや!!」
戯壇挫さんが啼雲に宣戦布告。啼雲は冷や汗を流しながらジリジリとニ、三歩ほど後退した。
…………えっ!?『ワシのサカテ』ってなに!? 名乗ってないのに!! えっこわい!!『ワシの』ってなに!? こわいこわい!! 泣く泣く!!
「あっ…………いい案を思い付いたです」
水が抜けきったあと、リネアがやたらとスッキリした顔で手を叩いた。
「えと…………ぎだんざさん、ですよね? すみませんですけど、アナタにもう一度あの岩を受け止めてほしいです」
「構わん。何を投げてこようと同じことじゃけえ」
もうノーマルでもこのキャラになっちゃったじゃん。オフィシャルで任侠じゃん。
んで顔見たらチワワのままだ。チワワが劇画タッチでキリッとしてる。
「それでテメエがやることはですね…………」
リネアが俺に耳打ちを始める。
戯壇挫さんは『アナタ』なのに俺は『テメエ』か。傷付くなぁ。
でもまぁ、だいたいの作戦は分かった。
敵は遥か上空。
だとすると…………確かにそれしかねえわな。
「さあテ、次で終わりにしてやるヨ!! いってやれニイチャン!!」
止めと言わんばかりに、啼雲は今までで一番の水量で俺たちを満たした。
お兄ちゃんの声、長いこと聞いてないんだけど。もう弟くんの人形みたいになってるじゃん。
その弟くんは、さきほど戯壇挫さんが止めたよりもさらに一回り大きな岩を、水面に炸裂させた。
「いけますか、戯壇挫さん!?」
「心配いらんわ。あげな岩…………幼女の手をひねるようなもんじゃ」
あんたも少し前までひねられる側だったんだけどな。
「ワシが命懸けであれを止める! じゃからお前らはあのモヤモヤどもをぶっ倒せ!!」
戯壇挫さんが男前…………いや、オス前のチワワになってる…………!
その思い、無駄にするわけにはいかないな。
「行くぞリネアッ!」
「はいです! 後でさっきの謝罪と戯壇挫さんの説明、きちんとしてもらうですよ!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅううううおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
戯壇挫さんが白目をむき、全身の筋肉を強張らせ、岩を抱きかかえた。
すごい…………CGもないのになんて迫力だ…………! 息が詰まる……!!
「感心してる場合じゃねえです! 早くそれに乗るです!!」
リネアに促され、俺は必死に岩をよじ登る。
鬼が見ても失禁しそうな顔をしている戯壇挫さんと目が合うたび、何度もずれ落ちそうになったが、これが最後のチャンス。
ド根性で岩を登り切り、そのまま刀を頭上に持ち上げ、水平に構える。
「今だリネアァァァァ!!」
リネアは呼び掛けに応じ、俺の刀の上に乗った。小柄なためか衝撃は少なかったが、ズンと刀が沈む。
その反動を利用して、俺は刀を思い切り振り抜き、バネの要領でリネアを上空に弾き飛ばした。
よかった、成功だ。
リネアはモップを振り回し、啼雲に向けて大きく振りかぶった。
「なっ…………なんだト!?」
「アナタたちは確かに強いし、チームワークもピカイチです。でも、やっぱり啼雲です。それぞれに重大な弱点があるです。アニキのアナタは水を出していられる時間に限りがあるです。そして弟のアナタもまた、一度に投げられる石がある程度、決まっているです」
あれ? 弟くんにも弱点があったの?
「アナタは鋭利な小型の石はたくさん投げられるですが、大きな岩は重すぎて、時間を置いて一つずつしか投げられない……違うですか?」
はあ、この短い時間でよくそこまで……。
どうでもいいけどリネアちゃん滞空時間長くない?
「もっとたくさんの時間、水を出していられたら…………もっと一度に巨大な岩を複数投げられていたら…………アナタたちにも勝機はあったかもですね」
「クッ…………クソオオオオオオオ!!!」
「まだ全然喋ってないのニィィィィィ!!!」
「雷磨刃法! 【網海月】!!」
リネアのモップがその名の通り、クラゲの足のように伸び、二体の啼雲を瞬く間に絡め取る。
「グオオオオオオオオオオオオ!!!」
「キリンは立ったまま眠るゥゥゥゥゥゥ!!」
モップには電気がたっぷりと流れているらしく、鮮やかな青色の電流の中で、啼雲たちは痛烈な叫びをあげた。
断末魔のアンカーはキリンの雑学を叫ぶのが粋なの?
とにかくこれで啼雲兄弟もオダブツ…………
「まだですよ」
リネアがモップを振りかぶり、啼雲兄弟を水中に叩きつけた。
凄まじい水しぶきが発生し、水位がどんどん下がっていく。
結果としてその場には、俺とリネアと戯壇挫さん、そして、先ほどのリネアの技で身動きが取れなくなった啼雲兄弟が、全員ずぶ濡れ状態で残ることとなった。
「…………水、浴びちまったですね? 今まで空中にいて、水が一滴もかからねえようにしてたの、お見通しですよ」
リネアは短くなったモップを巧みにヒュンヒュン振り回しながら、見た目にそぐわないどこか大人びた笑みを浮かべ、啼雲兄弟に近付く。
「人間と同じく、啼雲だって感電は怖いですよね。大丈夫です、一瞬で終わらせてやるですから」
啼雲兄弟は身を寄せ合って震えながら、リネアの姿を見つめている。
「ひっ……………ヒイイイイイイ!!」
最後の力を振り絞り、弟が石を一つ拾い上げリネアに投げつけ、小さな抵抗を見せた。お兄ちゃんは失神してる。
リネアはそれを何食わぬ顔で受け止め、モップを構え直す。
「雷磨刃法…………【渦雷】」
決着は一瞬でついた。
電気モップを両手で回して充分に帯電させたのち、啼雲兄弟を一刀両断。
まさに空をも断ち切るような、見事な一撃だった。
啼雲兄弟は叫ぶ暇もなく消滅し、白い塊となって天高く飛び去っていった。
夜の山で見ると、ホタルみたいで幻想的かも。
「お見事。そんで…………さっきは悪かった。確かにこんな助けられっぱなしのヘボ野郎が、大好きなヒメラと一緒にいたらムカつくよな。でも、俺は…………」
「ん? ヘボ野郎って誰のことです?」
「ぱぇ? 誰のことって…………」
澄まし顔で俺を見つめるリネアに、俺は声を裏返してあからさまに動揺する。
その様子を見て、リネアは意地悪そうにクスリと笑った。
「テメエは地図を見て、わたしを助けにここまでモップを持ってきてくれたです。そんでもって、疲れきった中で啼雲を倒すのにもしっかり協力してくれたです。確かにまだまだ技は粗削りで弱っちいですが……ミュカレス様やヒメラ様がどうしてテメエを選んだのか……なんとなく分かった気がするです」
「リネア…………」
「わたしの方こそごめんなさいです。贄薙ぎの素質がないとか、酷いこと言っちゃったですね」
「しゃあねえよ、俺のちゃらんぽらんな感じを見てたらそう思うわな」
とりあえず、お互いに頭を下げて、仲直りできて良かった。
まだまだ不安なことばかりだけど、俺は一人じゃない。
こうやって、色んな人と協力して、少しずつ強くなっていけばいいんだ。
今は足手まといでもいい、肩肘張らなくてもいい。
強くなるっていう気持ちがあれば、いつか道は開け
「チン」
「人のポエム中に猥語シャウト再開すんなハゲ幼女!!」




