14ページ目 山奥のバケモノ
「ふああああ………………っと…………」
綺麗になった教会で豪快に大アクビをかました後、数回の深呼吸を行う。
いずれもリネアが掃除してくれる前の汚い教会じゃ、絶対にできなかった行為だ。
静かになった夜の教会でポツリ、一人ぼっち状態。電気は…………通ってないわな。
「散歩にでも行くかね」
重すぎる腰をあげて立ち上がった、その時。
ピコン、と祭壇から軽めの音が一つ。
眠気に目をこすってから地図の方に注目する。
「おいおい、マジかこれ…………」
赤い点が二つ、山の上に登場。それらは連れ重なって行動し、どんどんと速度を上げて、教会の方に近付いてくる。
確かに『移怪が出たなら戦う』とは言ったけど、ほんとに来るとは思わんわ。しかも二体も。
まあ、でも。
俺は教会と二体の移怪の間を移動する緑色の点を見て、安心しきっていた。
そう、さっき泣きながら逃げていった、天使リネアだ。
アイツのスピードと雷モップなら、移怪の二体くらい楽勝だろう。
現に、さっきだって学校に出た移怪をモップでお掃除したわけだし。
はぁよかったよかった! サカテくんは安心して眠りにつかせてもらおうかし…………
カラン。
……………………からん?
何かが床に倒れた音がした。
俺の持ち物はゼロ。壁に立て掛けるものなんてない。
まさかお前、お前まさかまさかまさかお前まさかお前お前。
寝違えたフクロウのように、ゆっくり、ゆっくりと首を動かし『カラン』の音源を確認する。
はわわー!! なんとなんと、床に転がっていたのは、リネアちゃんのモップなのですーー!!!
例えるなら侍が刀を忘れたようなものですーー!! もーう、リネアちゃんったらドジッ娘メイドなんだからー!! にははははははははは
「あんのバッッッッカ野郎がああああああああああああ!!!!」
俺はラップを乱暴に掴み上げると、疲れた体にムチ打ち、走り出した。
地図のおかげでリネアの場所はだいたいわかってる。
あとは移怪とリネアが鉢合わせる前に合流しねぇと…………!
でもキツい! さっきまで寝ようとしてた奴に山道を全力疾走させるだなんて、拷問もいいとこだ!
でもリネアが出てったのは俺のせいだし…………。
「きゃああああああああ!!!」
なになになになに!? 今度はなに!?
甲高い悲鳴。声からしてリネアのものではない…………小さな子ども?
「だれかたすけてえっ!!」
暗くてよく見えないが、何かがガサガサと草木をかきわけて近付いてくる。
念のため、リネアのモップを構える。おそらく女の子だろうけど……こんな夜にどうして一人で?
…………あれ?なんかシルエットがデカくね…………?
「たすけておにいちゃんっ!!」
「いぎゃあああああああああ!!」
オヤジ!!!
姿を現し俺に勢いよく抱きついてきたのは、ハゲた頭からチリチリとしたちぢれ毛を生やした、トラ柄パンツ一丁のオッサン。
メタボリックで油ギッシュな裸体がグニグニ押し付けられる。
…………とか冷静に中年の分析をしてる場合じゃない!!
なんなのなんなの!? なんで俺、夜の山道で脂質多めのチリチリオヤジに抱き締められてるの!? IQ何万だったらこの状況がすんなり理解できるの!?
「ふええええ………………こわいよぉぉ…………」
んでどうしてこんな外見なのに声はやたらとプリティなの!? 悪い意味で声が素敵!!
「混乱で泣きそうになったの初めてなんすけど! いったい何者なんですかあなたは!? 何が怖いんですか!?」
「ふえええ…………おおきいこえださないでよぉ…………」
めんどくさっ!! 質問できない変態めんどくさっ!!
「ぐすん…………ワタシね、いつも山にきてるんだけどね、きょうはなんか、あやしいバケモノにおいかけられたの…………ふえええ…………」
あやしいバケモノはテメエだろ…………!!
「そ、そのっ…………お名前を聞いてもいいですか?」
いや我慢だ。我慢するんだ俺。
オッサンを引き剥がし、できるだけ視線を合わせて話しかける。視線合わせるもクソも同じくらいの身長だけど。
ずっと見えなかったオッサンの顔が、ようやくお出まし。
「ワタシは…………戯壇挫 巌徹」
画数!!!
幼女の声帯から任侠映画の大ボスみたいなイカツい名前が飛び出てきた。なんてハードボイルドな名前なんだ。
あと名前のせいでツッコミ遅れたけど顔もヤバいコイツッ!!
クリクリしたつぶらな瞳に、チョンとした小さな鼻。両端がニュイッと上がった口角。まるでチワワみたいだ。ちょっとかわい…………
っっっくない!!
あっぶねえ!! トラ柄ハゲデブオヤジのことをかわいいと評してしまったら人間として終わりだ!!
顔に惑わされるな! 全体像を見ろサカテ!!
だいたい色んなものがアンバランスすぎだろ! 体はオッサンで顔はチワワ、パンツはトラで声は幼女! なんなのコイツ!? 鵺!?
「んで、あんたは何でこんな所にいるんすか? 春先とはいえ夜の山奥でパンツ一枚じゃ冷えるっすよ」
「あのね…………大自然のバリアーはワタシを法律からまもってくれるの」
「あんたいっつも山の中で何やってんだ!!」
勘弁してくれよ。絶対ヘンなことしかしてないじゃん。少なくとも違法じゃん。
「悪いけど俺は急いでるんだ。あんたも早く下山した方がいいっすよ。さっきだって何かに追いかけられてたんでしょ?」
「でも…………でもまだ猥語シャウト100連発がのこってるの…………」
「うがああああツッコミが追い付かねえ!! もういいわ!! 100発でも200発でも叫んどけや!!」
そろそろ向かわないとリネアがマズい。
敵は二人でまとまって行動している。恐らくもうリネアと接触してるだろう。
俺が加勢して二匹とも倒せば、有罪も助けられる。
だから俺がいまやろうとしてるのは、卑猥を見捨てる行為じゃない。むしろ、分類上は一般人の破廉恥を連れていく方が危険だ。
俺はモップをしっかりと握ると、またもや全速力で走り始めた。
「チン」
「俺が離れ切ってから始めろ!!」




