12ページ目 天まで届けぼくの鼻
「ゲホッゲホッ!! はあ…………遅いな、まだ来ねえのか……?」
ミュカレスさんの話では、あのメイドがすぐにこのゴミ屋敷をピッカピカにしてくれるはずなんだが……。
待てど暮らせど音沙汰なし。
「ゴホッ!! ゲホッゴホッ!! あああもう我慢できねえ!!」
喉のイガイガが再発してイライラした俺はクラクラしながら外に出ようとフラフラとトコトコとテクテクと歩く。
「いや擬音が多すぎてワケわかんねえです」
背後から女の子のツッコミ。
「ん? やっと来たか天使のメイドさ…………ん゛こ゛あ゛っ!! ん゛こ゛あ゛っ!!」
バチコーンって音、ほんとに出るんだ。
首がもげるほど強烈なビンタを食らった俺は、そのまま近くにあった長椅子のカドに豪快に頭をぶつけた。
それゆえのダブル『ん゛こ゛あ゛っ!!』である。人によっては死んでると思う。
しかし災難は続く。
「テメエ、モニター越しだと心が読めないとでも思ったですか!! 黙って聞いてりゃミュカレス様のテンションが疲れるとか、ヒメラ様を落ちこぼれとか、失礼なことばかり! 死んで詫びろですクソボケ!!」
ビンタの発動者である、さっきまで画面に映ってたオレンジツインテールの女の子が、倒れこんだ俺に猛烈な罵声とキックの嵐を繰り出してきた。
「痛い痛い!! 心も体も痛いっ!! なんかここに来て初めてまともな攻撃を受けている気がする! なにしやがんだチビメイド!!」
「チビメイドとはなんですか!! わたしにはリネア=パティーニャという名前があるです!! ていうか、テメエごときがミュカレス様やヒメラ様を侮辱するなんて許さんです!! だがそれよりも、わたしのことを『ややミニサイズの女の子』と紹介しやがったのが何より許さんです!!」
「痛い痛い痛い!! 分かったからヒザの裏を全力でつねってくるのやめて! 結局ヘンな攻撃にシフトチェンジしたじゃん!!」
なんなんだコイツは……出会ったばかりの善良な無礼者にこんな暴力の応酬を繰り出すなんて、教育が行き届いてないんじゃねえか?
「コイツじゃねえです!! リネアです! 本来ならばテメエみたいな、ゴミに血液が流れてるみたいなヤツの所に行くなんてまっぴらごめんですが、愛しのミュカレス様のご命令とあらば、例え火のなか水のなか! どこまでも突っ走るです!!」
「…………あ、ゴメン。何でホウレンソウのおひたしってあんなにおいしいのか考えてたから『本来』までしか聞いてなかった」
「わたしの熱弁がおひたしに負けた!! ああもう! 納得いかねえです!! 何でこんなヤツが愛しのヒメラ様と一緒に行動なんてしてやがるですか!? こんな汚物オブ汚物みたいなヤツが!!」
「おぶが多い…………」
とりあえず今のやりとりで一つ、分かったことがある。
「リネアっていったか? お前さ…………百合だろ?」
「はうあっ!! な、なーにを言ってるですかねぇこの男は! いい、いっ、意味がぜんぜん分からねえですよ!」
「いや顔に出てる顔に出てる。マユ毛で『ユリ』って文字作っといて違うとは言わせな…………えっなにそれキモい!! どうやってやってるの!?」
要約すればコイツは、女が大好きで男が大嫌いな百合メイド天使なんだな。
「ちっ、ちげえです! 女が大好きで男とテメエが大嫌いなんです!!」
俺にも性別をくれ。
「てゆーか女が大好きなら百合じゃん」
「なに!? くそっ……こうなったら認めるです! 確かにわたしは同性愛者で、女の子なら誰でも大好きです!! まさかこんなに早くバレてしまうとは……この卑怯者!!」
「俺は何も卑怯なことしてないだろ。性別欲しがってただけだろ」
あれ、コイツもアホキャラか?
「そして、その中でも最も美しい、女の天使を愛してるです!! 天使というのは何者にも汚されない、純白で高潔で美しい存在であり続けなければならねえのです! わたしはそんな美しい天使の方々を溺愛しているのです!!」
百合天使リネアは力強く自分の胸をドンと叩き、己の性癖をダダ漏らしたかと思えば、キュッと唇を噛みしめた。
「それなのに……それなのにヒメラ様が! あのエレガントを絵に描いたような美貌と言動の持ち主であるヒメラ様が…………こんなウジ虫もどきみたいな男と同じ空気を吸うだなんて…………!」
ウジ虫にすらさせてもらえないのか。世知辛いな。
エレガントを絵に描いたようなヤツあんまり食べ歩きとか行かないだろ。
「お前の言い分は分かった。じゃあ俺のためじゃなく、ヒメラのためにこの教会を掃除してやってくれ。早く終わらせないとヒメラが帰ってきて、このホコリまみれの空気に悶え苦しむことになるぞ」
「なっ!? それは絶対に避けなければです!! ああ麗しのヒメラ様、待っていてくださいです! リネアは必ずや、この教会をピッカピカにしてみせるですっ!!」
色々あったが、ようやくこの不快な教会ともサヨナラか。
「でもこんな広いんだぞ? 一人で大丈夫なのか? 高いところとか届く?」
「ばっ、馬鹿にするなですよ!! テメエ…………聞くところによると、啼雲を倒したくらいで天狗になってやがるらしいですね!! テメエの鼻が天国まで伸びて来たっていう目撃情報もあるですよ!!」
なにそのウィットに富んだ都市伝説。
「たかだか啼雲でそんなに浮かれるだなんて本当におめでたい野郎ですね! だがそれもここまでです! わたしの圧倒的な力に恐れ、ひれ伏し、感嘆のため息を漏らすがいいです!!」
「そうだな、俺も栗きんとんが好きだ」
「いつ誰がおせち料理の話をしたですか!! 話聞いてないにも限度があるです!」
なかなか掃除させてもらえなくてかわいそうだな……。
「テメエのせいですっ!!」
声が枯れてきてるからここいらでやめてあげよう。




