9ページ目 真っ黒な炎
というわけで、あのバカ中二病野郎の横槍のせいで、啼雲と戦闘を再開することに。
ヒメラは動けるようになったみたいだけど、啼雲は大量に分裂したまま。数の面で、依然として戦局は圧倒的に不利。
役立たずのイタい野郎が一人増えたってどうにも……。
「ふむ……どうやら貴様等、我の力が必要なようだな」
は?
「我が名は黒緋の魔導士、テュリパーン=ペケーニョバレー! 其のような雑魚共、めちゃくちゃ早く滅してくれるわ!!」
なにしゃしゃり出てきてんだテメエ!!
『めちゃくちゃ早く』って何だよ! 他の言い方すげえこだわってるんだから、そこももっとカッコよく言えよ!『瞬く間に』とかさ!!
ああもう恥ずかしい恥ずかしい!! 設定の甘さが恥ずかしい!!
「アンタ天国に来る前はあんなんだったのね……引くわ」
「言うなあっ!!」
あああああ恥ずかしい恥ずかしい!! よりによってヒメラという、人をバカにするために産まれてきたような奴の前でこんな『黒歴史』をさらすなんて!!
あああああ!!! 死にたい死にたい死にたい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい死にたい恥ずかしい死にたい死にたい恥ずかしい恥ずかしい死にたい恥ずかしい!!
ドクン。
一度、心臓が大きく脈打った。
その瞬間、体の奥底がジワジワと熱くなってきた。
温かい血が全身を乱暴に駆け回る。骨が軋む。筋肉が膨張する。
何だこの感覚は……。
「死ねエエエエエエ!!」
「うぐっ…………ちょっと、ボーッとしないで手伝ってよ……私一人でこんなにたくさん捌き切れない……きゃっ………!」
ヒメラが啼雲に囲まれ、必死に応戦している。
しかし、数に圧倒されて、またしても大きく吹き飛ばされた。
今度は受け身を取ってしっかり着地。だが、啼雲は勝利を確信したかのようにヒメラを取り囲む。
「ハハハハハ!! お前、天使なのに大したことないなアアアア!!」
「まずはお前から粉々にしてやるぞオオオオオ!!!」
啼雲たちが再び手をドリルのように形作り、嬉しそうにヒメラにその先端を向ける。
俺に、何ができる?
前も言ったが、俺は逃げるしかできないウドの大木。
俺にできることなんて……。
「何を呆けているのだ貴様?」
後ろから、アイツがやってきた。
「やめろ、今ちょっと体がおかしいんだ。つーかお前の声を聞いてると恥ずかしくて死にそうになる。頼むからこれ以上しゃべらないでくれ」
「無様だな。親しき女が目の前で殺されそうになっているのに、何も出来ぬか。早くしなければあの女、めちゃくちゃ早くやられてしまうぞ」
だから…………『めちゃくちゃ早く』はダサいからやめろって…………!
「我は女が辛い目に遭うのが耐えられないのだ。女の涙は美しい…………だが、我はそれを望まぬ。何故なら女という生き物は、涙などよりもはるかに美しい『笑顔』という名の宝石を、持っているからでゃ」
大事な所で噛んでんじゃねええええええええええ!!!!
「いやだあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
羞恥心が破竹の勢いで押し寄せ、精神が限界を迎えた俺は、腹の底から絶叫をかました。
その時だった。
俺の体が、強い光に包まれた。魔法少女の変身シーンを想像させる。
おいおい、俺が魔法少女とか冗談じゃねえよ。恥の上塗りもいいとこだ。
だが、いつまで経っても服装は変わらない。
その代わりに、全身から力が溢れてくる。
体が熱い。だが苦しさは感じない。
光が完全に消えたとき、ふと違和感をおぼえた俺は右手を見た。
「な、なんだよ…………これ…………?」
俺の手の上で、真っ黒な炎が渦巻いている。
「よかった、成功だね」
ヒメラが啼雲のドリルを、さきほどの【蜜撫】で受け止めながら、俺の方を見て僅かに口角を上げた。
「アンタの力の源は【黒歴史】。自分にとっての黒歴史となるものを見て、聞いて、悶えて、苦しめば苦しむほど、アンタの力は上昇する。恥ずかしさが限界を越えたとき、真っ黒な炎が現れる。ほらっ、これ受け取って」
「えっ…………あぶねっ!!」
ヒメラがどこからか一本の刀を取り出し、勢いよくぶん投げた。
抜き身でよこしたのはキレそうになったが、なんとか柄の部分を掴めたからミジン切りで許してやろう。
「『”柄"の部分を"掴"む』…………寒すぎるんだけど。死因は選ばせてあげるよ?」
「わざとじゃねえわ。こういう形勢逆転シーンでダジャレ言ってるやつ見たことあるか? そんで何だよこの物騒なモンは」
「その刀はアンタの能力に最も適合できるように作られた特殊な代物。きっとアンタの力に…………あぐっ…………!」
【蜜撫】が壊れ、ドリルはヒメラの左腕をかすめる。
「ハハハハハハアアアア!! 終わりだアアアアア!!!」
周りの啼雲たちも一斉にドリルを生成し、ヒメラに向かって突っ込んでいく。
俺は考えるよりも先に走り出していた。
さっきよりも遥かに巨大な、耳をつんざくような金属音が一つ爆発し、暫しの余韻を残しつつ消えていった。
ヒメラの前に立ち、刀を頭上で水平に構え、啼雲たちのドリルを全て受け止めることに、俺はなんとか、本当にギリギリ、成功した。
あと数センチずれていたらと思うと寒気がする。
衝撃が強く、身体中が悲鳴をあげる。
全身に力を込めると、さっきまで俺の手から溢れていた漆黒の炎が、刀身から勢いよく噴き出してきた。
「アヂイイイイイイイネッ!!!」
「アヂイイイイイイイネッ!!!」
「アヂイイイイイイイネッ!!!」
啼雲たちが熱さに耐えかねて手を離していく。『ネッ』ってやめろ腹立つから。
俺の能力に最も適合できるってのは、こういうことかい。
「よお啼雲さんたち……俺ぁ今、恥ずかしさとか怒りとかなんやらかんやらがゴッチャゴチャに混ざり合って、めっちゃくちゃ機嫌が悪ぃんだ。だから…………ちょっと腹いせにぶったぎらせてくれや!!」
「エエエエエエ!? それはもはやいじめっ子のロジックじゃないかアアアアア!! お前も贄薙ぎなら、正義の心で剣を振るえよオオオオオ!!!」
「剣じゃねえもん! 刀だもん!! だからセーフな!! いくぞ! 焼きおはぎの……でっきあっがりいいいいいい!!!」
「こっ…………こんなカスみたいな屁理屈こねるヤツに負けるとかヤダアアアア!! ドドマアアアアアア!!!」
「お前はもっと正義の味方としての自覚を持てエエエエエ!! ドドマアアアアアアアアアアアア!!!」
「キリンの睡眠時間は1日20分ンンンンンン!! ドドマアアアアアアアアアア!!!」
俺は黒炎をまとった刀で、啼雲たちを次々に斬り燃やしぶっ倒し蹂躙していく。なぜ最後のヤツは散り際にキリンの雑学を。
うん、最高の爽快感。
啼雲は断末魔がタンザニアの首都になる習性なのかしら。




