プロローグ
俺はいま、天国で天使の暴走族に追われている。
「オラアアアアアアアアア!! 待たんかいクソガキがああああああ!!!」
「ワシら『餓舞裏獲流』から逃げられる思うてんのかボケェェェェェェ!!!」
「ひいいいいいい!! もう許してくださあああい!! 反省してますから! クラスの権力者たちに命令されてやむを得ず親友をいじめてしまった時くらい反省してますからあああ!!!」
後ろにいるゴロツキ天使たち…………ゴロ天は、いかつい顔に似合わない、白く美しい羽をブワッサブワッサと動かしながら俺を追いかけてくる。
その速度はすさまじく、俺との距離はどんどんと縮まるばかり。
どうしてこんなカオスな状況になったんだっけ。
ふわふわとやわらかい雲の上を全力疾走しながら、俺は頭をフル回転させた。
あっ、そうだ。あれは確か………
「なに回想入って時間稼ぎしようとしとんじゃワレェ!! お前みたいなナメくさった奴はぶっ殺したるわああ!!」
「てっ、天国でぶっ殺されるだなんて残酷すぎるでしょ! 余命半年の女の子が恋人と花火大会に行った時に、何も知らない恋人から『また来年もこんな風に花火を見に来ようぜ』って笑顔で約束されるくらい残酷ですよ!!」
「オマエさっきから例えが切ないんじゃボケ!! 胸がチクリと痛むわ!!」
意外にもセンチメンタルなゴロ天から何とか逃げ切っていた俺だったが、運悪く行き止まりにぶつかってしまった。天国に行き止まりとかあるんだ。
「へっへっへ………ここまでのようやのォ坊主!」
「大人しくせんとぶっ殺すぞ! 大人しくしとったらぶっ殺したるからな!」
惨殺ルートしかありませんやん。
勝利を確信したゴロ天は、ニヤニヤしながら俺に近づいてきた。肩に弓矢が担がれている。
「さっきはよくもワシらの総長の光輪にベタベタ触ってくれたなぁ!! なにされても冷徹ポーカーフェイスが特徴の総長が『えっ、ちょっ………!』って焦っとったやんけ!!」
「そ、それはマジでごめんなさい!! 天使の頭の輪っか触ったことなかったんで興奮しちゃいまして……!」
「あとさっきからワシらのことゴロ天ゴロ天って言うなや!! ゴボ天みたいになっとるやろがい! ナメとったら旧約聖書巻きにして地獄に沈めたるぞワレェ!!」
「聖典をそんな、簀巻きみたいに使うんですか!? とっ、とりあえず何でもしますから助けて………!」
ここに来て新たな情報。さっきの回想妨害もそうだし、ゴロ天だって一回も口にしてないのに餓舞裏獲流のみなさんに伝わってることから察するに………
どうやら天使ってのは、人の心が読めるらしい。
でもそんなことが今さらわかってもどうにもならない。むしろ心が見透かされている分、ヘタな小細工を使って逃げることもできない。
餓舞裏獲流のみなさんが一斉に弓を構える。
万事休す、だな。
天国で死んだらどこに行くんだろう? 地獄かな?
ていうか何でこの人たちは天国にいられるんだろう? こんなにもガラ悪いのに。センチメンタルだからかな。
全てを諦めたように目を閉じる。
こういうときって走馬灯という名の分厚い人生アルバムが乱雑にペラペラめくられるもんだけど、1ページも振り返れない。
それもそのはず。
だって俺は………………
「はい、そこまで」
頭上から、一つの声が降り注ぐ。
透き通っていて、冷たいけれど、聞いてるとなぜか心が落ち着く女の声。
「なにやってんのアンタたち? こんな逃げるしかできないチキン野郎に寄ってたかって弓なんか構えて……バカじゃないの?」
餓舞裏獲流と俺に毒のある言葉をぶつけまくりながらゆっくりと舞い降りてきたのは、銀色の髪を肩くらいまで伸ばした小柄な美少女。
その子は餓舞裏獲流と同じく純白の衣装をまとい、背中に巨大な羽を携え、しかし筋肉ムッキムキの餓舞裏獲流と違って、触ればほろほろと崩れてしまいそうな、真っ白で華奢な体つきをしていた。
女の子って言ったけど、なんか色々と平坦だし男の子の可能性も………。
「あ?」
綺麗な青色の瞳が俺に対して絶対零度の視線を向けてくる。
殺意がてんこ盛り。胃もたれしそう。
そうだった、天使は心が読めるんだ。
目の前にいるのは間違いなく女の子、らしい。
失礼なこと考えちまったな。あとで謝ろう。
改めまして、女の子は俺の方をジッと見つめていたが、やがてずいずいと近付いてきた。そのまま至近距離で俺の顔を見つめてくる。
「な……なんだよ……?」
「死亡時の年齢17歳、身長178センチ、体重72キロ、筋肉質な体躯、茶色のボサボサ短髪に額には小さな傷、人を小バカにしたようなだらしのない目つき…………私が探してたのはアンタで間違いなさそうね」
「探してた? あの、お嬢ちゃんはいったい……」
「はああああああああ……………」
俺の質問を遮り、彼女は俺の目の前でバカみたいにデカいため息をついた。
「こんなガタイだけよくて、あの程度の奴らにビビりまくってるヘナチョコ野郎が『贄薙ぎ』候補だなんて……タチの悪い冗談だわ」
「にえなぎ? いや、だからお嬢ちゃんは誰なん……」
「アンタ、生き返りたいでしょ? 私がその願い、叶えてあげるよ」
この出会いが、俺の『第二の人生』を大いに狂わせることになるなんて、この時は想像もしていなかった。
ここでもうひとつ、新着情報。
どうやら天使ってのは、人の話を聞かないらしい。