プロローグ
だれかに選ばれたことなんてなかった。
五回告白して、五回ふられた。そして今まさに、六回目の、最後の失恋をしている。
着慣れないスーツ。式場は教会で、白いテーブルクロスとか、壁の飾りとか、まあ、いろいろある。けれど、今はすべてがモノクロに写って、とても虚しくて、苦しくて――。
目が合った。一段高い場所で、安物のタキシードを着た男の腕をとっている彼女と。
――俺ならもっといいドレスを着させてやれる。指輪だって、ネックレスだって、ゼロを二つ付け足したものをプレゼントできるし、プレゼントしてきた。喜んでくれたけれど、今つけているのは別の、もっと安っぽいもの。
スペックとかなんとか、そういうのは、なんの意味もない。
なにがダメなんだろう。わからない。努力はした。けど、きっと見当違いで、なんの意味もなく、向こうにとっては、つきまとわれていい迷惑だったのだろう。
熱気を避けて、壁際にもたれてシャンパンに口をつけた。やっぱり苦いし辛いだけ。酒なんて大っ嫌いだ。
――これで最後にしよう。惨めで悔しくて、胸がじくじくする。隣にいるのはなんで俺じゃないだろうって、どうしようもないことを考えて、衝動をぶつける先すらなくて、処理できない感情がわだかまっていくばかり。
失恋は、これが最後。六回目で最後だ。
式が終わってから、どうしたんだったか。上着だけを脱いで、品のない飲み屋をほっつき歩いていた気がする。記憶が曖昧だ。目が腫れぼったい。泣きたいな。なぐさめてくれる人なんていないけれど。
苦いだけの液体が入ったアルミ缶を持って階段を上がる。あの人も、酒は苦手だと言っていた。そんな小さな共通点を見つけては一喜一憂して、本当にくだらない。
錆びた扉を開けて屋上に出た。風が生ぬるい。かっこつけて片手で缶を開けて、口をつけて、柵にもたれかかった。
なんか面白い死に方とかあるかな。飛び降りるポーズとか、いや、いいか。普通に死のう。
一気に缶の中身を飲み干して、酔って足を絡ませたふりをして、柵を乗り越えて、落ちた。12階建てのビル。どんどん窓の明かりが過ぎて、地面が近くなって、目を閉じたら、あの人の顔が浮かんだ。
――綺麗だな。
一目見たときから、八年間の片思い。何度も諦めようとして、けれどずるずる引きずって。
これでようやく、終わりにできる。