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ママがお腹に隠したもの

作者: 寛 忠

 最近、僕のママがお腹を気にするようになった。何やら、お腹に手を当てている。ママがお腹を押さえる時は、なぜか知らないけれど嬉しそうな顔をしている。でも、どうしてママが嬉しそうにしているのか、僕には分からなかった。


「ママ、お腹痛いの?」

「ううん。何でもないわよ。」


 ママはお腹を気にするようになってから、だんだんお腹が大きくなってきた。ママは大きくなったお腹に手を当てて、嬉しそうな顔をしていた。でも、ママは僕には“太ったら困るよ!”と言って、おやつの食べすぎを注意してくる。それなのに、ママは太っていくのを気にしないのはおかしいと思う。


「ママ、太ったら困るんじゃなかったの?」

「失礼ね。このお腹は食べすぎでできたんじゃないのよ。変なこと言わないの。」


 ママは僕が注意したことに怒ってきた。僕には注意して僕が注意するのを聞かないなんて、大人って訳の分からない生きものだ。

 ママが太ったことを喜んでいるのはママだけじゃない。パパも仕事から家に帰ると、真っ先にママの大きくなったお腹に手を当てて喜んでいる。


「ああ、早く会えるのが楽しみだなぁ。」

「もう。昨日も言ってたじゃない。」


 パパはどうして、ママに太ったことを注意しないんだろう。ひょっとして、パパがママを太らせてるのかなぁ。もしそうだったら困ったパパだ。そういえば、パパのお腹も大きくなっているのは気のせいだろうか。


 ママが太ったことを喜んでいるのはパパだけじゃない。おじいちゃんもおばあちゃんも、お盆やお正月に来るおじさんもおばさんも家に来ては、みんなママの大きくなったお腹を見て喜んでいる。


「早く孫の顔が見たいもんだ。」

「また家の中が賑やかになるわねぇ。」


(誰か、ママに痩せるように言ってよぉ!)


 みんな、ママが太っていくことを注意しない。ママのお腹はどんどん大きくなっていく。その度に、ママの動きが鈍くなっている気がするけれど、痩せようとはしなかった。


(ママはこんなひどいお腹になって、嫌じゃないのかなぁ…。)


 僕がママの大きくなったお腹をじっと見つめていると、ママは服をめくってお腹を見せてくれた。ママのお腹は、まるで空気がいっぱい入った風船みたいに大きくなっていて気持ち悪かった。


「あら、あなたもママのお腹が気になってるの?ほら、ここに耳を当ててごらん。」

「えっ?嫌だよぉ。」

「そんなこと言わないの。ほら、こっちに来なさい。」

「わ、分かったよぉ…。」


 ママは突然、大きなお腹に耳を当てるように言ってきた。僕はママのお腹に耳を当てるのを嫌がった。でも、ママは僕の手を取って、大きなお腹に耳を当てさせた。


“ドクン、ドクン…。”


「うわぁっ!」


 ママのお腹から不気味な音が聞こえてきた。僕はその音に驚いて、ママのお腹から耳を離した。すると、ママは僕に微笑みながら話した。


「あら。もしかしたら、あなたのことが分かってるかも知れないわね。」

「それ、何のことなの?」

「ウフフ、それは後で分かるわよ。楽しみにしてなさい。」

 

 この時、僕はママの顔が絵本にあった魔女の顔をしているように見えた。そして、僕はママがお腹に何を隠しているかが分かった。


(まさか、ママはお腹に“悪魔”を隠しているんじゃないかなぁ…。)


 悪魔はママのお腹に潜り込んで悪さをしようと企んでいるのかもしれない。もしかしたら、ママを操ろうとしているに違いない。もちろん、そんなことをさせる訳にはいかない。僕はママのお腹から悪魔を追い出そうと必死になって叩いた。


「やい!“悪魔”め。今すぐママのお腹から出て行くんだ!」

「こら!なんてことをするの?ビックリしちゃうからダメでしょ?“悪魔”だなんて失礼なこと言わないの。悪いお兄ちゃんだねぇ。」


 ママは僕の体を掴んで、ママのお腹から離した。僕はママのお腹に隠れた“悪魔”を追い出そうとしただけなのに、どうして怒られたのか分からなかった。ママは、僕が知っているママじゃなくなっていた。


「ママなんか、大嫌いだぁ!」


 僕はママに大声で叫び、部屋のベッドで毛布を頭から被った。しばらくすると、ママが部屋に入ってきて、僕の前に立つのが分かった。


「ごめんね。あなたには分からないかなと思って黙っていたの。だから、本当のことを教えてあげるね。」


 ママは毛布をはぎ取った。僕は体を起こしてムスッとした顔でママを見つめる。ママは僕をママの前に座らせた。


「あのね、ママのお腹にはね、悪魔じゃな…。ううっ!痛た…。」


 ママが話そうとしたその時、ママは急にお腹を押さえて苦しみ出した。パパも部屋へ駆け込んで、ママに寄り添った。


「お、おい!どうした?大丈夫か?」

「あなた…来たみたい。」


 ママが苦しみ出してから、家の中が何だか騒がしくなった。パパは苦しむママを車に乗せて、病院に向かって走らせた。僕も後ろの席に座る。


(もしかして、ママのお腹の“悪魔”が暴れてるのかなぁ…。)


 僕は病院でママのお腹にいる“悪魔”を取り出すと思った。なんで早く“悪魔”を取り出さなかったんだろう。そう思っているうちに、苦しむママを乗せた車は病院に着いた。


 ママは病院の部屋の中に入っていった。僕とパパは扉の前にあるイスに座る。


「パパ、ママはどうなっちゃうの?」

「大丈夫だ。ママは今、一生懸命頑張ってるんだよ。一緒に、頑張れって応援しよう。」

「うん。ママ、死んじゃ嫌だよぉ…。」


 僕はママのお腹にいる“悪魔”が出て行くように願った。病院の部屋の向こうから、ママの叫び声が聞こえてきた。


「ううーっ!痛い痛い痛い痛ぁい…。」


 ママのお腹にいる“悪魔”は、外に出たくないと嫌がっているのかもしれない。ママは苦しそうだ。僕はどうすることもできず、ママが入っていった病院の部屋の前で座り続けた。でも、パパは席を立ち上がって、あっちへウロウロ、こっちへウロウロと歩き回っている。


「ううーっ!はぁはぁ…ううーっ…。」


 部屋の向こうからはママが苦しむ声が聞こえてくる。僕はだんだん眠たくなり、パパの膝の上に倒れた。


(うう~ん。そんなに食べられないよぉ…。)


 僕が夢の中にいると、どこからか叫び声が聞こえた。


「オギャア!オギャア…。」

「うわぁっ!な、何だ!?」


 僕は叫び声にびっくりして体を起こした。叫び声はママがいる病院の部屋から聞こえてくる。もしかしたら、ママのお腹にいた“悪魔”が出てきたのだろうか。


「おお。う、産まれたか!?よっしゃぁ!」


 パパはイスから立ち上がって、両手で握り拳を作って喜んだ。どうして“悪魔”が出てきたことに喜んでいるのか、僕には分からなかった。ママから出てきた“悪魔”が、これからどんな悪さをするのだろうか。僕は考えただけでも怖くなった。


 ママは別の部屋へ移り、ベッドで横になっていた。ママは疲れているようだ。


「ママ、大丈夫?」

「ええ、もう終わったから大丈夫よ。心配してくれたんだね。ありがとう。」


 ママは僕の頭を撫でた。ママが死ななかったのは嬉しかったけど、僕はママの隣で何かがモゾモゾと動いているのが気になった。


「あっ、これって…。」


 ママの隣には、ママのお腹から出てきた“悪魔”がスヤスヤと眠っていた。でも、僕が知っている悪魔とはどこか違う。ツノもシッポも生えてなかったのだ。


「ママ。これが“悪魔”なの?」

「こらっ!悪魔じゃないでしょ?あなたの弟なのよ。ほら、抱っこしてごらん。」


 ママは悪魔…じゃなかった、赤ちゃんを抱いて僕に渡した。僕は赤ちゃんを落とさないようにしっかりと腕に抱えた。すると、赤ちゃんは僕の顔を見て笑い出した。


「ウフフ…アハハ…。」

「ほら、お兄ちゃんだって分かってるのよ。」

「赤ちゃん。悪魔だと思ってママに悪さしてるって決め付けて、ごめんなさい…。」

「ママも、お腹に赤ちゃんができたと言わなくて、ごめんなさいね。」


 僕は、赤ちゃんが僕の顔を見て笑っているのが嬉しくなった。そして、赤ちゃんとママに謝った。すると、今度は突然、赤ちゃんが泣き出した。


「オギャア!オギャア…。」

「ママ、赤ちゃんが泣いちゃったよぉ。どうしよう。」

「あら、お腹が空いたのかしら?ほら、ママに赤ちゃんを渡してちょうだい。」


 僕は何か悪いことでもしたのだろうかと思い、戸惑った。でも、ママは慌てなかった。僕が赤ちゃんをママに戻すと、パジャマからおっぱいを出し、赤ちゃんの口に近付けた。


「ほら、飲んでいいよ。」


 すると、赤ちゃんは泣き止んで、ママのおっぱいを吸い始めた。ママは赤ちゃんにおっぱいをあげている間、目を閉じて嬉しそうな顔をしている。


「あなたもママから産まれて、こうしておっぱいを飲んで大きくなったのよ。」


 僕はママのおっぱいを飲んでいる赤ちゃんの顔をじっと見つめ続けた。僕がママのおっぱいを飲んでいたとことは覚えていない。僕はママのおっぱいを飲んでみたくなった。


「ひょっとして、あなたもおっぱい飲みたいって思わなかった?ダメよ。あなたはもうお兄ちゃんなんだから、もうあげません。」


 僕はがっかりした。はぁ、残念…。


 ママは何日か病院に寝泊まりしてから帰ってきた。もちろん、ママが産んだ弟も一緒だ。家にはお盆や正月でもないのに、親戚が集まってきた。それは弟を見るためだ。


「ほぉ、こりゃかわいいもんだなぁ。」

「これでまた、家の中が賑やかになるわねぇ。」


 みんな、産まれたばかりの弟を抱いて喜んでいる。でも、僕には誰も声を掛けてくれないのが寂しかった。弟が羨ましいなぁ…。


 弟はどんな時でも泣きわめく。その度に、ママは弟に駆け寄って落ち着きがなかった。僕はそれを見てこうつぶやいた。


「赤ちゃんって、本当はママを困らせる“悪魔”じゃないのかなぁ…。」


 すると、ママは僕にこう言った。


「あら。あなただって、今もママを困らせてる“悪魔”じゃないのかしら?」

「うっ…。」


 僕はママのその一言に、ゾッとした。そう言われると、確かに思い当たることがたくさんある気がする。


 ママのお腹が大きくなったのは、食べ過ぎて太ったからではなく、悪魔が住み着いたからでもなく、赤ちゃんができたからだった。だから、ママは嬉しかったんだと思う。


「あなたがママのお腹に来た時も、すごく嬉しかったのよ。だから二人とも、大好きよ。ウフフ!」


 ママは弟を抱きながら、僕の頭を撫でた。


「僕も大好きだよ。ママ…。」


 僕は、小さなベッドで寝ている弟に手を近付けた。すると、弟は僕の指を握り、笑顔を見せた。僕は弟が僕を見て喜ぶのが嬉しかった。


「ほら、お兄ちゃんと仲良くしようね!」


 僕は弟が大きくなったら、一緒に遊んであげようと思った。


(終)

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