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 四 大江山

 相模から摂津に戻った僕たちは、相変わらず武術の鍛錬や兵法の読み込み、そしてたまに山や海で遊ぶという日々を過ごしていた。

 ひとつ変わったと言えば、そんな日々を縫って兄さんが京へ出かけることが多くなったということだ。京嫌いだったのに珍しい。金時を護衛として連れて行くこともある。

「なんで僕じゃなくて金時なんですか?」

「かっかっか、なんやツナ坊、妬いとんのかいな。もてる男は辛いのう」

「気味の悪い冗談はよしてくださいよ。まあ金時なら護衛にはぴったりですけど」

 体が大きい分、やはりちゃんと衣服を整えて刀を帯びると迫力が違う。女顔とバカにされる僕なんかより、よっぽど屈強な武人に見えた。

 実際、彼は素直な性格が幸いして武術の腕をめきめき上げていた。砂が水を吸うような飲み込みのよさ、とはまさにこのことだろう。弓矢だけはあまり上達が見られないけど。そんなに嫌いなのか。飛び道具は卑怯とか言ってると戦場で役に立たないぞ。

「ツナ坊には、摂津で練兵の指揮を執ってもらわにゃ困るからな。京の周りを金ちゃんに教えるのにも、この方が都合エエやろ」

「心配すんなって、ナベっち。カシラは俺が命に代えて守っからよぉ」

 ナベっちって誰だよ。なんで僕は変なあだ名をいろいろとつけられるんだ。

 そんな調子で、十日くらい二人とも摂津に戻らないことがよくある。


 金時が僕たちの仲間になって、約一年が過ぎたある日。

「ナベっち、お役目だよお役目。そのうち京の連中から正式に命が下るぜ」

 例によって数日ほど姿を見せなかった金時が、戻ってくるなりそう言った。なにやら楽しそうだ。乱の制圧とか盗賊狩りなら、楽しい仕事じゃあないだろうに。

「いったいなにが起こったんだい。金時にとっては初陣なんだから、浮かれてヘマをしないように気をつけろよ」 

「詳しいことはカシラから説明あるだろうけどよ、京の北西になんちゃらって山があって、そこに怪しい連中がいるから調べて来いって話だぜ。都の連中は鬼か霊かって噂してる。笑っちまうよなぁ。鬼退治でわざわざ武士団を動かすなんて、相模じゃ聞いたトキねーよ?」

 またおかしな話が舞い込んできたものだ。そもそも、兄さんは魑魅魍魎のたぐいにまったく関心がない人だ。そんな命を受けてどんな顔をするんだろう。

「妙な連中がいる、っていう事実があるなら、まあ鬼だろうと人だろうと関係なく調べなきゃいけないだろうね。そういう事情なら警戒するに越したことはない。武士が動いてもいいんじゃないかな」

「へへ、なんだか楽しみだな。足柄で暴れ熊を退治したときを思い出すよ。目に矢傷を負った熊が凶暴化して、木こり仲間が難儀してたんだ。山に入った猟犬が何匹も殺されたりさ。だから俺、あんま弓が好きになれねーのかも。あの熊も可哀想なやつだったよ」

 どんな武勇伝を持ってるんだ。製鉄による木々の伐採は確かに熊たちの住処を奪うけど。 


 さらに数日が経ち、兄さんが正式に京から命を受けて僕たちに伝えた。

「あー、屈強なる摂津武士の諸君。このたび、京の北西、付近のものは大江山と呼ぶその一帯に、素性のわからぬ不貞のやからが住み着いていることが発覚したそうや。連中は里に降りて女子供をさらおうとし、なにやらわけのわからぬまじないで川を汚し、異臭を放つ煙を出しとる。その罪をただし、言って聞かぬならこれを討て。これは上意である、云々」

 出発前、まったくやる気のなさそうな口調で概要を説明した頼光兄さん。

 あろうことか今、馬上で酒を飲みながら現地へ向かっている。これで落馬して死んだら末代までの恥だ。こんなことが前にもあったような気がする……。

 命令を出した朝廷もなにを考えているのかわからない。今回の仕事で動員する許可の出た人数が、十五人と少なすぎるのだ。これを決めているのはオヤカタさまだったか。

 他のものは摂津に控えていたり、京の周辺警備に回されたりしている。結局僕たちは信頼のおける精鋭を十五人だけ選抜し、いるのかいないのかわからない鬼退治に向かっている。

 いろいろと不自然すぎる。兄さんに緊張感がないのはいつものことだけど、金時まで今にも吹き出しそうに笑いをこらえて手綱を握っている。やっと馬に慣れてきた頃なんだから、もっと気をつけなきゃいけないというのに。

「ねえ金時。この話、なにか裏があるんだろ。兄さんときみはそのことを知ってるね? 二人でちょくちょく京に来てたのも、これが関係してるんじゃないのかい」

「え? お、俺はなんも知らねーよ? カシラもまあ、京に知り合いは多いみたいだしさ。いろいろあるんだよきっと。うん、女の人とかに会ってたみたいだぜ」

 なんでこうも白々しいかな。段々と嫌な予感がしてきたぞ。


 平安京の最も外側に位置する大通りを北上し、城外へと及んだそのとき。行く手に一人の法衣をまとった男性が立っていることに僕は気づいた。

 頼光兄さんもその人と眼が合ったようで、馬を停めて話しかける。

「オッチャン、まだ生きとったんか。今日はシラフやのう」

「ぬしは酔っておるようじゃな。これから務めを果たすため、山へ向かっておるはずじゃろうに、いい身分じゃ。さすがに源氏の若君は肝っ玉も違う」

 安倍晴明さまだった。

 前に会ったときはこの人のことをまったく知らなかった。けれども、いろいろな人から話を聞く限りでは、今の京において最も力のある陰陽師だそうだ。

「ふてぶてしいのだけが俺の取り柄やからな。務めの無事を祈願でもしてくれるんかい。俺は前も言ったように、まじないなんぞ信じてへんぞ。効果ないからやめときや」

 目を閉じてかぶりを振った晴明さまは、なにか諦めるような面持ちで言った。

「いつぞやの酒の礼に忠告してやろう。ぬしは夜の闇を柔らかく照らす月になるのじゃ。その分際をわきまえよ。日はいつか昇るじゃろうが、それはぬしの力でどうなるものでもない。それは天地の理なのじゃ」

「なんのこっちゃわからんな。俺、酔ってもうてるし。覚えとったら気にしたるわ」

 兄さんが馬の歩みを進める。同時に僕たちもつき従う。

 すれ違いざま、僕は馬をいったん降りて晴明さまに頭を下げた。二人の会話がどういう意味を持っていたのかはわからないけど、兄さんが失礼な態度をとってしまったと思ったからだ。

「綱どのが気にすることじゃないわい。あやつもそれなりの考えがあってのことじゃ。なにより務めを終えて摂津に戻るまで、片時たりともあやつのそばを離れるでないぞ」

 そう言い残して、晴明さまは都に戻って行った。

 遅れを取り戻すため、僕は急いで馬を駆った。そして隊列の中央にいる兄さんの馬に横付けして尋ねた。

「晴明さまはなにをおっしゃってたんです? なにかを心配してくれていたようなのに、あんなにむげにするなんて」

「オッチャンも、平安京の守護神として立場があんねやろ。もうすぐツナ坊にもわかるわ。ン向こうに着いたら教えたる。まあ、イヤでもわかるわ」

 よからぬことを考えてなければいいけど。


 川沿いに北上し、野営で休憩を取りながら三日の行程。

 僕たちは大江と呼ばれる、小高い山の連なりを目前にしていた。思っていたよりも遠くて、ここを越えてしまったら丹後の海に着くじゃないか。

 山あいに細い煙が出ているのが見える。

 村があるのだろうかと思ったそのとき、僕は自分の目を疑った。

 煙の色が、見ている間にどんどん変わるのだ。当たり前に目にする白っぽい煙、少し赤みを帯びた煙、そうかと思えばずいぶんと黒ずんだ煙。

「な、なんですかあれは兄さん。本当に鬼や魔のものがここに住んでいて、得体の知れぬ妖術を使っているんですか」

「かっかっか、ツナ坊、落ち着けや。燃やしとるもんの違いや太陽の当たり具合で、煙の色が変わるんは当たり前やろ。あれは狼煙っちゅうもんじゃ。兵法書にもあったやないか」

 のろし。確かかがり火ともいうもので、なにかの合図をするためにわざと煙を出すことだ。大昔は大宰府の防人などがよく使っていたそうだけど、最近じゃまず意図的に煙を出したり、その色を変えて合図の内容を変えたりということはお目にかからない。

「鬼というのは、古代の兵法に通じているんですかね……」 

「ナベっち、素で言ってるならかなり可愛いんだけどよ」

 金時にまで笑われた。もう帰りたくなってきた。

「今日に俺らが来ること、向こうは知っとるからな。歓迎してくれとんねん。こっちもなんか燃やして合図を返したろうかね」

「おう、薪拾いなら得意中の得意だぜ。地味な特技だなこりゃ」

 嬉々として枯れ枝を集めて火をくべる金時。彼もなにか事情を知っているに違いない。兄さんと金時がこれほど警戒していないのだから、危険な仕事ではないということだろうか。


 野山を分け入って、木々の間を縫って、まるで隠れるように暮らしている。

 鬼の集落に到着した僕はそんな印象を抱いた。切り立った山肌を背に、粗末な小屋が並んでいる。二十戸もないだろうか。

 近くには小さな沢があった。しかし、水はなにやらにごって異臭を放っている。いや、この集落全体が嗅ぎ慣れない臭いで充満していた。瘴気というのはこのことだろうか。

「ごめんやっしゃあー。長老どのはおるかいのう。事前に知らせておいた源頼光っちゅうもんじゃ。挨拶代わりと言っちゃあなんやけど、酒はたらふく持って来たで」

 そんな場所に、武装も警戒もせずにズカズカと入り込んでいく頼光兄さん。考えたくはないけど鬼の術にやられて頭が変になってしまったのか。元々変な人ではあったけれど。

 一番大きな、と言っても小屋としか呼べない土壁の建物から、獣の皮を衣服にした老人が出てきた。赤ら顔で片目が半分つぶれていて、足も引きずり加減だ。

 白く少ない髪の毛は、ところどころ縮れていた。焼け焦げた跡のようにも見える。

「おお、よくいらしてくださいました。我々のようなものに情けをかけてくださって、皆も感激しております。ささ、汚いところでございますがお話は中で」

 促されて、兄さんと金時はためらいもなく老人のあとにつき従う。

「ちょ、ちょっと、兄さん危険です。ここは普通じゃないですよ。おい、妖怪変化ども! 源氏の棟梁たるお方をたぶらかしてなんとする! この渡辺綱がおぬしらを叩き斬って、すべてのまやかしを打ち破ってやろうぞ!」

 僕が刀に手をかけようとしたそのとき、兄さんの射抜くような眼光が僕を圧倒した。普段のおちゃらけている兄さんではない。権謀術数に長けた、オヤカタさまから受け継いだ恐ろしい裏の顔だった。

「ツナ坊。お前は俺に従うのが役目とちゃうんかい。俺がええっちゅうたらええねん。黙ってついて来んか」

「……は、はい。仰せのままに」

 それでも僕は、いつでも刀を抜ける構えで緊張を解かなかった。

 なにかあった時に兄さんを命がけで守る、それが僕の一番大事な役割だから。


「まあとりあえず飲みや、爺さん。山崎の水で作った酒はうまいで」

 土間に敷かれたムシロ。兄さんはそこに胡坐をかいて、老人の手にある杯に酒を注ぐ。僕と金時は兄さんのすぐ横に立ちその様子を見守っている。

「身に余る光栄でございます。我が一族の苦難の歴史が、この一杯で報われるようです」

 相手からこちらに対する害意などは感じられなかった。しかし長老と呼ばれたこの老人以外にも、村のものは皆、どこか焼けただれたような肌をしていたり、手や足になにか不自由があったり。建物の内外に漂う異臭とともに、尋常ならざる気配が全体に満ちていた。 

 部屋の中には、なにかわからない壷がいくつも並べられている。

「ツナ坊、秘密にしとって堪忍な。今までのこと、全部教えたる。お前に知られたり、お前に頼んだりしたんでは、どうにも都合が悪かったんや。お前には万が一でも、死んでもらったら困るからのう。まずは金ちゃんから話したってや」

 うん、と小さくうなずいて金時が話し始めた。

「俺がカシラに拾われて摂津武士の仲間にしてもらってから、ちょっと不満だったことがあったんだ。俺は足柄にいたときから、たたら職人と付き合いがあったからわかるんだけどよ。どうも西の鉄は東の鉄より弱いし、加工もあんまり上手くないんじゃないかって。だからもっといい職人を摂津で抱えてさ、刀も矢も、いずれは農具も上等な鉄製で揃えたいよなって」

 僕は正直言って驚いた。金時がそこまで真面目に摂津武士の強化に頭を使っていたことに。でも確かに彼の熱心さと向上心は人並みはずれている。製鉄に関係していたものとして、目のつけどころも凄くいい意見だ。 

「でもカシラに言われたんだ。鉄の増産や技術の向上って、すぐ藤原氏に目をつけられて潰されるんだって。謀反の疑いあり、ってことなんだろうなあ。だから京の近辺で顔の知られてない俺が、町人や百姓に化けて情報を集めろってね。ナベっちは京の周辺で有名すぎるし、綺麗な顔してるから目立つだろ?」

 金時の説明に酒をあおりながら、兄さんが一言挟んだ。

「金ちゃんにはこうも言ってあんねや。もし藤原の連中に感づかれたら、舌あ噛み切って死ねってな」

「な、なんてことを言うんですか兄さん! 金時はまだまだ若いし、これから摂津を支える器にまで十分に伸びる男ですよ! 剣の腕だって、いつか僕を超えるかもしれないのに」

「ナベっち、俺はそれで構わないんだぜ。話が進まないから落ち着いて聞いてくれよ。そうしていろいろと探っているうちに、この村のことを知ったんだ。住人は足や目を悪くしてて、付近の川が汚れたり変な煙が絶えず出てるって。それで俺はピンと来た。たたらを踏み続けると足を悪くする職人が多いからね」

 そう言われて僕は長老の姿をもう一度確認した。たしかに製鉄は高温による作業で目や皮膚を傷めると聞く。たたらを踏み続けるのは重労働で、片足だけが太くなったり短くなったりもするそうだ。

 そして、焼いた鉄を冷やすのには大量の流水を必要とする。その結果として川が汚れるのは必然だったんだ。

 異形のものたちという先入観を抜きにしたから、金時や兄さんはここが鉄職人の村だと気づいたのか。

「じゃ、じゃあ付近の村に出て、女子供をさらったりと言うのは」

 僕は他の疑問をぶつけてみた。それには長老が答えてくれた。

「我々はたたらの他にも、薬や宝石細工の技術を継承しております。しかしそれらは過酷な修練を必要とするもので、身につく前に村を逃げ出す若者も多いのです。子孫を残すために近くの村へ嫁を探しに行っても、我々を見ると恐がってにげてしまう有様でして。鬼や物の怪という噂はそのために生じたのでしょう」

 そういう事情があったのか。人の思い込みというのは恐い。それで貴重な技術が失われるかもしれなかったんだ。

 僕は自分の不明を恥じて、老人の前に膝をついた。

「あなたたちの姿とこの村を見れば、どれだけ誇りを持って自分たちの技術を守り続けてきたのかよくわかります。どうか数々のご無礼をお許しください」

 誤解や思い込みで取り返しのつかないことをしそうになったのは、金時と会った足柄に続いて二度目だ。僕は自分の成長のなさに情けなくなった。

「めっそうもありません。立派なお侍さまに頭など下げられてはこちらが困ります。頼光さまを守ろうと思えば当然のこと」

 兄さんが、僕と長老に杯を薦めた。僕たちは和解の印に、交互に同じ杯の酒を飲んだ。飲み慣れた山崎の酒は、心に染み渡る味だった。

「そんでな、ツナ坊。こっからはギリギリの賭けや。この爺さんら、腕のええ職人ってだけやないねん。とどめにでっかい切り札を俺にもたらしてくれんねんで。な?」

 その言葉に長老は居住まいを正し、厳かにこう言った。 

「我々は遠き昔はるか海の果て、韓の地にありし百済国から渡来したものの末裔なのです。祖先は藤原氏が元祖、鎌足さまおよび不比等さまに仕え恩顧を賜りましたが、不比等さまの代で縁を切られてしまいました。しかし我々は祖先の歴史を忘れることなく、そのことを連綿と語り継ぎ、残しているのです」

 今、朝廷を握って天下を左右している藤原氏の、お抱え職人だったって? そして海を越えた韓の半島、百済国の遺民? 

 僕は自分の身の毛がよだつのを感じた。これ以上知ると、後戻りできない。兄さんが言うように、なにかギリギリの領域に足を踏み入れている気がする。

 いや、少なくとも兄さんと金時はすでに足を踏み入れてしまっているのだ。それなら僕のできることはただひとつだ。兄さんを守ると決めたじゃないか。金時の面倒を見ると言ったじゃないか。彼らの行く道が僕の道でしかないんだ。

「腹をくくりました。兄さん、教えてください。切り札と言うのはなんですか。僕だけのけものなんて、もうなしですよ」

「おう。藤原鎌足、今の藤原氏すべてをさかのぼったらたどり着く祖先はな、元はといえば百済の王子や。この爺ちゃんたちの祖先を連れて日本に渡って来たんやな。そんで自分らの百済っちゅう国が滅びてもうたから、日本に土着して政権を奪ってん。武力で制圧するんやない。みかどの側近になって、律令っつう法治の仕組みを自分らの都合のいいように作ってな」

 大きな石で身体を打たれたような衝撃が走った。僕はしばらくその場から動けなかった。


 大江山から帰る道中、僕たちは村の技術者を数人だけ連れていた。

 これから何度か大江山と摂津を往復し、彼らすべてを摂津に移り住まわせる。

 時間をかけて、数年、あるいは数十年単位で、彼らの持つ貴重な技術を摂津がすべて取り込む計画なのだ。

 ことを急ぐと京の貴族に警戒される。清和源氏にはただでさえ敵が多い。兄さんやオヤカタさまを陥れようと機会を狙っている人は大勢いる。兄さんが京を嫌っている理由の一つだ。

「なんで信頼できる少人数だけで来たかわかるやろ、ツナ坊。俺ら本当は、大江山になんて行っとるはずやないねん。少なくとも京の連中には知られとらん」

 出発の前に僕たちが伝えられた朝廷からの命令は、兄さんが捏造したものだった。本来の命令だと僕たち摂津の精鋭十五名は、適当な山奥で野戦や伏兵作戦の鍛錬をしているはずだという。確かに鬼退治なんておかしな命令だった。

 敵を欺くにはまず味方からと言うものの、普段から緊張感のない兄さんに身近な僕でさえすっかり騙された。そして気がついたら後戻りのできないところへ、足を踏み入れてしまった。

 兄さんは前からよく言っていた。大将軍になって政治を変えると。それは古代の伝説的な英雄に憧れて言っていたんじゃないのだ。

 藤原が作り上げた藤原のための政治を、力ずくで打ち破ってみかどに全権を返上する。そしてみかどの意思を天下万民に知らしめ、なおかつその障害を武力でもって取り除く。

 清和天皇の子孫であり、武門に生きる源氏の棟梁として、その思想はまったく歪みないものだった。

 平安京の喉元、摂津の土地に住む兄さんが、藤原氏の弱点とも言うべき秘密を知った。これは天命じゃないのかとすら思う。

 このまま諸国の武士団と付き合いを深め、摂津の兵を蓄えたら。そのときに藤原氏の専横と秘密を暴露したら。京の貴族が吸い上げている税で苦しむ、すべての民に檄を飛ばしたら。

 天下が、この大地全体がひっくり返る。いやもとの姿に戻るのだ。

 みかどという太陽を隠し続け、天下に夜の時代をもたらした藤原の政治を改める。

 それは夢物語ではなく現実として、たしかにこの道の先にある。

 兄さんが朝と言った時代。それがたしかに取り戻せるのだ。


 宇治川で暮らしに絶望し、身を投げた女性。

 羅城門で死体の遺品を探るおばあさん。

 そして足柄で会った金時のように、無謀にも危険を顧みず武器をとる子供たち。

 そういう人たちが一人でも減るかもしれないじゃないか!


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