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 三 足柄峠

 秋は冬になり、やがて春になった。自然の成り行きである。

 僕たち摂津の武士団は今、駿河と相模の境目、足柄峠にいる。ずいぶん遠くに来たもんだ。富士の山が美しすぎて困る。

 南に箱根という峠もあり、万が一、富士が噴火した場合はそちらの方が安全なのに、頼光兄さんたっての希望で足柄を通過することになった。実際にこの峠は二百年くらい前の富士山大噴火で、火山灰や土砂の中に埋まったのだ。まあ、僕が気にしすぎなんだろうけど。そうそう噴火なんてするものじゃないだろうし……。

「こっから見る富士のお山がいっちゃん綺麗やって、みんな言っとるからなあ。どうしてもこの目で見たかってん。たまらんなあ。新緑の草原と林を前に、彼方には白い頭した富士の山。そして真っ青な空! なあ、富士山でか過ぎやろあれ。どんだけ離れたと思ってんねん。おいツナ坊、ヤマトタケルと嫁さんって、相模あたりで火攻めに遭ったんとちゃうかったっけ。ここの原っぱがそうなんちゃう? 神剣アメノムラクモを手に、燃え盛る草木をばっさばっさとなぎ倒すその姿! かあっこええなあ~~! しかもその間に、ちゃんと嫁さんのこと気い遣うて優しくしとるやんけ。どんだけ男前やねん」

 ここに来れてよっぽど嬉しいらしい。さっき、いや富士が間近に見えてきた数日前から兄さんはずっとこの調子で、馬上ではしゃぐもんだから何度も落馬しかけた。身内として恥ずかしいからそんな死にかただけはやめてもらいたい。

 もう富士を通り過ぎて相模に入ろうというのに、この興奮状態がいつまでも続いているのがすごい。なにを食べればそんなに元気を維持できるのだろう。

「ヤマトタケルの草薙伝説って、駿河の話ですよ。その舞台になった焼津なら、三日前くらいに通り過ぎたと思いますけど」

 確か、日本書紀にはそのように書いてあったと思う。東国の平定に赴いたヤマトタケルが、土地のものに騙されて火攻めを仕掛けられるのだ。焼津という地名もそこからつけられた。 

「んなアホな。その嫁さん、死ぬ前に『相模野で火にかけられたとき、優しくしてくれて嬉しかった』って言っとるやないか。駿河とちゃうやん。東国平定を終えて帰る途中、恋しい女房を失ってもうたヤマトタケルはこの足柄でわんわんと泣くんやで。やっぱここが思い出の土地なんとちゃうんかなあ」

 ヤマトタケルという英雄は、人間としてかなりおかしいところがあった。兄さんも無意識に共感を覚えているんじゃないだろうかと思う。意気地なしだったり勇ましかったり怒りっぽかったり、そうかと思えばゲラゲラ笑ったり急にしんみりしたり。感情の起伏が激しいという共通点があるのだ。

 あとは、女好きというところもか。別に悪いことじゃないけど……。

「ヤマトタケルの話はいいですから。ここに来た目的を忘れないでくださいね。富士山観光じゃないですよ」

「へえへえ。わかっとるわい。向こうに着いたらせいぜい大人しくしちゃるわ」


 僕と兄さんを含めた五十人の若い武士たち。

 この一行が向かう先は、足柄を越えてさらに少し東へ進んだ土地、小田原である。

 そこには平将門が反乱を起こしたとき、その鎮圧で活躍した名門の武士団が根付いているのだ。将門の反乱は僕たちが生まれる少し前、父や祖父の時代に起こった事件だ。

 地方で政治を乱すもの、そしてそれを打ち倒すもの。この図式によって、僕たちのような武士団が結成された。相模の武士団はその大先輩というわけだ。

「オヤカタさまからの親書、なくしたりしないでくださいよ」

 兄さんが懐中に忍ばせて大事に運んでいる手紙。あとは挨拶の品として用意した宝石や金属の細工。これらを相模武士の頭目に送り届けることが、僕たちの任務である。ついでに道中でいろいろとお土産も入手しておいた。

 もちろん、いずれオヤカタさまの跡を継いで、鎮守将軍になるかもしれない頼光兄さんの顔見せ、もしくは東国の名士たちとの縁を強くしておきたい、摂津源氏の総意としての旅でもあった。少なくとも、兄さんはそう説明してオヤカタさまに東国行きの許可と、それにかかる費用や馬の用意をしてもらった。 

「やっぱなあ、これからの時代は京より地方、東国やで。特にこの辺なんて、雪もあんま降らんで年中過ごしやすいらしいし、峠を越えたら、山なんてほとんどないんやろ? 米を作るにもうってつけやないか」

 富士の山を自分の目で見た興奮からか、兄さんはすっかりこの土地が気に入り始めている。

 摂津だって、京に比べれば暑さ寒さはマシな方だと思うけど。海が近いから塩や海産物の入手も容易だし、なにより船での移動や運搬に適している。駿河や相模もそういう意味では摂津と似たような特徴を持っているんだな。

 兄さんの心が京を含めた上方から離れ、遠く東国に向かっているのは、近くにいるものなら誰でもうすうす感じていた。その理由は、これからおいおいわかっていくことなんだけど。


 足柄の峠も終わりが見え、目的地の小田原が近づいてきた寂れた街道にて。

 僕と兄さん、仲間たちの大半が同時に空を見上げた。よく晴れた春の青空。

 そこを飛ぶ鳥の群れが、隊列を乱していた。冬が終わって北へ向かう雁の旅立ちだろうか。

「ツナ坊、なんかおるなあ、あっこの下に」

「ええ、いますね」

 殺気を放った兵が野山に隠れているとき、上空を飛ぶ鳥は群れを乱す。兵法の基本だ。僕たちは政治や文芸などの一般教養とは別にこんなことを学びながら、仲間同士で剣と弓の腕を競いあい、山遊びを通じて食料の調達方法を身につける。

 普段はちゃらんぽらんな頼光兄さんでも、子供のときから僕たちと一緒に山遊びに精を出していたこともあり、自然の微妙な変化には鋭い。

「おおい、みんな武器はすぐ抜けるようにしとけや。街道沿いは盗賊が出るっちゅうからな」

 おうっ、と一同が声をそろえ、馬上で太刀や弓の確認を行う。大事なときに壊れていたら、なんにもならないからな。

 僕たち摂津の武士団が野山での食料調達術を鍛錬する理由も、武器がかさばるせいだったりする。この上で大量の食料まで運ぶとなると明らかに荷物が過剰になるから、できる限り現地調達するわけだ。

 僕の使う刀も、人の背丈に対して半分近い長さの刀身を持っている。これくらいの長さがないと、馬上から相手を斬ることが難しいと思う。

「なにもないのが一番ですけどね、用心だけはしておかないと」

「まあ、熊か野犬の群れかもわからんけどな」

 どうもこの人は緊張感に欠けるんだよなあ。


 先行する僕を含めた十人ほどが、木々に挟まれた細い通りに差し掛かったときだった。

「おっるぁー! テメーら、どこのモンだコラぁ! 武器捨てて大人しくしろや!」

 林の中から、怒声とともに武装した集団が飛び出してきた。

 あまりにも予想通りでしらける。しかも、武装と言うにもお粗末なクワとかスキとか、なにやら大きなマサカリらしきものを持っているものもいた。

「な、なんだ? みんないったん退け! こっちは馬だ、振り切るぞ! とても勝てそうにない!」

 最後の台詞だけは、見え透いていて僕もどうかと思った。付き従って逃げる仲間も笑いをこらえている。僕はあまり演技ができないようだ。

「土地のモンを舐めんじゃねえ! 林の中を先回りして、行き止まりに追い詰めてやんよ!」

 一党の首領らしき、マサカリ青年の声が響く。ひときわ背が高く、力も強そうだ。でも作戦を声に出しちゃだめだろう。しかしあんな重そうなものを持って、よく走れるもんだな。

 馬を走らせながら、僕たちを必死で追ってくる得体の知れない連中の顔を後ろ目に見る。どうも、全員がずいぶん若かった。こんな若い子供たちが、盗賊にならなければいけないほど、この地方は貧しいのだろうか……。

「はあ、はあ、てこずらせやがってコノヤロー。覚悟はできてんだろうな、あ?」

 僕たちは、林道がどん詰まりになっている、小さな神社に追い詰められていた。息を荒くした首領らしきマサカリが勝ち誇っている。

「きみたち、そんな若さでどうしてそんな真似をするんだい。これから生きていくのに、ずっと日陰者のままでいいの? お父さんやお母さんも悲しむよ」

 素朴な疑問を僕は相手にぶつけた。

「ワケのわかんねえこと言ってんじゃねえ! それに、俺は元々捨て子だ! オヤジもオフクロも顔すら見たことネー!」

「おうおう、そいつは難儀なこっちゃなあ。でもな小僧、物盗りはアカンで。オカンやオトンがおらんでも、お天道さまが悲しむやろ」

 そんな台詞とともに、神社の陰に隠れていた頼光兄さんと他の仲間たちが、弓矢を構えて姿を現した。

 もともと、こちらが誘い込む作戦だったわけだ。しかしこうも簡単に引っかかるものかな。普通は警戒して深追いしないものなんだけど。

 目の前に大量の矢を向けられ、少年たちは驚きの表情を浮かべたのち、泣き出すものや逃げるもの、おしっこを漏らすもの多数。見てられない。

「てっ、てっ、テメーら卑怯だぞ! ハメやがったなコノヤロー!」

「追いかけたきたのはきみたちじゃないか……」

 頭が痛い。変人は頼光兄さんで慣れているはずだったけど、こうも純粋なまでのバカを目の当たりにするのはまれだった。僕もまだまだ人生経験が足りないな。

 僕たちは馬から降りて、彼らの前に立った。苦し紛れに馬の足でも折られてはかなわない。

「お、おい! テメーらの中でいっちゃんツエーやつ出て来いよ! そいつと勝負させろやコラ! タイイチの喧嘩もできねーほど腰抜けかよ! 第一、弓とかズリーんだよ!」

 弓がずるいと言われても困る。それが武士の基本装備だし。

「ツナ坊、あんなん言われとるで。言っとる意味は半分くらいしかわかれへんけど。東国の言葉はさっぱりやな。ひょっとすると俺ら、バカにされとるんとちゃうか。剣聖さまの渡辺綱としては、この無礼は見過ごせんやろ。かっかっか」

 ニヤニヤと笑みを浮かべて、兄さんはこの状況を楽しんでいた。やっぱりこの人も変だ。

「いや、ふん縛って小田原の役人に引き渡せばいいんじゃないでしょうかね。面倒なことが増えちゃったなあ。兄さんがやかましい以外は平穏な旅だったのに」

「役人とまでつるんでンかよ! 上の連中がこんなだから、ちくしょう……」 

 怒りと涙を交えながら、青年の手が震える。

「ちっくしょおおおおおっ!」

 そして急に走り出し、手に持ったマサカリを僕へ振るってきた。

 僕はそれを横に避け、同時に刀を相手の喉元へ走らせる。いくら力があっても、マサカリは振り回すのに重過ぎる。初撃を避けて懐に入ってしまえばそれで終わりだった。

「最期に、なにか言うことはあるかい」

 こんな子供の命を奪ってしまうのは心苦しいけど、刃を向けられた以上はこうするしかなかった。彼らも被害者なのは変わりない。だからって許されるわけじゃないのが現実だ。

「こ、こんな女みたいな顔のやつに負けるなんて。将門さま、今、おそばに参ります。志なかばで倒れることをお許しください……」

 滂沱の涙を流しながら、青年はその名前を口にした。僕の顔はどうだっていいよ、もう。

 それよりこの子たちは平将門の信奉者だったのか。朝敵となって京の政治に反旗を翻した東国の貴族だ。神聖な血筋だったのに、愚かなことをしたものだ。

 税の重さと平安京を重視する世の中の仕組みに異を唱え、東国を解放しようとした英雄。一部ではそのように思われているのだろう。所詮は謀反人なのに。

「おいちょう待てツナ坊。こいつは勝負をお望みやったんや。もう決着やろ。それになんか、様子がおかしいな」

 首に当てていた刀を持つ手が、兄さんに制せられた。

「おい小僧、お前ひょっとして、俺らを盗賊団やと思っとるんちゃうか」   

 兄さんの問いに、青年は目を丸くして反応した。

「賊じゃなかったらなんだってんだよ! そんなに軽装で、武器だけ立派でよお! 食い物やゼニを奪って旅してンだろ! 俺ら『相模黄金党』はテメーらの情報を掴んでんだよ! そん悪党に相模の地は踏ませねえぞちくしょう! 俺が殺られても、仲間がゼッテーにテメーらを付け狙うからなあ!」

 確かになにやらおかしい。話が食い違っている。仲間って、おしっこ漏らしてへたり込んでいる子や、さっき逃げて行った子かなあ。

「僕たちは摂津っていう、京の近くの海沿いに住む武士だよ。こっちの無精ひげの人は、これでも清和天皇の五代孫。賊でもないし、ちゃんと京にいる鎮守将軍の命で小田原に向かってる途中なんだけど」

「嘘つけ! 偉い人は東に行くとき、箱根を通るってのが常識なんだよ! 人通りの少なくなった足柄なんて、土地のモンや隠れるように移動する盗賊団が使う道だって相場が決まってんだ!」

 あれまあ。兄さんのわがままで足柄経由を選んだ結果がごらんの有様だよ。そりゃあ綺麗な富士をいつまでも見ながら移動できたのはよかったけど。

「いや、それにはいろいろと事情があってね。きみたち黄金党っていうのは、地元の少年が作ってる自警団みたいなものかな。盗賊とかを警戒するための」

「そ、そうだよ。そりゃ、俺らまだまだちんちくりんだけど。心は武士のつもりだぜ。将門さまが果たせなかった東国の平和を、俺たちが絶対にかなえるんだ。そのために、俺みたいなみなしごとか、百姓の息子を集めて足柄あたりを見回ってンだ」

 なんてことだ。僕たちのように、血筋や生まれで選ばれた武士じゃなく、こんな若い子たちが自発的に武士になっているのだ。そうまでしないと守れないほど、周辺の治安が悪くなっているということだ。

 彼らの武器はお粗末だし、技も知恵ももちろん未熟だ。平将門を信奉していることも問題ではある。でもなにもないところから徒手空拳で自分たちの住む土地を守ろう。そんな志を持っている。それは僕たち摂津武士団が持つものと同じか、もしくはさらに尊いんじゃないか。

 僕は刀を納めて、青年の手を握った。 

「誤解があったようですまない。僕は摂津武士団が若き頭目、源頼光を守るひと振りの白刃、渡辺綱だ。きみの名を聞かせてくれないか」

「え、あ、俺は、近くの村でジッチャとバッチャに拾われた、金時ってモンだよ。親が坂田って村の生まれだったらしいから、坂田金時って呼ばれてる。黄金党の名前も、そこからとってんだ。小さいころは金太郎って呼ばれてたから、どっちでもいいぜ。坂田って呼ばれるのは、あんま好きじゃねえんだ……」

 戸惑いながらも握手を返してきた金時の掌は、とても分厚く硬かった。背丈も僕よりずいぶんと大きい。顔や言動はまだ幼さが残るけど、たくましい体と存在感を持った男だ。

「おうおう、仲直りできて無駄な殺生もせずにすんで、ホンマにめでたいこっちゃ。それで金ちゃんよい、お前、将門公が好きなんか。どうせなら小田原に行く道、お前が案内してや。将門公が土地のモンにどう思われとるかも聞きたいしな。どうせこっちの貴族や武士どもも京と同じ見解、朝敵として言わんやろう」

 兄さんが金時のと肩を組みながらそう提案する。

「まあ、そりゃそうだぜ。相模の偉い人はみんな、将門さまを討伐した恩賞で土地をもらったり役に就いたりしたから。ジッチャはよく、薄情にも程がある、って怒ってたっけ」

 そんな話を聞きながら、僕たちは金時の先導で小田原へ向かった。


 この出会いが、頼光兄さんにとって人生の転換期となったことを、僕はこのあと知ることになる。僕自身も、金時を無二の親友として半生を過ごすことになるのだ。良くも悪くも東国行きは大きな出来事だった。

 

 それはともかくとして。

 僕たち摂津源氏の若衆は他に障害もなく、小田原をはじめとする相模の名士たちと知己を得ることに成功した。

 しっかり無精ひげも剃って、身なりを整えた頼光兄さんは普段とはまるで見違えるようだった。丁寧な言葉で話すその様子に、相手もすっかり騙されてしまったことだろう。

 こんなところは兄さんの父であるオヤカタさまに似ていて、少し恐く感じる。

 オヤカタさまも、さらにその先代も、藤原氏の重鎮に上手く取り入る反面、他の貴族の落ち度や罪を密告してのし上がった人なのだ。僕がオヤカタさまを苦手とする理由はまさにそこだ。そのせいで、清和源氏には敵も多い。自衛のために武装するのは自然の流れだった。


 小田原から、西へ帰る道。

 僕たちは尾張の熱田神宮近くで宿をとっていた。ヤマトタケルにまつわる神社であり、もちろん頼光兄さんは熱心に参拝していた。

 傍らには、相模で仲間に引き入れた金時もいる。兄さんは手持ちの金銭を彼の養父母である老人にドンと与えてこう言ったのだ。

「小僧を日本一の武士に鍛え上げちゃる。心配せんと俺によこせ」

 相手は大金を目の前にして声も出せなかった。金時は道中ですでに兄さんと話を決めてしまっていたようで、終始落ち着いていたけど。育ての親と別れるだけあって、少しだけ涙交じりだった。

 今ではすっかり元気を取り戻し、兄さんとヤマトタケル伝説の話で盛り上がっている。東国平定の英雄神だから人気があるんだな。

「ツナ坊、ちいと散歩に出るか。月が綺麗やからな」

 話を切り上げた兄さんにそう言われ、僕たちは宿の外に出た。夜空には満月が半分だけ、雲から顔を覗かせている。言うほど綺麗かな、と思ったのは内緒だ。春だから空気も湿り始め、ぼんやりとあたりも霞がかっている。

 宿の中からは壁越しに、金時と仲間たちが笑いあう声が聞こえた。いきなり打ち解けているようだ。田舎のなにも知らない子供を強引にさらってきたような感覚があり、複雑な気分でもある。でも兄さんは一度決めたら絶対にそれを実行する人だ。あとはどうにでもなれ。

「どや、金ちゃんは鍛えたらモノになりそうかいな。これからちゃんと面倒見れるか」

 自分でそう確信して連れて来たんじゃないのか。

「まあ、体も丈夫そうですし、あれだけ大きなマサカリを持って走ったり、振り回したり。普通はできませんからね。向こうっ気も強くて、いいんじゃないでしょうか。剣や兵法はこれからしっかり教えますよ。まだ若いですしいくらでも伸びます」

 聞けば、金時は十七になったばかりだという。

 過大評価でなく正直な気持ちだった。武士はなにより体が資本である。丈夫で大きいというだけで、それは一つの才能なのだ。その点では明らかに僕より上だ。怪力の秘密は、たたら製鉄に使う木材を野山から調達する手伝いをしているからだという。だからマサカリを持っていたのだろう。

「そっか。せいぜい仲ようしてやってな。なにやら俺にとっての張飛を得た気分なんや。こっちの関羽さまだけでは、口うるさくてかなわんからのう」

 兄さんは自分を前漢の群雄にして蜀漢の皇帝、劉備玄徳にたとえてそう言った。

「三国志の豪傑ですか。彼らの蜀漢帝国は短い間に滅びた国です。僕らの国とは違いますよ」

「そうやとええな。お、お月さんが顔を出したわ。見事な満月や。いっこも欠けてへん」

 上空では雲が流れ、白く丸い月がその美しい顔を誇っていた。

 まだ微妙に霧がかかっていて、それさえなければもっと綺麗だっただろう。

「羅城門で安倍晴明さまに言われたことを思い出しますね。みかどが太陽として、僕たちは月や星でありたい。心からそう思います」

 それが源氏という一門、それに関わるものとして生まれ育ったものの責務だろう。よく晴れて月が出ていれば、夜の不安も少ない。そういう世の中を守っていくのが僕たち武士の役目じゃないだろうか。

「俺はさっさと夜が明けて、朝になればええと思っとるんやけどな」

「明けない夜はありませんよ」

 兄さんの真意を、このときの僕はまだ掴みきれていなかった。


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