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何でこの人は僕の名前を知っているのだろうと考えていると、
「何だ、ヒロ知り合いか」とアツシがママさんと僕の顔をキョロキョロ見ていた時。
「明菜のおばさん!」
「そうだやっぱり、ヒロくんじゃないの。どうして、何、今はこっちにいるの?」
ようやく思い出した。
「そうだやっぱり、ヒロくんじゃないの。どうして、何、今はこっちにいるの?」
振り返えるなりいきなり僕の名前を云いあてた着物をきて髪をこぎれいにまとめたその人は、明菜のおばさん。
おばさんというか明菜の母親だった。
早瀬明菜。
中学を卒業するまで、僕と明菜は同じマンションの同じ階の隣どうしに住んでいた。
幼稚園から中学3までの間ずっと同じ学校に通っていた、いわゆる幼馴染だった。
明菜の父親は明菜がまだ幼稚園の年長に上がる前に交通事故でこの世を去り、母親一人で明菜を育てていた。
明菜の母親は夜はスナックで働いて外見は派手だったが、とても気さくできれいな人だった。
いつも明菜の家を自分の家のように行き来していた僕をとても可愛がってくれた。
そんな訳で明菜の母親が大好きだった。
自分の母親には絶対秘密にしていたことでも明菜の母親には相談していた。
クラスに好きな女の子ができた時も一番最初に打ち明けたのも明菜の母親にだった。
中学に上がる前まで明菜はショートカットで身長も低くかった。
そのくせスポーツはよく出来て女子バスケット部のキャプテンとしてチームを県大会ベスト4に導いた。
そして、クラスの男子からはなぜかモテていた。
僕は明菜のどこがよかったのかさっぱり理解できなかったけど、とにかくかわいかったらしい。
今はどうだかわかないが・・・・・。
いや、母親に似ていたといったら似ていたからきっと美人になっているに違いない。
そうであったとしてもあんまり実感はわかないものだ。
それがやはり僕と明菜との空白の時間の長さに違いない。
いつも二人一緒に遊んでいたほど仲がよかったのに・・・。
中学に上がってからはさすがに周りの目が気になりだし、いつしかしょっちゅう行き来していた明菜の家にも次第に寄り付かなくなった。
明菜の母親にはたまに学校の帰り道に偶然会って挨拶を交わす程度になり、時はそのまま流れた。
中学をまもなく卒業となった頃、「ヒロ、明菜ちゃんのこと聞いた?」と母親がスーパーから帰ってくるなりいった。
「なんか明菜ちゃんのお母さんにスーパーでばったり会って聞いたんだけど、近くに東京に引越すんだってよ・・・・」
「ねえっ。聞いてる?」
僕の方をのぞきこむように母親は、「さみしくなるね」と意味深な含み笑いをした。
「そうなんだ」
と母親のその意味深の含み笑いの意図を感じとった僕は素気なく答えた。
「見栄張っちゃってさー・・。」
「はいはい。」とはいったものの・・・・・・・。
正直さみしかった。
最近ではろくに会っても話を交わしたりしなかったけど、やっぱり気にはなった。
明菜はあの時僕のことをどう思っていたのだろうか・・・?
僕は・・・・・・・。
結局何も詳しいことを本人から伺うこともできず、明菜は東京というテレビや雑誌でしか知らない未開の地に静かに僕の元から去って行った。
その明菜の母親が数年ぶりに僕の目の前に偶然こうして現れたので、さすがにすぐには思い出せなかった。
「明菜のおばさん」
「いやー大きくなって、おばさんびっくりしちゃった。今は東京に遊びにきているの?」
「うわー、マジで明菜のおばさんじゃない。ここで働いているんですか?っていうより僕は今こっちで1人暮らしています。」
にっこりほほ笑んだ顔は歳は確かに年齢分、皺刻んでいたが、やっぱり今もきれいだった。
「そうよ、ここは元々私のお兄さんの家だったんだけど、昨年急に亡くなっちゃってさ。
おばさん別で働いていたんだけど、頑張って働いた分ある程度はお金貯まったからね。パーっとここを改装して小さいけど店開いてるのよ。」
「へェー。すごいじゃん。やっぱり明菜のおばさんはやる時は豪快だなー、昔から・・。」
明菜のおばさんはアハハっと笑いながら「そう。おばさんはやる時は威勢がいいんだから。」
と胸を張って答えた。
「知り合いか?」
こそこそ声で話しかけられて初めてアツシの存在を思い出した。
「ああ、わりー。地元の幼馴染みのおかあさん」
明菜のおばさんに紹介するような恰好でアツシを前に引っ張り出し、照れ笑いをするアツシに明菜のおばさんは「どうも、ヒロちゃんがいつもお世話になってます」とお辞儀をしてくれた。
そんなこんなでまだ予約の団体が店に来ない間、「ちょっとしかないけど、なにかつまんでいきなさい」と明菜のおばさんに促され、アツシと僕は少しの時間ここにいることにした。
「ところで、その予約の人たちは何時に来るの?」と僕の質問に。
首をひねりながら「うーん。どうかしら・・・・・時間がいつも読めないのよね。色々とあるみたいで・・・・。」明菜のおばさんは返事を返した。
時間が読めない客なんて、どんな客だろうかと?マークを頭に浮かべながらとりあえずゆっくりしていこうと僕はタバコに火をつけた。
明菜のおばさんとこうして面と向かって話をするのは数年ぶりになるが、あっという間に打ち解けてしまった。
なんていうのだろうか・・・・、時が過去に向かってタイムスリップしたみたいに昔の感覚に戻っていった。
深い安堵感と懐かしい雰囲気が僕のまわりに立ちこめた。
しかし、心の中である一つの質問だけが、決して僕の口を割って出てこない。
出てこないというより、アツシのいる手前この質問をしたら確実に突っ込まれることだけは確かであったから・・・・。
明菜のおばさんも僕のその空気を察してか決してその本題には入ろうとしなかった。
1時間くらい経った頃だろうか。そろそろ予約の客も来そうな感じがしたので、カウンター
下のアツシの足をこずいた。
「痛てェーな。なんだよー」とふくれっつらにアツシが僕の方を向いた瞬間、外が急に騒がしくなってガラガラっと扉が開いた。
「おかぁーさん、ごめェーん!!だいぶ遅くなっちゃったよー!」
若い女性の声とともに、複数の声が勢いよく一斉になだれ込んでくるように入ってきた。
「あれ、今日は貸し切りじゃなかったっけ?」
と暖簾をくぐりながら笑い皺をいっぱいつくったいかにも人のよさそうな、そのてんビシッとしたスーツ姿に、髪を後ろに流した短髪で歳は40後半といったところの男が僕とアツシを見て、明菜のおばさんに声をかけた。
「じゃあ。そろそろ・・・」と云って、明菜のおばさんに目で合図して、僕はアツシの腕をとり早々に店から引き上げようとした。
「あっ」
とアツシは扉の方を見て口を開いたまま僕の腕を逆に引っ張り返した。
「なんだよ?」とアツシが引っ張り返してきた反動で少しよろめいた。
僕は何気なくアツシの視線の方に目をやると、そこにはさっき眩しいくらいのスポットライトを浴びてステージ上で歌っていた手島舞が僕の方をじっと見つめて立っていた。
「ヒロ・・・!?」
「・・・・・・・・・・・??」
彼女の口から僕の名前がなんで出てきたのか、一瞬理解できなかった。
明菜のおばさんの顔を見上げると、にっこり笑って僕と彼女のこの異様な空間をいかにも楽しんでいるかのように見ていた。
アツシはというと・・・・、なるほど、手島舞を凝視して完全に固まっていた。
つまり・・・・・・手島舞が・・・・。
明菜のおばさんが彼女に声をかけた。
「明菜、今日は偶然ヒロちゃんがうちにひょっこり顔を出してくれたのよ」と。
・・・・・・・・・早瀬明菜で・・・・、
早瀬明菜が・・・・手島舞・・・・・・・ということは・・・、
僕が今日、ステージ上で芸能人はやっぱりきれいだな、なんてコメントしていたのは
すっかり大人びてきれいになった明菜に対していったコメントということだ。
「・・・・・!!」
「明菜だったのかよ」
僕の第一声だった。




