プロローグ〜第一話(はじめ)
その日は、ひどい雨だった。
頭のてっぺんから足の先まで、雨に濡れ、全身ぐしゃぐしゃだった。
点滅する青信号が視界に入る。いつもなら小走りに渡ってしまうところだが、そんな気力もない。赤信号になってその場に立ち尽くした。
真夜中で、車の行き来も少なく、人の通りもまばらだった。
「バイバイ・・・」といった彼女の言葉が耳の奥でこだましている。
ゆっくりと僕の元から離れていく彼女の足取りを何も言えずにただ見送ることしかできなかった。
悔しさと、自分に対するどうしようもないくらいの情けなさで込み上げてくるものを抑えることができず、憚りもなく声を上げてその場にしゃがみこんでしまった。
「情けねーな」
今までの自分だったら、こんな醜態を表す人間を見たらきっと鼻で笑っていたに違いない。
そんな自分も今は所詮こんなものだ。いつの間にか赤信号も青に変わっていた。
バチバチと僕の背中を打ち続ける雨によって彼女との思い出をすべて洗い流してくれるだろうか。ただそんなことを思った。
今日ですべて終わった。彼女をもう二度と抱きしめることもできないだろう・・・・。
いつか、僕の知らない他の誰かに抱きしめられることはあっても・・・・。
最後に見た彼女の横顔が脳裏に浮かんだ。止めどなく降り続ける雨が一層激しくなった。
1.
明菜と何年かぶりに再会したとき、僕はまったくそれが僕の知っている彼女だとは気付かな
かった。
ある日バイト仲間のアツシから面白い日雇いのバイトがあるからと一緒に1日付き合ってくれないかとせがまれた。
あまり乗り気ではなかったがアツシに「どうしても頼む」と僕に手を合わせ屈託のない笑顔でお願いしてくるので断り切れなかった。
どちらかといえばとアウトドア派というよりはインドア派であり、休みの日くらいは家で借りてきたDVDをのんびりと観たい。しかし、結局アツシに付き合わされて高円寺のとあるライブハウスにきた。
今日、そこで来月発売予定の有名歌手の新曲PV撮影が行われるらしく、僕たちはそのPVに出てくるライブシーンの観客のエキストラというわけだ。
その時ようやくアツシのどうしてもこの日雇いバイトがやりたかったわけが飲み込めた。
確か最近アツシがしきりと「××っていう新人歌手がいるんだけどその子が気になってしょうがない」と熱弁していたことを思い出した。