彼女と僕と白い雲Ⅰ
前回の章からの続きとなります。
5年ぶりなので更新頻度がまた不安定ではありますが
楽しんで貰えると嬉しいです。
あの頃に戻ることが出来たら、と願ったのはいつの事だろうか。
パリッとした生地の白衣に身を包み、目の前の重なった書類に辟易しながら金髪を後ろに高く結わえた女性は静かに書類へ目を通していく。何度目かのため息をつきながら、毎月行う災害時対応マニュアルを見直し始めた。
ここ数年でだいぶ防災への意識が高まってきたものの、完全に自然への脅威がなくなるわけではない。この研究室ではAIを駆使したシステムで実際にその場にいるかのような体験をしながら防災への意識を高める研究を行っている。つい先日も大学生を対象とした臨床実験を行ったばかりだ。
「東島航大君…どこかで会ったことがあるような気がしたのだけれど」
もう辺りは暗くなってきており他の研究員も帰ってしまった中、希世は独りごちた。
静かに臨床結果のデータを見ながらパソコンへ打ち込みだすと、ズキリと後頭部が痛む。最近仕事で切羽詰まっている中の睡眠不足が原因かもしれない。やり始めると止まらない性分は自他ともに認める厄介な点だった。
一度手を止めながらやはり気になる存在、ある一人の大学生に連絡を取ってみることにした。
…―――数日後。大学の構内にある食堂に併設されたカフェで、希世は気になった大学生の東島に会おうと約束を取り付けた。
「急に呼び出してしまってごめんなさいね。」
「いいえ、僕暇ですし…僕もお会いしたかったので」
一方的に興味を持った側なのは希世である。しかし、優しく目尻の下がる笑みを浮かべる東島は、渡されたおしぼりで所在なさげにしていた手を拭きだした。
「何も緊張することは無いわ、先日は試験にご協力ありがとう」
「あの研究、僕も気になっていたのでゼミの先輩に誘われてよかったです」
「先輩…ああ、藍澤君ね」
藍澤隆大は希世と同級で、今は院に通う真っ赤に染めた髪が印象的な面倒見の良い人だ。東島のゼミの先輩であり、何かと絡んでくる少々めんどくさい人ではあるが悪い人ではないので邪険にすることも憚られる。
「彼、最近会っていなかったけれど元気そうね」
「はい、弟が今度大学に通うそうなので”頼むぞ”、と念を押されました。」
困ったように目尻を更に下げると運ばれてきたアイスカフェオレをくるりと混ぜながら、ストローで飲みだした。
希世はコースターの上に置かれたブラックコーヒーのグラスを見つめながら、何から切り出そうか選びつつテーブル越しの東島へ目を向けた。
するとストローを回しながらふと目が合ってどちらからともなくふっと笑みを零す。
「不思議なことを言うようだけれど、どうか茶化さないで聞いてほしいの」
平和的な空気感が少しだけピリッとする。まるで同じことを思っていたかのように東島はこくりとうなずく。
「先日協力してもらった試験を振り返ってレポートを作成していて思いついたことでね」
「はい」
「私たちが会ったのはその時が初めてのはず、なの」
「そう、ですね」
「いつもこんなこと言わないし変なこと言ってると承知の上で話すわね」
一度息を吐きながら希世は気持ちを整える。
「「初めてな気がしない」」
まさかのシンクロで希世は東島と同じ言葉を発した。
「実は僕も言いたかったんです。試験が終わって目が覚めた時、現実と理解するまでは案外早かったんですが、中での経験があまりにもリアルに感じて」
「そういう感覚を調べるための試験だったから、無理もないと思うの。けれど」
「あまりにも仮想空間にいるというより、現実にいる感覚が強くて、試験していることすらわかってなかったんです」
「没入感と既視感が強すぎた、ということね」
「そうなんです」
自然が起こす災害や被害に対応するために考えうる事態が起きた時、どう対処するかを試験してその時の感覚を今後の防災グッズに活かすことが出来ないか、研究をしているのが希世の課題だ。レポートをグループでまとめるために今回の試験が行われたのだが…。
「同じ試験を受けた同級生はいないし、研究している希世さんに聞いた方がなにか意図があるような気がしたんです」
根拠は何もない、とは言えないが先走った考えは今ある可能性のすべてを否定することになるかもしれない。それが怖くて希世は試験を重ね、結果をまとめようとしていた、はずだった。
「もしかしたら仮想空間にヒントがあるかもしれない。事件のような組み立てをする探偵ではないから上手くいくかは保証はないのだけれど…それでもいいかしら」
謎の既視感はリアルな仮想空間で過ごした日々がそうさせているのかもしれない。希世が思う世界と、東島が思う世界は同じようで、どこか共通点を探すことに意味を見いだせるか不安は尽きない。




