僕と彼女と冷たい器Ⅱ
「そんなことにこの人が応じるとは思えませんが…」
そばにいるまひるさんが大きな眼鏡を掛けなおしながら久坂さんを首を傾げながら見つめる。
その視線に耐えられないのか顔を背けた久坂さんは、後ろの隆大くんを振り返りながら呟いた。
「逃げたりしないので少し力を緩めてもらえませんか?」
「信じらんねェから緩めねェ」
「そうですかそれは残念だ。」
開き直ったかのように久坂さんは全身の力を抜いて隆大くんごと床へ崩れ落ちた。
「おい!しっかり立てよォ」
「放してくれないとのことだったので、」
「ったく、めんどくせェ野郎だな」
頃合いを見計らって、僕は隆大くんに放していいよと手で合図を送った。
「先ほど言っていましたが…この人に指揮なんて任せたら何人か犠牲になるもしれませんよ」
久坂さんが床に膝をついてしまった後、膝に付いた埃を払いながら僕たちに警告した。
「父さんはもう覇気がなくなってしまっているわ…私が先導する。」
「希世?本気ですか?」
心底驚いた久坂さんが問いかけると、意を決した希世が頷きながら困った笑いをした。
「お願い、手伝ってくれる?ここまで巻き込んでおいて申し訳ないんだけど」
僕はできうる限りの速さでうん!と答えた。
でもその前に隆大くんの心配性な面が湧き上がってきていた。
「希世ェ、父ちゃんがああだから仕方ねェのかもしんねェけど本当にいいのかよォ」
「正直大丈夫ではないわ。結構、これでも堪えてる」
「なら無理してやること…」
「みんなが居てくれたからここへも来れたわ。あなたにも東島君と手伝ってほしい」
「ボクも手伝うよ~!」
まひるさんは希世の腕をきゅっと掴んだ。
「ありがとうまひるさん、さっきの名演技は素晴らしかったわ」
「えへへ、そうでしょ?ボク演劇好きだからさ」
「そうだったのね、じゃあ主演女優はまひるさんね」
「はは!何すればいい?」
得意げに微笑むまひるさんと希世が話し始めると、久坂さんは廊下の壁に背をもたれた。
肩の荷を下ろしたように嘆息する姿は、さっきまでの追いつめる気迫は感じられない。
「アタシはもう用済みかしら?」
「ヨーコさん、もう少しいいですか」
「航大くんは見た目に反して人使いがやや荒いわね~まぁいいわ。ここの施設にいる人は全員と言っていたけど、研究員も含んでいるの?」
「そのつもりです。もう地上があの状況なので、被験者、と言い方が合っているかは分かりませんがここへ連れてこられた人たちを解放させて皆で今後どうするか決めたいです」
そこで初めて隆大くんが僕の肩に手を置いて静かに話し始めた。
「ちょっといいか」
「うん、なに?」
「オレは全員解放するのは止めた方がいいと思う」
僕は心のどこかで納得していない隆大くんを分かっていた気がした。
だからそんなに驚かずにいたんだと思う。
「そう思う理由はあるのね」
希世が強く意志の宿った目で隆大くんを見つめた。
「オレや優太が連れてこられてから何日経ったかわからねェし、主に水だけでしか腹を埋められてねェ。今後の生き残るメンバーを厳選したほうがいいんじゃねェの」
「確かに忘れがちだったけど、ボクたち以外に“生存者”はいるのかな?」
まひるさんがふと呟いた一言は、途切れがちだった疑問をすべてつなぎ合わせたものだった。




