僕と彼女と来訪者Ⅰ
「お邪魔するわよ~!!」
バタンと大きな音を立てて派手な全身ピンクの格好で現れたのはヨーコさんだった。
「葉…ヨーコさん!?」
隆大くんは振り上げた拳をパッと下ろした。
「まったく、扉くらい静かに開けられないんですかあなたは」
その後ろからまさかの人物が続けて現れた。
「何であなたまで…?」
「やり残したことがあったので、と言えば聞こえはいいですよね」
久坂は派手なピンクのふわふわとした毛のストールをまとったヨーコの脇を鬱陶しそうに払いながら、白衣のポッケに手を入れ、そこから出したUSBメモリーを胸元で揺ら付かせながら言った。
「久坂さん…」
「東島航大くん、そこをよけていただいてよろしいですか」
僕がいたのは十四郎さんが投げ飛ばされる前まで座っていた長椅子の横。
「はい、」
前に話したよりも久坂さんの雰囲気が柔らかくなっている気がした。
十四郎さんは投げ飛ばされたまま腰を上げられずにいる。
「久坂、それは?」
希世がみんなが思っていたことを口にしてくれた。
「街を壊したときの人々が感じた様々な感情の元のデータです。」
「えぇ!!?」
「絶望、怒り、これからに対する不安、これを集計した後、コピーしてチップに記憶させ人体に埋め込むんですが…」
希世が推測で話してくれた内容がまだ現実だと思えてなかったけど、久坂さんがUSBメモリーを忌々しそうに見つめているのを目の当たりにして、現実なのだと知らされた。
本当に街を壊したのは十四郎さんなのか?
「まだ人に埋め込む段階までの臨床はしていないんですよね。」
久坂さんが十四郎さんの方へ一歩ずつ歩いていく。
「どうです?ご自身に埋めるというのは」
ニタリと口角を上げて、初めて出会った時の気持ちの悪い笑顔で久坂さんは十四郎さんの頬にUSBメモリーをグリグリと捩じりつける。
「やめろ、久坂…」
「いい提案だと思うのですが」
「やめろと言っているんだ」
「聞こえません」
「やめろ…!!」
苦虫を噛み潰したかのような顔で捩じりつける指を止め、久坂さんは希世の方へ振り返る。
「希世さん、あなたはどうしたいですか?私はこの人を殺したいです」
「はっ!?」
久坂さんは軽やかに爆弾発言をした。まるで寄り道を提案するかのように。
穏やかながらも意志を持つ瞳は真っすぐで誰も止めようと動ける者はいなかった。
「私の父親はこの人の研究に忙殺され、追いつめられ、亡くなりました。私は父が死んだ原因がただの過労ではなく、この人の研究の内容が他人を貶めることを厭わない最悪なものだと知ったからです」
「久坂の言うことは一方的のようだけど。でも亡くなったのは本当よ」
ヨーコさんはピンクのストールを肩から下ろすと片腕にまとめて、僕たちやまひるさん、隆大くんにそっと教えてくれる。
「初めは防災に関する研究だと信じていたそうです。すっかり騙された父はあなたを恨めずに自ら死にました」
「騙したのではない。防災に関わる人々の劣情や悲しみ、切実な願いこそが災害を知らない者たちへの警鐘となるのだ」
「無理やりにでも他人へ自分の感情を共有しようとするのは人殺しと一緒ですよ」
眼鏡を一度外して白衣の内ポケットから眼鏡拭き布を一枚取り出すと、丁寧にレンズを拭き上げた。
「災害は様々な人々を無残に引き裂き心を蝕む…それに対するのは抗体の感情しかない」
十四郎さんは座ったまま地面へ吐き捨てるように呟いた。
「一度経験した嫌なことを現実として再び受け入れられる人はほとんどいないでしょう。心がもれなく破滅するのは必至です」
少し難しい顔で二人はやり取りをする。話を聞いている僕たちにヨーコさんはそっと声を発さず、目で出口へと目配せする。
そうだ、この施設に捕まっている人々がいるんだ!
どうにかして逃がす方法を考えないと。
「何度だって災害は起こる。戦争だって終わりやしないこの世の中で、生きていく道しるべは他人が用意したレールを行くことで安全だと勘違いをしているやつが多すぎる。そんな奴らは私の研究で必要な感情の増幅装置となればいい」
「その中に希世も入れているんですか?」
しまった。思わず口を挟んでしまった。
だって許せない…家族を何だと思ってるんだ。
(どうして僕は”家族”というものに反応してしまうのか)
また疑問だ、どうして勝手に浮かんでくるんだろう?
「そうだ、妻の遺した最後の私の宝だよ」
「さっきと言ってること変わってねェかクソ親父」
隆大くんは舌打ちしながら自分の首をゴキッと鳴らした。
「ヒロ、待ちなさい。まだアンタの出番じゃないわ」
ヨーコさんは長くてがっしりした腕を隆大くんの太い首に巻きつかせた。
「離してくださいコイツ希世の事、物みたいに扱いやがって…」
「希世ちゃん、だったわね。アンタも言われっぱなしな女のコじゃないわよね?」
「はい、今はもう何か…吹っ切ることが出来ました」
床に呆けた状態で座り込む十四郎さんはブツブツと話し始めた。
「もう臨床自体出来れば完成したも同然なんだ、貢献するなら誰でも構わない、」
「自分の研究が成功すれば他人の命なんてどうでもいいと…そういう姿勢が心の底から憎いです」
久坂さんが十四郎さんの肩を突き飛ばしても、力なく項垂れるだけ。
先ほどまでのオーラと勢いが無くなった。




