僕と彼女と秘密基地
「ここが入り口兼、非常口。」
「そんな冷静に…!!」
「誰もがここへ自由に入るわけじゃないの、言ったでしょ。まだ誰にも言うつもりもなかったんだから」
僕は彼女、希世からカウンター奥から繋がっていたこの場所について一つずつ教えて貰うことにした。入ってきた入り口が出口も兼ねていること、まさか僕がここへ足を踏み入れるとは想定していなかったこと。まあ僕からすれば街が崩壊しているのがいまだに信じられないから、希世が冷静に言葉を発するたびに僕の不安は大きくなるばかりだ。
「ここは君が作った場所なの?」
「違うわ、…父のを引き継いだの」
「お父さん…」
「私が小さいころから秘密基地としてもともとここで遊んでいたの。でも、街があんなことになって避難場所として開拓したってところね」
「僕たち以外の人たちは…?」
希世はそこで口をつぐんだ。壊れた瓦礫の中から生き残りを探すには、僕たちだけでは無理だ。テレビや映画のフィクションじゃ、すぐにヒーローが飛んできたり、凄い力で元に戻してくれたりするのに、残念ながら僕たちはヒーローじゃないし、ましてや特別な力を持ってなければ魔法なんて使えるわけもない。
「ごめん、…その、」
「仕方ないわ、私もそうだったし」
「いつ目が覚めたの?」
「時計がないから正確には分からないけれど、二日は経っているのかしら…でもここでは時間が進んでるのかどうかすら……不思議な感覚がずっと続いてる気分よ」
「確かに空があるなら、昼か夜かは分かるよね…ここは地下…?になるのかな。ここにいたらどれくらいいるのか分からなくなるね」
「こっちよ、この際だから案内もかねてお腹を満たしましょう」
話しながら奥へと進んでいく。入り口から見えていたのは無機質な白い建物。塔のようなものが遠くにあってそれに向かって幾つもの白い建物が無表情に並んでいる。さっきまでいた街がまだ元の賑やかな都会としてあった頃は常に雑音が入り交じり、その場にいる自分が言葉を発してもかき消されてしまう錯覚がたまにあった。それが全くない。彼女と僕だけがいるここには、他に何がいるんだろうか、あるんだろうか。見当すらつかない。
「地下なのにこんなに広いんだね…」
「父が趣味で作ったこの場所が役に立つなんてね。食料は、私が持ち込んでいたお菓子…なんの腹の足しにもならないわね。」
「これどれくらいの期間で持ち込んだの…?」
自動ドアの要領で勝手に開く仕様の扉を三つほど通ってきて、着いたのは『KISEI ROOM』と電子で表示された部屋。外観では想像できない女の子の部屋がそこにはあった。目につく家具はすべて淡いピンクで、本棚だけが濃い赤だ。そこだけ見ていると目がちかちかする。
そこの一角に業務用のサイズでポテトチップスやら箱に入った棒状のスナックが山のように積まれている。とても彼女のような小柄な女の子に運べる量ではない。なによりあの入り口から持ってこれるとは思えない。
「もとはあの入り口がエレベーターになっていたの。ただ、いまはこっちに降りるときだけ大変なの。カウンターのボタンがあったでしょう。あれにはコツが必要なのよ、こっちからなら安全に抜けられるルートがあるし…まさか君が降りてくるとは思わなかったけれど」
「希世ちゃんがしばらく経っても来ないから不安で…」
「ちゃん付けなんてやめて。君のが年上でしょ」
「え!そうなの?いや…でも、」
「飲み物は水しかないわ、これからどれくらいの期間ここで過ごすのか分からないぶん貴重になるんだから、大事にしなさい」
「…はい、」
あまりにもしっかりした言葉にすっかり丸め込まれた僕は、彼女が持ってきた2リットルの水を遠慮がちに口にした。それでも乾いて仕方がない僕の喉は給水に喜んで、勢いよく2リットルの半分を飲み干した。
「ぷはっ…飲んじゃった…!!」
「そうすると思ってたわ、もう次はないわよ」
これから彼女と過ごす月日は、僕にとって最大の試練となる。