僕と彼女と疑惑の瞳Ⅲ
少し本編と離れますが、葉介と久坂の過去の話です。
もう春だというのに、突き刺すような冷たい風が身体へ容赦なく吹きつける。
広いグラウンドでのランニングは、元から身体が頑丈では無かった久坂にとって10分が限度だった。先生が見かねて保健室で休みなさいと声を掛けてきたものの一人ではなんだからと、付き添いを提案し、それに従いながら高等部の校舎の中を同級生に肩を借りながら進んでいく。
「久坂、大丈夫か?」
肩を貸してくれながら、時折声を発する同級生の名前をこの時の久坂はまだ把握をしていなかった。
「うん、ありがとう。面倒を掛けてごめん」
「いいよ、朝から顔色悪いなーって思ってたんだ実は」
現在よりまだ二人が関わりを持っていなかった頃の、皆口葉介と久坂琉。賑やかなグループに居ながら皆と分け隔てなく接する葉介と、対照的に大人しくいつも教室に一人で本を手にしている久坂。この時初めてまともに会話したが不思議と壁など感じずに打ち解けた時の話。
「すみませーん!先生いますかー?」
ガラリと扉を開けた保健室には誰もおらず、《職員室にいます》とのボードが作業机に立て掛けてあった。
「俺、職員室行ってくるから休んでて」
「え、悪いよ…」
「正直、顔色悪すぎて俺が休んでほしいって感じ!」
フッと急に意識が遠のいたのを目の前の葉介にもたれかかることで地面への衝撃を食らわずに済んだ。
「ほら、ベッドこっちな」
「ごめんね、えと、…」
肩を借りつつベッドに横たわり、お礼を言おうと口を開けるが、気まずそうに開けた口をもごもごと閉じる。
成長期を迎えている葉介は背が中等部からグンと伸びて、久坂より頭一つ分大きい。そんな葉介に顔を勢いよく覗き込まれ思わず後ろへたじろぐと、目線をそろそろと外しながら無言になってしまう。
「入学してもう一か月だぞ!名前覚えてない?」
「ご、ごめんなさい」
「冗談よ!怒ってないわ!」
ハッとして葉介は口を自らの手で塞いだ。
「…?」
「…今の内緒にして、」
「どうして?」
口を塞いだ葉介の顔がみるみる赤くなっていく。
「姉貴たちの口調が移って、」
「うん」
「何も思わない?」
「なにが?」
葉介の首から上が真っ赤でどちらが体調が悪いのか分からなくなっている。
「女みてーな言葉使って気持ち悪くない?」
「別に、思わない」
中等部のころにぽろっと出た言葉遣いは友達によくからかわれた。
笑われたことが恥ずかしくて、でもそれを気にしてると思われたくなくて。
笑われたことを払拭するために無理して明るいキャラを演じて、高等部へ進学したのに。
まともに会話をしていなかった同級生にさらりと流された。
「ごめん!具合悪いのに話して」
「ううん、横になったから、だいぶ楽にはなったよ」
「せ、先生に言ってくるわ!寝てて!」
「ありがとう、」
保健室の扉を開けると、葉介は真っ赤な顔を覚ますために全速力で走りながら職員室を目指す。
これがきっかけで葉介は事あるごとに久坂へ話しかけるようになった。




