僕と彼女と宝物Ⅱ
藍澤くんのバイト先からだいぶ急いできたけど、喫茶店まではまだある。
「喉乾いた…!」
「なんも飲み物なんか持ってねえぞ」
「そうなんだけど、僕乾きやすいのかもしれない…!」
「もう少しで見えてくるわ、頑張って」
息を切らしながら三人それぞれペースの違いはあれど、確実に進んでいた。
ここの角を曲がれば喫茶店の割れた看板が見える所まで来たとき、驚きすぎて思わず声を上げそうになった。
「まひるさん!!」
出来るだけ小声に抑えたけど瞬時に希世が手のひらで僕の口を塞いで何とか向こうに気づかれないようにそっと声を潜め、体を壁際に寄せる。
「嫌な予感が当たったわね、」
「どうしよう、まだ優太くんが」
「心配ねェ、まだ目は覚めてないようだ」
「でも藍澤くん!」
「落ち着け、今はまひるが何されるか分からねェ。下手に動いても良いことなんかねェよ」
確かに藍澤くんの言う通り、だけどまたまひるさん捕まっちゃうんじゃここまで逃げた意味が…。
「私が人質になる」
「何言ってんだァ馬鹿女。お前がここまで連れてきたんだろうが。」
「久坂の目的は私なのよ。私が行けば…」
「本当に馬鹿か。お前が奴らのもとへ戻ったところで俺らが助かる保証はどこにある?」
「そうだよ、今はまひるさんと優太くんを助けるのをどうするか考えないと…」
「でも、」
僕の言い方じゃ頼りないし、久坂さんが安全に希世と話をするとは思えない。でも何とかしたい気持ちではち切れそう。意を決し、息を短く吸ってはいた後、希世の目を覗き込む。
「希世、僕を地下へ案内したのは何のため?」
「それは…」
やや俯きながら希世は僕の視線から逃れようとする。
「チームを組もうって言ったのは?」
「…父と話をするために…」
「うん、一緒に話そう。僕は希世の力になりたい。」
頷いて藍澤くんが同意してくれる。
「だからもう自分を犠牲にしようとしないで。皆と話せばお父さんも話を聞いてくれるかも」
「まァ難しいだろうがな、付き合ってやるよ。俺にとっちゃ航大に恩を返せるンだ、文句はねェ」
「二人とも…ありがとう。こんな私のわがままに付き合わせて」
「おい、何かまひるが話してンぞ」
「えぇ!?」
希世が軽く頭を下げようとした所、藍澤くんが喫茶店の中の状況を目を凝らして見て伝えてくれた。だけど、この距離からじゃ何を話しているのか分からない。
「気づかれないように接近するのは難しいようね」
「せめて話を聞ければなァ」
なんとはなしに腕にはめた輪っかを見る。
左端に電話の受話器のマークが光っている。
「藍澤くん!携帯持ってる?」
「あ?持ってるには持ってるが電波塔ぶっ壊れて使えねーぞ」
「Wi-Fi圏内なら使えるんじゃないかな!?」
「それは電波塔が機能してればの話だろ?」
「電波塔なら父が独自に立てたものがあるはずよ、」
「色ンな意味で大丈夫かァ?」
「藍澤くんの電話番号教えて!」
どうにか話を聞けるようになれば、まひるさんと優太くんを助けるきっかけになるかもしれない。
「よし、打ち込んだ!聞こえる?」
やや小さめなディスプレイに未登録の番号が映し出される。通話状態にしてから声が聞こえるか確認しながら藍澤くんに恐る恐る聞いてみた。
「喫茶店の窓の下くらいまで投げたら壊れちゃうかな?」
「投げたぐらいじゃ壊れねーよ、元から画面にヒビ入ってるしな。投げるぞ」
小さな弧を描いて藍澤くんの携帯が喫茶店へ投げ込まれる。
「ノーコンなの?」
希世のクールな呟きに藍澤くんは耳を塞いだ。