僕と彼女と追跡者Ⅲ
「この街が崩れた原因は大きな地震があったこと。でも広大くんはそれを知らない、そうよね?」
「うん、それも希世に言われるまで気にしてなかったんだけど。藍澤くんも弟の優太くんとはぐれてあの書架が並ぶところに来たのは”誰か”に連れ去られて来てたってことだよね」
「そう、恐らくね。ちょうど私が喫茶店からあのKISEI ROOMへ向かおうとしてた時に地震が起きて、気づいたら街はあんな風になっていたの。」
自然災害にしては周りの自分たち以外の人たちもパニックになっているはずなのに、歩く人の姿すら無いからだ。鬼気迫るそれがまるでない。僕はいつか見た過去の災害の中継とかひっきりなしにテレビでやっていたのをどこか他人事のように思ってみて見ぬふりをしてきた。家族や友人の誰かがそうなっていたら、食いついて見入っていたしよく調べて情報を共有してくれるコミュニティを即座に作って、感情の起伏を互いに慰めあいながら意見のやり取りを行っていたんだと思う。ただ僕はそういったことに興味がわかなかった。
そして今の何も変わらないでいるはずの日常が”非日常”となって僕の目の前にある。
「もうすぐだ、ここの角を曲がれば家だ」
藍澤くんの声が枯れ始めている。
昨日優太くんを担ぎながら歩いた距離は相当だ。参るのも無理はない。そして今は自分の家がどうなっているか不安で仕方がないんだと思う。
「…なんじゃァこりゃァ…」
「…想像通りね、」
大きな背中が静かに落胆したのが分かる。
歩いてきた道のりでさえ店の看板が倒れ、電球が飛び散って靴でもガラスの破片やらが怖くて早く歩けない。もし本当に大きな地震があったとしたら余震があるはず…それがないのはなんでだろう?
「家、元は二階建てのはずだがァ」
「見事に一階が潰れてるわね」
「他のご家族は?お母さんとか…」
聞きにくいことだけど優太くんを大事に思って行動する所はどこか保護者感が強い。
「おふくろは二年前に死んだ。身体がもともと弱くてそれが優太似たんだ」
「…そうか、ごめんね」
「別に謝ることはねェよ、」
藍澤くんは足元に気を付けながら自宅の方へ近寄っていく。
「崩れるかもしれないからあんまり近すぎると危ないわ」
「わーかってるよ」
初めて藍澤くんの困ったような声を聴いた。
自分の家へ恐る恐る近づいていく藍澤くんの背中を見つめながらふと自分の家族の事を思い出していた。自分の家がどうなっているかは僕は正直気にしていない。居てもいなくても変わらない今の家には特に何の心配をする必要がないと判断してしまっている。藍澤くんたち兄弟が少しだけ羨ましいとも思う。
「玄関まで行ってみたが駄目だったァ…完全に塞がれちまってた」
「そっか…」
「お前がそんな顔するなっての、ここまで付き合ってくれて悪かったな。ありがとうよ」
「…うん、戻ろうか。まひるさんも待ってるし」
希世があまり話さないでいるのは、やっぱり共感できる部分があったのかな。
来た道を戻ろうとして割れたアスファルトに注意しながら後ろを振り返ると見知らぬ白衣の男がいた。
酷く震えだした希世が僕の後ろへ隠れた。