僕と彼女と追跡者Ⅰ
僕たちが走り出したとき、他の場所では研究員たちがざわついて慌てふためいていた。
「またお嬢様が勝手なことを…!!」
「齋田主任!どうしますか?」
この施設のありとあらゆる場所に備え付けられた監視カメラを見ることのできるモニター室。そこには数人の研究員と希世の父親…齋田十四郎はいた。
「この研究には希世は欠かせない、あれは暴れ馬より手のかかる面倒くさいやつだが役に立ってもらわんと」
「この研究が進めば、もしもの事があった際の対応に役立てられます!何としてもデータを集めなければ…!!」
「分かっている。私の研究に一切の妥協は許さん。皆、分かっているな?実の娘だろうが関係ない。…私と同じ気持ちになる人間を作り出してはならんのだ」
語気の強い口調には確固たる意志が見える。日々の重なる疲労で白く変わり果てた彼の髪の毛は生気を失っていた。研究員たちは齋田の言葉に鼓舞され、再び監視カメラの映像へと意識を移す。
瓦礫が散乱する街中のカメラに逃亡者たち―――希世、広大、藍澤、その弟優太、そしてまひるの五人が映り込んだ。地下からの脱出でKISEI ROOMへと戻れるルートを辿り、元の寂れた喫茶店へ出られることが出来たようだ。
「そこからどうするつもりか、よく…見させてもらおう」
研究員たちは無駄な私語をしないように日頃から齋田に厳しく指導されている。ただこの時ばかりは違った。
「齋田主任、一つよろしいですか」
「久坂か、何だ言ってみろ」
細いデザインの縁のない眼鏡をずらし気味にかけている男、久坂琉。研究員の中で唯一齋田に引けを取らない実力と研究への熱意で一目置かれている一人である。
「お嬢様は…いや、言い方を変えますね。希世さんはこの研究に反対していたと聞きましたが、どう説得なさったんです?」
「なぜそれを今聞くのか理由があるなら述べよう。ただの好奇心なら今は捨て置け、」
「好奇心もありましたが…まあいいです。なあに、ただの幼馴染として気になっただけですよ」
不敵な笑みを零しながら久坂はこめかみに手を当てながら手元の資料へ視線を落とす。もともと目つきの悪い齋田は普段より眉間に皺を寄せながら彼の様子を伺う。ここ最近、久坂が何か企んでいるようにしか思えない。ただ、細かいことに気が付く性格上、完璧さを求める齋田には必要な人材だった。久坂の両親とは同級生で昔はよく食事を共にするほど仲が良く、希世と幼いころから一緒に遊んでいたのだ。いわゆる幼馴染として、だがそれ以上に深く関わらせるのは直感が否定していた。それが世にいう親心なのか、どうなのか未だによくは分からないでいる。
「引き続き、監視するんだ。何か変化があれば知らせるように」
「「「「承知いたしました」」」」
部下たちが揃えて返答する。ただ一人を除いて。
久坂が持つ手元の資料には希世、だけではなく広大、藍澤、その弟である優太、まひるの個人情報一覧が事細かに記されていた。
「…フフ、」
久坂は自身のこめかみをさする。そうするとある昔のトラウマを思い出させる。それを定期的に一日のどこかで行う。両親への弔いも込めて。
「父さん、母さん、もう少しだからね…」
自分の中へ落とし込むように誰にも聞こえない声でそっと呟く。静かに募った彼の恨みは自分の娘を研究のための犠牲として扱う事を意に介さない齋田を自らの手で黙らせる為だけに今日まで生きてきた。