僕と彼女と水晶
また眠ってしまったのか。遠くで藍澤くんの呼ぶ声がする。心配してくれているのか、出会った時より声のかすれがひどい。そんなになるまで声出さないでいいよ…と伝えたくて口を開いても、僕はなかなか目を覚ますことが出来ない。希世はいるのか?…まひるさんもかな?てことは、さっきいた容器の並んだ部屋か。
「大丈夫?君が気を失うタイミングが分かってきたわ、」
少しの呆れた眉毛の下げ方をして、希世がしゃがんでこちらに視線を移した。
「…ごめんね、皆。」
「平気か?」
射貫く力強い目で藍澤くんが横になっている僕の顔を覗き込んできた。
「ここの地下に降りてからかは分からないんだけど、考えすぎたり何かを思い出そうとすると頭がぼーっとするんだ…心配かけてごめん」
「他に変なところは?結構勢いよく倒れこんでたぞ」
まひるさんも容器の中から精いっぱい僕を見てくれようとする。
「ん、平気みたい。ぼーっとしてたのも治ってきたし。」
「そう?それならいいけどさ」
落ち着いたところで、今はまひるさんを容器の外に出す方法を考えないと。
「希世、僕のこの手首の輪っかをどうすればいい?」
「こっちよ、」
まひるさんに少し待つように言ってから、希世がやってきた方へと向かう。
何やら複雑な文字列と大きなモニターが見えてきた。薄暗い辺りにかすかに見えるのは空の透明な容器だ。見慣れてきて少し怖さが薄れてきた。
四方明らかに大きいモニターはタッチパネル画面があって、文字列がアルファベットが記号化したようですごく読みづらい。
大きなモニターの下に五センチくらいの水晶が五つ並んでいる。そのうちの一つが青く光っていて、他の水晶は黒く沈んだ色をしている。
「この水晶にそのキーをかざすの」
「それでまひるさんを出せるんだね!」
「…そう、でもそれをすると彼らに見つかってしまう。」
「誰だよ、彼らァてのは」
それまで黙っていた藍澤くんが水晶を掴もうとするが、固く下の基盤で固定されていて取り外せない。
「むやみに触らない方がいいわ。そのキーを保持していない人が触ればエラーが起きてここの施設ごと吹っ飛んでしまう」
「なななな、そういうことは触る前に言えよ!」
「いう前にあなたが触ったんだから仕方ないじゃない」
「タイミング大事にしろやァ!!」
藍澤くんの言う通りだと思うけどあまりにも冷静な希世に疑問が増えていく。
僕は改めて腕の輪っかを見てみる。静かに何も音も鳴っていない。何の表示すらもないこのただの輪っかがこの施設のマスターキーのコピー?信じられない。ただのなんでもないこの僕がそれを持っている謎。しばらく分かりそうにない。というか諦めつつもある。
「まひるさんをあの容器から出す。話はそれからだね」
「…そうしましょう。手首側に小さなスイッチがあるの。それを押さないように自分の胸元の高さまで上げて」
内側の、スイッチ、…これか。さっきからちくちく引っかかってきてたのは。
「光っている水晶が彼女が入っている容器。そこにキーのある手首を近づけて」
フォウン...
水晶が強く光り、手首の輪っかも青白く光る。物凄くまぶしい。
と、同時に手首の輪っかがけたたましく鳴り出した。
【緊急事態発生!緊急事態発生!実験保管室にて異常発生!研究員は直ちに現場へ急行セヨ】
「また走るわよ、まひるさんを早く出さないと、」
「お前、順序だてるの下手すぎか!」
「藍澤くん文句は後で言おう!まずは弟の優太くんを!」
「っだァーめんどくせェーなァ!!先にまひるを出すぞ!航大!」
「オッケー!!」
連係プレイでまひるさんを容器から出して藍澤くんは弟くんを背中に担ぐと希世はモニター横のレバーを上から下へ勢いよく下げた。ゴゴゴゴゴ...と厚い扉が開く。
「ここから先は一瞬たりとも遅れることのないように、」
希世はそう言うと颯爽と走り出す。僕と藍澤くん、そしてまひるさんは希世に付いて行った。