96・助言
その後のマレーネさんの采配は凄かった。
食事の後、シュラフが変装したトニンを連れてきた。フリージアも変装させられ二人でこっそり店を出て乗り合い馬車に乗った。そのまま国境付近まで行って、敢えてワイマールの真似をして足がつかない様に何度も馬車を乗り換えて二日かけてやっとモーリタスの屋敷に到着したそうだ。
わたし達は町へ行く事を禁じられ、フリージアに至っては窓から顔を出す事すら禁じられた。
マレーネさんは徹底して最悪の状況を想定して動いていた。
わたし達はワイマールがフリージアを狙うのを諦める事を願うしかなかった。
数日後、セルシュを連れてモーリタスがフリージアの近況報告に来た。
フリージアはチャルシット様の了解を得てモーリタスの部屋付きの侍女として雇う事にしたらしい。今までモーリタスの屋敷には一人しか侍女がいなかったそうで、ご両親共々喜んでいたそうだ。
フリージアは逃げた時にはお金は全く持っていなかった。今まで貯めていたお金は伯爵のお屋敷に置いたままなので諦めたらしい。侍女の仕事でお給金を貯めたらいいと伝えると、普通に仕事をしてお給金が貰える事にフリージアはとても喜んでくれたとモーリタスは笑顔で報告してくれた。
モーリタスとしてはフリージアは正式な侍女ではないので、今はそれ程侍女としての仕事もさせずに心身ともに休ませたいと思っていたのにフリージアにそれはいけませんと頑なに断られたそうだ。兎に角何か仕事をさせて欲しいと頼まれるので、フリージアには今日は一日屋敷中の銀食器を磨いてもらっているそうだ。
モーリタスは嬉しそうに報告をしてくれた。報告を一通り終えたらしいモーリタスはそこでやっとお茶に口を付けた。ティーカップを置いてやっと一息ついたのかモーリタスは急に無言になった。どうしたのだろうと彼を見るとその顔が曇っている。
「どうしたの?モーリタス……何かあった?」
何か気になる事でもあるのだろうか。心配になり問いかけると、モーリタスは辛そうな表情をしてこちらを見た。
「フリージアは夜が怖いらしいんです。とても怖いと……泣くんです。俺は何もしてあげられなくて……」
そう言ってモーリタスは俯いた。モーリタスはその事をとても心配しているようだった。
でもモーリタスにはまだ彼女の本当の辛さはわからない。わからないからこそとてももどかしいのだろう。
でも彼女が言いたくない事をわたしやセルシュが言う事はない。わたし達は俯いているモーリタスを見つめる事しか出来なかった。
「俺は……フリージアがこのままずっと俺の側にいてくれたらいいと思ってしまいます」
切なそうに、苦しそうにモーリタスは言葉を絞り出した。
「でもそれじゃ生殺しだよね。フリージアは幸せにはなれないよ」
「……はい」
わたしのキツい言葉にモーリタスは俯いたまま小さく返事をした。わたしの言葉が辛かったのか唇を噛み締めている。
こんな酷い事言ってごめんね。モーリタスだってそんな事わかってるよね。でも大事な事なんだ。今はそれを言っちゃいけないよ。
「モーリィ、今お前がやるべき事はいつになるかわからない先の事を考えるんじゃなくて、今が楽しいと思ってもらう事じゃねーの?」
セルシュは俯いたモーリタスの肩に手を置き優しく諭す。その言葉に顔を上げ、モーリタスは少しだけ表情が和らいだ。
「……そうですね。彼女に我が家に来ている事を楽しいと思ってもらえるのが大事ですよね」
「それならお前だって出来るだろ?」
「……はい。有り難うございます」
セルシュのお陰で少し元気になったモーリタスは報告が終わるとフリージアが心配だからと早々に帰って行った。
「お前さ、何でそんな憎まれ役になろうとする?」
モーリタスが帰った後、二人でお茶を飲んでいたらセルシュがわたしにそんな事を言ってきた。セルシュはわたしが何であんな事を言ったのか理解していたみたいだった。
わたしはモーリタスには今はまだフリージアの事で浮かれたり夢見たりして欲しくなかった。
フリージアは心に傷を負っていて、それは彼女にこれからも嫌な記憶としてついてまわるだろう。その傷がいつ消えるのか本人だってわからない。
それをまだ理解出来ないモーリタスの夢見る言葉は今のフリージアにはとても辛い言葉になる。貴族の子息であるモーリタスの言葉はフリージアをただ縛り付けるだけのものになるから。
フリージアが自分で未来を選べない今の状況から解放されるまでは言っちゃいけない。意味合いが違っても、その縛るような発言はあの伯爵と同じものと受け取られてしまうから。
だからわたしは敢えてモーリタスにあんな事を言った。とても冷たく厳しい言葉。
きっとモーリタスにとっては聞きたくもない辛い言葉だったと思う。でもセルシュはわたしの意図をわかってくれて、モーリタスを苦しませない救うような優しい言葉を言ってくれた。
友達って有り難いなぁ。
「うーん……セルシュがフォローしてくれるからかな」
「……おい」
「クルーディス様はセルシュ様に甘えておられるんですよ。」
呆れたような顔をしたセルシュに、シュラフは笑顔でさらりと言った。
「うん、そうかも」
それは一応自覚してます。色々と甘やかされているのはわかってる。
「だとしてももう少し考えろよ。いつも俺がフォロー出来る訳じゃないんだからな。」
そう言ってセルシュはわたしの頭を小突いた。
「うん。ごめん」
わたしは素直に謝った。一応悪いとは思っているんですよ。
セルシュは本当に頼りになるからつい頼り過ぎてしまっている部分はあるかもね。その辺は少し反省しなきゃかな。
「フリージアの事……僕達で何か出来る事はないのかな」
少しでも早くモーリタスの気持ちをフリージアに伝えられるように何か出来たらいいんだけど。
「姉からも言われています。クルーディス様達は『何があっても決して動くな』と」
「うっ!」
マレーネさんにもわたしの事を読まれているって事ですか……。この姉弟怖すぎる。
「シュラフ、それはねーさんも何か動いてるって事か?」
「はい」
シュラフはそれしか言わなかった。それ以上の事を言わないのはわたし達が首を突っ込まないように牽制しているんだろう。
悔しいけどわたし達が足を引っ張る事になる可能性は高いものね。諦めるしかないな。
「じゃあ何か進展があったら教えてくれる?僕達だってモーリタスやフリージアが心配だからさ」
「かしこまりました」
そう言ったところでシュラフは教えてくれなさそうだけどね。ひとまず納得しておきますよ。
読んでいただきましてありがとうございます。




