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わたしの可愛い悪役令嬢  作者: くん
94/97

94・真相

 男達が出ていった後には窓ガラスを割った少女、マレーネさん、そしてわたし達が残っていた。

 この少女としてはひとつの恐怖は去ったものの、更なる恐ろしい恐怖が目の前にいるので先程よりも顔が強張っている。


「さ、早くここから出るわよ。ほら、あんた達も」

 マレーネさんはその少女が逃げない様に手首を掴み、家から連れ出した。これから何処に向かうのかわからないけれど、わたし達はただついていくしかない。

 わたし達を連れたままマレーネさんは何処かの食堂に入った。真っ直ぐ奥の階段に向かい二階借りるわね、と店主らしき人に告げる。

 店主はそれがいつもの事なのか連れのわたし達を気にしていないでおぅ、とひと言で了解した。わたし達はそのまま二階の個室に入った。




「さぁて」

「あっあのっ…本当にごめんなさい!ご迷惑をかけてしまいましたっ!申し訳ありません!」

 マレーネさんが声を出すと、その少女はマレーネさんに対して腰を折り、必死になって謝罪した。しかし、それに対してマレーネさんは大きなため息をひとつ漏らす。

「私に謝られてもねぇ……」

 マレーネさんがわたし達を一瞥すると、それに気付いた少女は慌ててこちらに向き直った。

「ごめんなさい貴族の皆様!私のせいで!……あのっ、怪我とかしませんでしたか!?」

「僕達は大丈夫ですから」

「別に怪我もしてないしな」

「本当に申し訳ありません!」

「俺達よりも貴女の方は大丈夫ですか?」

 モーリタスが心配そうに顔を覗き込むと、少女はビクッと身体を強張らせた。

「わ、私は平気です……」

「なら良かった」

 優しく答え頬笑むモーリタスとは視線を合わせない様に少女は俯き、小さくなっていた。これが貴族と平民の立ち位置なのだと言う事を今初めて実感した。前の人生では全く考えもしなかったこの格差に改めて『ここは全く違う世界』だと再認識した。

「あのっ……私は罰を受けなければいけませんよね…貴族の方を……怖い目にあわせてしまいました……」

 ふるふると恐怖に震えている少女の声は今にも消え入りそうだ。さっきも今も彼女はずっと恐怖の中にいるんだろう。

「そんな事しませんよ。貴女だって大変な目に合っていたじゃないですか」

 モーリタスは彼女の前に立ち、少し屈んで俯いた彼女の目を覗きこんだ。

「俺は……いや俺達は怪我もないし貴女を罰したりなんかしませんよ。安心してください」

 モーリタスが彼女に微笑むと、つられたのか彼女も少しだけ笑顔になった。それを見てモーリタスが赤くなり、少し目を伏せた。




「貴女は何故あの男達から逃げていたの?」

「あ、の。それは……」

 彼女が少し落ち着いたのを見計らってマレーネさんが口を開いた。彼女はマレーネさんの言葉に何故か口ごもる。

「私があの男達の話を聞いたから……」

「どんな話?」

 マレーネさんは先程と打って変わって穏やかに彼女に質問をしている。彼女は小さい声でゆっくりと話を始めた。




「私、ハザナエ孤児院でシスターのお手伝いをしていたんです。そこのシスターに勧められて、私はあるお屋敷に通って旦那様の身の回りのお世話をしてお給金をいただいていたんです……。お給金は私がもらってもいいとシスターに言われて、嬉しくて頑張っていたんです。通っているうちに旦那様は私の事を引き取りたいと言って来たんです」

「へぇ……ありがたい話じゃない」

「私もそう思ってその話をお受けしたんです。綺麗なお洋服を着て、美味しい食事もいただけて幸せになれると思って……でも」

「……『でも』なぁに?」

 彼女はまた口ごもってしまった。でも言いたくなさそうな彼女にマレーネさんは容赦がなかった。優しい口調で少女の言葉を促しているけれど、逆らう事が出来ない圧力があった。

 彼女はとても辛そうな顔をして俯いていたが、意を決した様に顔を上げる。

「でも、暫くして旦那様は私に……『夜もお世話をしろ』と強要してきて……私は怖くなって逃げ出したんです」

 そう言うと彼女はまた俯いて唇を噛み締めていた。




 ああ、そういう事か。

 女性としてはきっと思い出したくない辛いだろう話を彼女は苦しそうに告白した。まだシュラフ位の歳だろうに……。

 わたしは思わず顔をしかめる。

 セルシュも意味がわかったらしく同じ様に顔をしかめていた。モーリタスは意味がわからない様できょとんとしていた。


 このままこの話を聞いていていいのだろうか。彼女だってあまり他人には聞かれたくないんじゃないのかな。

 そっとマレーネさんを見ると、ちゃんと聞く様にと視線で射竦められた。


「それでその旦那様から逃げたの?」

「はい……そんな事出来なくて……そのままお屋敷を飛び出しました」

「ふぅん……」

「私、孤児院に戻りたくて……シスターの所に行ったんです。でも、シスターは私が望んで行ったから、もう戻れないと……」

「そうね、貴女の確認不足と言われればそれまでよね」

「……はい。そうなんですけど……でも私はもう旦那様の元に戻るのはどうしても嫌だったんです。だからシスターにすがって頼みこんだんです」

「でも無理だった?」

 マレーネさんの言葉に彼女はこくりと頷いた。

「結局私はシスターに院から追い出されたんですが、やっぱり戻りたくなくて……。でも院の門の前にはさっきの男達が私が出て来るのを待っていて……」


 マレーネさんは彼女に淡々と話を聞き出している。

 自分は感情を全く出さずに相手からの情報だけを引き出す術にわたしは素直に感心していた。確証もない事に同意もせずに否定もしない。彼女も否定をされずに話を聞いてもらえるのが安心できているみたいだった。


「あいつらは私が門の側にいた事に気付かないで話をしていたんです。私が最初からその為に旦那様の所に連れていかれたと……。それをシスターも知っていて、お金をもらえるなら喜んで渡すと言っていたと……」

 そう言うと彼女はまた俯いた。信じていたシスターにも裏切られた事はきっととても辛かっただろう。

「私はその場から逃げました。それに気付いた彼らは私を追いかけてきて……さっきの家に逃げ込んだんです……」

 彼女はずっと俯いていたが、先程の事を思い出したのか少し身震いをした。

「そう……あの男達の話だと貴女が孤児院の金を奪ったって事だったけど」

「あれはっ!」

 彼女はその言葉で急に顔を上げた。

「あれは……私を旦那様に引き取ってもらう時にお金がシスターに入っていたそうなんです。だから私が逃げるとそのお金は返さなきゃいけない、それは奪ったのと同じだと言われて……」

 彼女はそこまで話すとまた俯き涙を流した。悲しいのか悔しいのか。彼女の溢れる涙は止まらなかった。

 わたし達はその話が終わっても何も言えずにただ彼女を見詰めていた。そんな中、モーリタスが彼女にそっとハンカチを差し出した。

「……ありがとうございます」

 そう言って彼女はそれを受け取り、自分の涙を拭う。モーリタスはそんな彼女にただ優しく微笑んでいた。

「……私、きっとバチが当たったんです」

「バチ?」

 何の事だろう。マレーネさんもわたし達も意味がわからず彼女を不思議そうに見た。


「私には兄がいるんです」

「そのお兄さんは今何してるの?」

「……わかりません。でもお金がたまったら私を迎えに来てくれると言ってくれました。だからあの孤児院で待っていろと……」

「そう……」

「でも私は……兄の言葉より目先の欲に目が眩んでしまった。兄の言葉をずっと信じて待っていれば良かった……」

 彼女はそう言うと両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。

 そんな彼女の背中をモーリタスがそっと撫でていた。彼は何も言わなかったがとても心配そうな顔をしていた。




読んでいただきましてありがとうございます。

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