93・少女
「シュラフ、今日はクルーディス様の用事で来たんでしょ?」
マレーネさんは一頻りわたしとモーリタスを構って満足したのか、やっと落ち着いて本題を切り出してくれた。
「姉さんは一応女性ですので女性ものを売っているお店に詳しいかと思いまして」
「ちょっと……一応ってなんなのよ」
マレーネさんはシュラフの言葉に反応してじろりと睨み付けたが、シュラフは慣れているのか全く気にしていない。反応がなくて諦めたのかマレーネさんはふぅと軽く息を吐いた。
「まぁいいわ。で、クルーディス様は女性ものの何が欲しいのかしら?」
「あの、まだ決めてなくて……何か可愛い小さなアクセサリーを買おうかと……」
「あら、彼女にプレゼントですか?」
そうか。わたしとアイラは彼氏と彼女って事になるのか。そんな存在は初めてなのでイマイチピンとこない。『彼女』ってあんまり聞きなれてないし、言いなれてないからちょっと気恥ずかしいけど……間違ってないよね?
「……はい」
わたしが小さく頷くとマレーネさんはにっこりと笑った。
「ふふっ、赤くなっちゃって可愛い。よし、それじゃお姉さんがいいお店に連れて行きましょう!可愛い彼女さんに喜んでもらわなきゃ!」
マレーネさんはそう言うと、張り切ってわたし達を目的のお店に連れて行ってくれた。
また人の多い商店街に戻り、その中程に目的の小さく可愛らしいお店があった。入口の外にも店内にもアクセサリーや小物が並び、女の子達が喜びそうな商品が沢山あった。ここなら可愛いものが沢山あるし、アイラに似合いそうなものも見つかりそうかも。
女性だった頃だってこんなファンシーなお店なんて入った事なんてなかったのに、男の子になった自分がここにいるのが何だか不思議な感じがする。
「ここは町の女の子達に人気のお店なんですよ」
「こんなお店もあるんですね。初めて来ました」
「可愛いでしょ」
「はい」
マレーネさんが勧めるだけあって色んな可愛いものが溢れんばかりに並んでいる。わたしはアイラに、なんだったら喜んでもらえるかと想像しながらお店の中を見てまわった。マレーネさんも楽しそうに色々と見ていた。付き添いでついてきただけのセルシュとモーリタスは、なんとなく居心地が悪そうで落ち着かない様子だった。
そりゃそうか。男の子には居づらいよね、こんなファンシーなお店なんて。
「二人とも別のお店に行ってきていいよ。落ち着かないでしょ」
「ああ、そうする」
「すいません師匠。それじゃお言葉に甘えます」
わたしが促すと二人はそれを待っていたのかそそくさと出ていった。
興味ないところに無理矢理いてもらってもこっちが落ち着かないもんね。あれじゃ娘の買い物に付き添っているお父さんみたいだもんなぁ。それもあながち間違いじゃないし。悪い事しちゃったかな。
「シュラフも外に出る?あんまりこういうの興味ないでしょ?」
「いえ、私は構いませんよ」
シュラフはこんなきらきらした可愛いお店にいても全く気にしてなかった。流石だなぁ。
あ、そうだ。そういえばシュラフに聞きたい事があったんだ。
「ねぇ、さっきのチャルシット様の話って……」
わたしはシュラフにだけ聞こえるようにそっと耳打ちをした。
「はい。あれはクルーディス様の提案を旦那様が実行致しました」
やっぱりそうなんだ。まさか父上達があの提案を認めてくれるとは思わなかったからびっくりしたよ。
「だからモーリタスを一緒にって言ったの?」
わたしの質問にシュラフは笑顔で頷いた。
モーリタスにその話をちゃんと知ってもらえた方が本人も嬉しいし、これからの人生の支えにもなりそうよね。
もうこれでグレたりする要因も無くなるし、アイラへの断罪も可能性としては更に低くなるし……シュラフの心遣いに感謝しなきゃ。
しかもそうやって少しずつでもその話が広がったら、チャルシット様のお立場も守られそうだし。もしかしてわたしも少し位父上達の役に立てているのかもしれない。そう思うと素直に嬉しくなった。
「なぁに?男の子同士の話?」
わたし達がこそこそと話しているとマレーネさんに後ろから覗きこまれた。
「そうですよ。姉さんにはわからない話ですから」
「ふぅん。ま、いいけど」
シュラフはマレーネさんをにっこりと拒絶したが、マレーネさんはそれを気にもしないでまたお店の商品を物色し始めた。
「うーん……」
色々店内を見ていたけれど、数が多すぎて逆に選ぶのが難しい事に気が付いた。
どれもこれも可愛いのに、なんと言うかピンとくるものが見つからない。アクセサリーを身に着けたアイラが想像してもしっくりこない。普段アイラは飾り物を付ける事がないから想像しにくいのかもしれない。折角連れて来てもらったのに困ったなぁ。
「一度出ます?」
「……すいません」
マレーネさんがわたしの困っている状況に気付いてくれて声を掛けてきた。わたしが素直に謝るとマレーネさんはお店の人にまた来ますねと声を掛けて、わたしを連れて外へ出てくれた。
「なんか買えたか?」
「アイラヴェントが喜びそうなものありましたか?」
二人は店の前でわたしを待っていた。どこか見てまわっていても良かったのに。なんだか何も買えなかった事が申し訳なくなってしまう。
「ごめん……」
ずっと待っていた二人にも謝る。こんなに悩むとは自分でも思わなかったのよ。付き合わせてごめんね。
「大丈夫ですよ、まだまだお店はありますからね!次に行きましょ」
折角勧めてくれたお店で何も買えなかったわたしの事は気にせずに、マレーネさんは次のお店に向かった。
段々人混みにも慣れてきてわたしも皆に遅れる事なくさくさくと歩ける様になってきた。こういうのってやっぱり慣れなんだな。周りを見る余裕も出てきたせいか、わたしは結構楽しくなってきていた。
商売と生活の場が混ざっている雑多な感じがとても活気に溢れている。人々が生活しているという雰囲気がとても久しぶりで不思議な感じがした。OLだった頃はよく商店街で会社帰りに買い物して帰ったなぁ、なんて少し懐かしい気持ちになった。
そんな事を考えながら歩いていたら、急にどこかの家から大きな声が聞こえてきた。
なんだろうと声のした方を見ると、ガシャン!という音とともにわたしが歩いていた側の窓ガラスが割れた。わたしはそれを見たけれど、驚きのあまり全く動けない。
その瞬間、わたしは腕を引っ張られ急に視界が暗くなる。一瞬の事で何が起こったのかわからなかった。
「大丈夫か?」
どうやらセルシュがわたしの事を庇ってくれたらしく、気が付くとセルシュの腕の中にいた。
「う、うん。大丈夫だけど……何があったの?」
セルシュの後ろを見ると窓ガラスが割れて道に破片が散らばっている。そこは丁度わたしが立っていた場所だった。
「うわ……っ!」
そのままそこに立っていたら……想像しただけでゾッとする。
「あ、ありがとう。セルシュは?平気?」
「俺は別に問題無い。シュラフがいたから」
「……良かった。シュラフは大丈夫?」
「大丈夫です。」
シュラフはわたしを庇うセルシュの事を守る様にして立っていた。セルシュにもシュラフにも何も無くて良かった。
でも何で急にガラスが割れたのだろう。
「大丈夫ですか?クルーディス師匠」
「うん。モーリタスは大丈夫だった?」
「俺は少し離れていたので平気です」
「それなら良かった」
モーリタスも無事で良かった。わたしは皆が怪我をしなかったのでほっと胸を撫で下ろした。
前を歩いていたマレーネさんも気が付いて慌ててわたし達のところに戻って来た。
「大丈夫?ガラスが刺さったりしてない?」
「はい。大丈夫です」
「この家は空き家のはずなんだけど……」
一体何があったのだろう。窓ガラスが割れるなんてよっぽどの事だろう。わたし達が割れた窓から中を覗くと数人の人の気配がして男の人の声が聞こえてきた。何?喧嘩だろうか?
中の人は怪我などしていないだろうか。何を揉めているのだろうか。心配半分興味半分でちらちら覗いていたわたし達を置いてマレーネさんは気にせずその家にずかすがと入って行った。勝手に入って大丈夫なのだろうか。心配になりながらも、わたし達はその後ろからついて行った。
中では男が二人、少女に詰め寄っていた。
男の一人がわたし達が入って来たのに気付いて嫌な顔をしてこちらを見た。
「なんなのあんた達。ここで何してんの?」
その視線を無視したマレーネさんは、不躾に相手に強い視線を返す。
「こいつは孤児院の金を奪って逃げた咎人だ」
「俺達は咎人を捕まえに来たんだ。邪魔するな」
「あら、貴女そんな事してるの」
「私はそんな事していません!」
男達に詰め寄られている少女はシュラフと同じ位の年齢だろうか。彼女はマレーネさんの言葉を必死で否定していた。
「嘘付くな!シスターも泣いてたぜ」
「シスターこそ咎人じゃない!」
「酷い女だな。そうやってすぐ誰かのせいにするなんてな」
男達はにやにやしながら少女との間合いを詰める。少女は男達を睨みながらも怖いのかじりじりと後退り、とうとう壁に動きを阻まれた。
今やり取りしている話だけではどちらの言い分が正しいのか判別がつかない。マレーネさんはお互いの言い分をうんうんと聞いていた。しかし両者は睨み合ったまま一歩も譲らない。
「まぁ私はそんな事どっちでもいいの……あの窓ガラスを割ったのは誰?」
マレーネさんが冷たい笑顔を三人に向け割れた窓を指差してそう質問をすると、彼らはマレーネさんのその目の奥の冷たさに少し怯んでいた。
少し間をおいて男の一人が声を出す。
「ま、窓はこの女がやったんだ」
男はマレーネさんから少しずつ距離を取りながらも、先程咎人と言われていた少女に指を差した。
「ふぅん……貴女なの」
マレーネさんはそう言うと彼らの間に割り込み、彼女の側までつかつかと歩いて行く。
「何でそんな事したのかしら」
「あっ、あの……こいつらに捕まりそうになったからその辺のものを投げたら……」
「窓が割れたと?」
「は……はい」
その少女はマレーネさんの威圧に耐えながらもやっと言葉を絞り出した。離れて見ているわたしにまでマレーネさんの威圧がひしひしと刺さる。怖いよマレーネさん。
「貴女のお陰で私の大事なお客様に怪我をさせるところだったのよ?貴女、どう落とし前をつけてくれるのかしら」
「あの。マレーネさん、僕達は大丈夫だったから……」
「いいから」
わたしがその女性がマレーネさんの威圧で怯えているのを見かねて声を掛けようとすると、それをセルシュに止められた。
「だって……」
「黙って見てな」
セルシュにそう言われたのでわたしは口をつぐみ、言われるまま成り行きを見守る事にした。
「貴女にかけられた迷惑、どう責任取ってくれるのかしらね?」
「あっ、あのっ……すいません……」
少女はマレーネさんが怖いのか、震えながらも何とか謝っている。
「それだけ?」
「えっ?」
「足りないわ」
そう言うと、マレーネさんはくるりと男達の方に向き直りにっこりと笑顔になった。
「あんた達、この女私に頂戴」
「はっ?てめぇ何言ってんだ!」
「それは俺達が連れて帰んなきゃなんねぇんだぞ!」
「こっちも落し前つけなきゃいけないの……わかるわよねぇ、あんた達」
男達の威嚇など全く気にせずにマレーネさんは更に彼らに威圧をかけている。それはマレーネさんの周りの空気すら巻き込んで、先程よりも強く大きなものに感じた。男達もそれを感じているのか、マレーネさんから視線を反らし少し離れていく。
「う……わかった。連れて行け」
「その女は後で返してくれればいい」
「返す?何故?」
「俺達はその女をハザナエ孤児院に連れて帰んなきゃなんねぇ」
「は?私は『頂戴』と言ったの。わかる?」
「うっ!」
「わかるわよねぇ?」
マレーネさんの笑顔が深くなった。その分彼らに対する威圧が増す。それに耐えきれなくなったのか男達は少しずつ後ずさっていた。
「わ……わかった。」
「じゃあ早く出ていってくれないかしら」
マレーネさんが男達を睨み付けると、彼らは慌ててこの家から出ていった。
あれよあれよと言う間にその場はマレーネさんに主導権が渡り、気がつけば彼女の思う通りの流れになった。男達は去り、手元には青ざめた女性が残った。
少女はマレーネさんの威圧のせいかカタカタと小さく震え、わたし達はただその場の成り行きを見ている事しか出来なかった。
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