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わたしの可愛い悪役令嬢  作者: くん
92/97

92・外出

 今日は何も予定もなく朝からのんびりしていた。

 シュラフにお茶を淹れてもらって、部屋で本を読みながら寛ぐなんてとても久しぶり。

 珍しくセルシュの突撃訪問もないし、家庭教師もお休みだ。

 たまにはこうやってだらだらと過ごすのも大事だよねぇ。ここにゲームでもあったら最高なんだけどなー。



 と言っても、この世界にそんな物はある訳もなく。

 時々忘れそうになってしまうけれど、ここはあの『花となりて愛を誓う』と言う乙女ゲームの世界……なんだよね。

 今の自分がまだまだゲームの年齢に程遠いから、どうしてもその意識が希薄になってしまう。ヒロインにはまだ出会えていないせいもあるのかもしれない。どんな子か興味はあるけど近寄りたくはないんだよね。

 ゲームでは悪役令嬢だったアイラヴェントはここでは凄く素直ないい子で、今ではわたしのかけがえのない人になったのも近寄りたくない要因だ。

 もう随分ゲームの予定とは離れていると思うんだ。

 ゲームでのアイラとわたしはこんなに親密な関係ではなかったし、そもそもゲームでしていた婚約は親同士が決めた政略的なものだし、クルーディスはあんまりアイラヴェントの事に興味無さそうだったしなぁ。


 攻略対象でもある他の面子の確認も出来た。

 アイラヴェントを苦しめる可能性があるのはモーリタス・チャルシット、サイモン・ナリタリア、そしてわたしクルーディス・エウレン。でも、今のところそれぞれ皆いい子だし例えヒロインと上手くいったとしても、アイラヴェントを苦しめる事は無さそうだよね……ってか、そんな事にはさせませんけど。

 これからも身を引き締めてアイラヴェントを守れる様なゲームとはまた違ったいい男にならなきゃいけないんだけど……わたしにそんな技量はあるんだろうか。

 見た目だけならそれなりにカバー出来るけど、中身は『わたし』だからさぁ、スッカスカなダメな男の子になりそ……。

 わたしの記憶が出てきてから結構経つけど、面倒事は避けたいし、剣術はからっきしだし、何かダメポイントが有りすぎだよね。

 それにしてもなんだかあっという間だなぁ。

 わたしにこの記憶が出てきたのが10歳の誕生日の前だったからもう一年近く経つんだ。


 自分の10歳の誕生日からこっち、なんだかイベントが目白押しだった気がする。『わたし』の記憶がなかった時ののんびり感がなくなってしまった。

 根本的にぐうたらなのは変わっていない筈なんだけどなぁ。色々と目まぐるし過ぎて自分が追い付いてない感じ。

 たった一年位だけど色々な事がありすぎてわたしの中できちんと消化しきれてないんだよね。




「そういえば、クルーディス様」

「ん?なに?」

 色々思い出しているとシュラフに声を掛けられた。

「もうじきアイラヴェント様はお誕生日を迎えるそうですが如何致しますか?」

「へ?そうなの!?」



 そういえば誰かの誕生日っていうと大なり小なりのパーティーがあるから覚えている事少ないかも。と言うか、わたしには殆ど友達がいなかったからセルシュ以外覚える事も無かったか。

 しかもアイラは今まであまり外に出る事すら出来なかったって話だからパーティーなんてしないわよねきっと。

「知らなかったよ。アイラは今度10歳だよね」

「そうでございます。ですが公のパーティーなどはなさらないそうですよ」

「あ…やっぱりそうなんだ」

 だからなんでシュラフってばそんなに情報通なんだろうね。

 でも今回はシュラフに感謝だわ。


「折角だから何か贈りたいな」

 アイラは何をあげたら喜んでくれるだろう。

 剣とかあげたら凄く喜びそうだけど……これは駄目だな。わたしがレイラにがっつり怒られちゃう。

 せめて少し女の子らしいもので邪魔にならなさそうなものかな。うーん。やっぱり女の子だしアクセサリーなんかいいのかな。でもアイラは高価なものは苦手そうだし……。

 悶々と考えているわたしの事をシュラフはただ黙って見守っていた。



「シュラフ、町に行きたいんだけど駄目かな?」

 流石にセルシュみたいに一人でふらりと出歩く事は出来ないので、まずはシュラフに聞いてみる事にした。

「町に、ですか?」

「うん。アイラに何かプレゼントを贈りたいんだけど、家に来る商人が持って来るような仰々しい高価なものは嫌なんだよね。だから町で自分で探して買いたいんだけど……」

「そうですね……それでしたらセルシュ様とモーリタス様をお連れになってみては如何でしょう」

 さっすがシュラフ!ナイスアイデア!

 セルシュは勿論、モーリタスだって町には結構詳しいはず……ん?でもちょっと待って。

「いい案だとは思うけど、二人は女の子向けのお店なんてわからないんじゃないのかな」

 二人ともそういうお店に行くわけないもんね。詳しかったら逆にびっくりしちゃうよ。

「その辺は私が目星を付けておきますので問題ありません」

「へっ?シュラフが!?」

 なになに?実はそういうのに興味があるとか?もしくは何処かの女の子にあげたりしてるのかしら。うわ、凄く気になる!

「……クルーディス様のお考えになっている事はひとつも当たっておりませんよ」

 呆れた様に大きなため息を吐かれてしまった。

「えー。じゃなんで興味もないのに目星を付けられるのさ」

「さぁ、何故でしょうねぇ?」

 そう言ってシュラフはにっこりと微笑んでそれ以上の事は教えてくれなかった。そんなに勿体ぶらなくてもいいと思うんだけど。




 数日後、セルシュとモーリタスにも了承を得て、わたしは久しぶりに町へ出た。




 町はざわざわしていてとても賑やかだ。連れて来てもらったのは商店街のような色々なお店がひしめき合っている場所だった。

 セルシュもモーリタスもその中を流れる様に歩いている。わたしはこういうところにあまり出歩く事がなかったので、人の流れに飲み込まれそうになりながら歩いていた。



「お前よたついてるけど大丈夫か?」

 呆れたセルシュはわたしの腕を掴み、自分の側に引っ張った。

「う、なんとか……」

「師匠にも苦手な事があるんですね」

 モーリタスはそんなわたしを見て笑いを堪えている。

「モーリタス……もう思いっきり笑ってくれていいから」

 わたしも笑うしかないよ。

 OLの時は人混みなんてさくさくと上手く避けながら歩けていたはずなのに、クルーディスとしては人にぶつかりまくってへなちょこ過ぎるんだもん。普段の引きこもりの成果だよね……。これはもう少し表に出た方がいいのかもしれないなぁ。

「クルーディス様、転ばないで下さいね。転んだら踏まれるだけですよ」

 こっそり心の中で反省をしていると、とどめにシュラフから素敵なお言葉をもらってしまった。くぅ!意地でも転んでなんてやらないから!

 わたしは気合いを入れ直して、皆に置いていかれない様に懸命に歩いた。



 暫く歩き、少し人混みも減った町外れの一件の家の前でシュラフが立ち止まった。

「ここは?」

「まずは中へどうぞ」

 シュラフに促されわたし達は中へと入る。

「遅かったじゃないの!」

 中は普通の民家のようだった。そこにはシュラフよりも年上の女性がいた。

「あの……?」

 わたし達を待ってたっぽいけど、どちら様だろう?


「ほらほら、皆座って!」

 わたしの疑問はそのままで彼女はわたし達を椅子に座らせお茶を淹れてくてもてなしてくれる。

 この女性は誰だろう?ここで生活しているのかな。何でシュラフはここに連れて来たのだろう?

「ちょっとシュラフ、あんた何にも話してないの?」

 わたしが呆然としていると彼女は立っていたシュラフを小突いた。

「その方が面白いかと」

「まぁそうかもしれないけど」

 何か二人で納得しあっているけどわたしにはちんぷんかんぷんなんですが。ほら、モーリタスだって不思議そうな顔してるし、セルシュは……あれ?何で笑ってるの?

「彼女はマレーネ。シュラフの姉さんだ」

「えっ!?お姉さん!?」

 わたしとモーリタスは全く知らなかったのでセルシュの言葉に本当に驚いた。今の今までお姉さんがいた事も知らなかったよ!

「んー!いいねー、この反応!」

「でしょう?」

 シュラフとマレーネさんはお互いに笑顔で頷きあっている。あ、そうね。紛れもなく姉弟ですねこの二人。


「セルシュはマレーネさんの事知ってたんだ」

「俺は町に出たらまずここに来るからな。色々知ってるし頼りになるんだぜ、このねーさん」

「へぇ」

「クルーディス・エウレン様初めまして。私シュラフ・ファイロスの姉でマレーネと申します。いつも愚弟がご迷惑をお掛けしておりますわ」

 シュラフのお姉さんのこの人は、貴族の女性の様にとても優雅にお辞儀をした。シュラフも元々伯爵家だし、そのお姉さんなら当然なのか。

 でも彼女は平民の出で立ちで、まるでここにずっと住んでいるかの様に馴染んでいる。そのお辞儀はこの場所に不似合いな貴族然としていたものだったのに、どちらにも違和感無く溶け込んでいる様に見える不思議な女性だった。

「クルーディス・エウレンです。こちらこそシュラフにはお世話になっています」

「まぁ可愛らしい!」

 それでもわたしもマレーネさんに合わせて貴族の子息らしくお辞儀をすると、マレーネさんは急にがばっと抱きついて頬ずりをしてきた。

「いいなーシュラフは。わたしもこんな可愛い子と一緒に生活したーい!」

「あ、あの……マレーネさん?ちょっと……」

 なんだこれ?マレーネさんはがっちり抱擁したまま容赦なくわたしの頬にすりすりしている。

 マレーネさーん、痛いんですけどー。

 わたしが離れようと思ってもマレーネさんの力強い抱擁から逃げられない。何?この凄い力!

 身動きがとれなくて困っていたらシュラフがぺりっとマレーネさんを剥がしてくれた。はぁ、助かった。

「姉さん。可愛いのはわかりますが、もう少し丁寧に扱ってくれませんかね」

「えー。丁寧じゃない」

「潰れそうでしたけどね」

 ほんとだよ!潰れちゃうかと思ったよ。マレーネさん手加減お願いしますよ。シュラフも笑いながら言う事じゃないでしょ。

「ねーさんは力有り余ってんだからもう少し考えようぜ」

 セルシュも笑いながらそう言った。セルシュもわかってるなら助けてよね!

「わかったわよ……で、こっちのまた違う感じの可愛い子は?」


 今度はわたしからモーリタスにターゲットを移したのか、モーリタスの方に向き直りにこにこと聞いてきた。モーリタスはわたしのされた事を見ていたのでちょっと後ずさっている。

「こちらは友人のモーリタス・チャルシットです」

 わたしがそう紹介すると急にマレーネさんの目がきらきら輝いた気がした。

「ねえ、チャルシット……って言うと、あの騎士団長様の?」

「はい。父です」

「まぁやっぱり!」

 マレーネさんは弾けるような笑顔になりモーリタスの両手を握った。

「素敵だわ!あのチャルシット様のご子息なのね!わたしチャルシット様のお話には本当に感動したのよ!」

「はい?」

 モーリタスは急にそう言われても何の話なのかピンと来てはいないようで、きょとんとした顔になった。横で聞いているわたしも見当がつかずモーリタスと一緒に首を傾げた。

「チャルシット様は不慮の事故で亡くなった部下の方に毎年欠かさずお届けものをしてるって言うじゃない!なんてお優しい方なのかしらね!」


 あ、これって……。

 わたしがセルシュとシュラフを見ると二人とも何も言わずに微笑んでいた。

 わたしも何も言わずに笑顔を返した。

 モーリタスは突然の話に驚いていたけど、自分の父親が褒められているのはまんざらでもない様子で、照れながらも誇らしげな顔をしていた。





読んでいただきましてありがとうございます。

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