91・進展2
先程からずっとツィードの話を聞いていて、ふとある事に疑問が湧いた。
「ねぇ、ツィードから他にワイマールの話は出なかったの?」
ツィードはコランダム憎しでコランダムの事を暴露してるんだろう。けど、彼のワイマールの話は……。ワイマールの話は凄いし大事な話なんだけどなんというかイマイチ核心に触れてこなくて、そこだけぼんやりとしている気がするんだよね。
「ワイマールの事……ああ、そういやワイマールの屋敷にはいつも大勢の用心棒がいて、時々そいつらが連れてくるには裏社会で名前が知られてる奴もいたって話をしてたな」
「裏社会?」
そう問うとセルシュは頷いた。
「あいつは結構裏社会に詳しいみたいなんだ。ワイマールに拾われるまでは自分もそれなりに名前が知られてたって言ってた」
『裏社会』なんて自分には全く縁がない話だ。貴族である上に、町にも殆ど出る事のない自分にはどうやっても触れる機会など無い。
前の人生でだってコンプライアンスに厳しくなっていたご時世に、関わったりする筈も無かった。
「その人達は人身売買に関係してる人なのかな」
「ツィードもその辺りの話はわからないらしい。ただ用心棒は正規のルートから雇い入れているから、そいつらは違うだろうって話だ」
「そっか」
正規のルートなら口入れ屋に登録する時に身分証も提示する筈だもんね。それじゃ彼らは裏の事は知らないって事でいいのかな。
「その用心棒が連れてくる裏社会の人達はどうなの?」
「ツィードが言うにはそいつらは大きい取引がある時に臨時に雇い入れている奴ららしい。それが人身売買に関わっているかどうかはわからないそうだ」
「そっか……全く知らない人を雇うよりはリスクが少ないやり方だね」
「その方が何かあった時に逃げられる可能性は低いんだろうな」
「用心深いって事?」
「まぁ上手いやり方だと思う。口入れ屋から雇うと仲介料やら補償料やら無駄に金と時間がかかるし、支払う手間も面倒だから。このやり方だとそいつ個人との取引で楽だし、商人はよく使う手らしいぞ」
「それじゃツィードは人身売買には関わってないって事?」
「ワイマールは疑り深い性格だからコランダムもツィードも全てを話してもらってる訳じゃないらしい。ツィードも同じ様に疑り深い性格だから、自分で勝手にワイマールの人身売買のルートを探っているって言ってたぞ」
そうなんだ。
聞いてる限りワイマールって関わるととても危険な感じがするのに、その情報を集めようとするツィードはそれなりの実力を持ってるって事なのかもしれない。
「そのツィードってさ、敵としては最悪だけど味方になったら結構頼もしそうだよね。こちら側に付いたら最強じゃない?」
「そう簡単にはいかなさそうだけど、それが出来たら親父達にはすげー心強いかもな」
「ワイマールやコランダムよりいい条件を提示したらこっちについてくれないかな」
「どうだろうな」
セルシュは首を傾げて唸っている。何かいい案が浮かんだらいいんだけど。因みにわたしにはそんないい案は全く浮かばないけどね。
「あれ?でもさ、元々ツィードってワイマールに拾われたんだっけ。ワイマールとまだ繋がってたらその話も罠って事はない?」
深く考え始めたらなんだかよくわからなくなってきた。
ツィードがワイマールに対してどんな感情を持っているのかわからないんだし簡単にこちら側に、なんて考えは逆に危ないのかもしれない。それを狙っている可能性だってある。
もしツィードがワイマールの指示で敢えてその話をしたとしたら……。
うー、何だか混乱してきた。
「ま、その辺は全部親父達に任せようぜ」
セルシュはため息をついて肩を竦めた。知識も経験もないわたし達には色んな経験がありそうなツィードの裏を読む事なんて出来ないし、なんだったら足元を掬われるかもしれないもんね。
まずは何よりも先にツィードの真意を確認しなきゃいけないんだろうけど……。
まぁロンディール様や父上ならその辺りの事も考えているだろうし、今後の何かしらの案も浮かびそう。
セルシュの言う通り任せればきっと何とかなる様な気がした。
「以上報告は終わり!」
セルシュはそう言うと残っていたお茶を飲み干した。
シュラフはそのカップに新しいお茶を注ぐ。わたしもお茶をもらってひと息ついた。ツィードがなんとかなればいいな、なんて考えながら。
ん?セルシュ今『報告「は」』って言った?
「さぁて。今度はお前の事だよな」
「僕の事?」
何の事だろう。意味がわからず首を傾げてしまう。
「さっきのサイモンとのやり取りだよ」
「ああ、それ……」
あれですか。『アイラは僕の』って発言の事ですか。
だって仕方ないじゃない。あの時は兎に角何とかサイモンに取られない様にしなきゃって必死だったんだもん。
「やっと自覚したんだな」
セルシュは何故かしみじみとそう言って、新しいお茶に口をつけた。
「『やっと』?」
どういう事かわからずわたしはもう一度首を傾げた。
「やっとだろ?気付いてなかったのは本人達だけじゃん」
「へ?」
それって自分達以外は皆知ってたって事……なの?
あれー?おかしくない?だって自分がちゃんと自覚したのこの間のパーティーなんだけど。アイラだって多分そうだろうし。
「その……セルシュは、いつ頃からそう思ってたの?」
「んー、最初から?」
「最初って……セルシュがアイラと初めて会った時って事?」
何で何で?セルシュがアイラと初めて会った時、わたし何したっけ?
……あ、説教したっけ。
でもあの時の二人は腹が立つ程火花散らしていただけじゃなかったっけ?わたしには二人を怒った事とセルシュが師匠になった事位しか記憶ないんだけどなぁ。
どう考えてもそこから何でセルシュがそう思う様になったのか、わたしにはさっぱりわからない……うーん。
「……どの辺を見てそう思ったの?心当たりが全くないんだけど。」
「そんなのお前見てりゃわかるって。なぁ?」
わたしが唸りながら悩んでいると、しれっとセルシュがそう言ってシュラフに視線を投げた。シュラフはそれに頷く事で答える。そういえばシュラフもこの間そんな事言ってたっけ。
「やっぱりよくわからないよ。見てわかるほどの事なんて何にもしてないし。あの時はセルシュとアイラを怒ってただけだよ?」
「あー……あれは本当に悪かったって」
「いや、それはもういいんだけど」
蒸し返すつもりはなかったのに、セルシュは改めて謝ってきた。もういいのに。今は二人とも仲良しだからわたしが怒る理由はなくなったもん。そんなに気にされてもこっちが申し訳なくなるよ。
「でもそこじゃない」
「何が?」
「俺がそう思ったのはもっと前、お前からお嬢の話を聞いた時だから」
「えっ?」
「お前がお嬢と手紙をやり取りしてるって聞いた時だ」
「そんな始めからなの!?」
「ああ。シュラフだってそんな感じだったぞ」
ええー……?何で?それこそわたしはただアイラと文通してただけだよね。本人がさっぱりわからないのにそう思っちゃうなんて凄すぎない?何なの?二人とも予知能力でもあるの?
「釈然としない……」
「そこは別に気にすんなって」
いや、気になるでしょ。本人が全くそんな感情持ってなかった……と思うんだけど、それをこの二人が先に気付くって何かさぁ。
「クルーディス様がお気付きになるのが遅いだけで、私達だけではなくお弟子様達もとうに御存知かと思いますよ」
「だよなー。お前鈍すぎだから」
そんな二人がかりで言わなくても……。
まぁ鈍いって言うのは否定しませんけどね。それでも何か釈然としないですよ。
「まぁいーんじゃね?」
「いいって?」
「お前とお嬢が納得した結果なら、それでいいって事でいいんじゃねーの?」
そうなのかな。気持ち的にはそうかもしれないけど、今後の事を考えるとあの場の発言が正しかったのかどうかもわからない。はぁ……貴族ってこういうところはとても面倒だな。
「本当はああいう風にオープンにするつもりはなかったんだけどね……」
「お嬢に悪い虫がつくのがやなんだろ?」
「それは……まぁそうだけど」
「んじゃいーんじゃね?」
「……いいのかな」
この世界の貴族は基本親同士が決めた相手と婚姻する。親に承諾も得ていない今のわたしではどれだけ自分が主張したところで、それは全て不確かなものでしかない。
「お前おっさんにはちゃんと話してんだろ?」
「うん。伝えてる」
……伝えただけだけど。
それをどうするのか父上からはちゃんとした答えをもらった訳ではないし、父上の真意もわからない。
「んじゃ何とかなるんじゃね?」
「そうかな……」
そうだといいけどどうなんだろ。前に『気に入った令嬢を見つけろ』とは言われていたけど……それが実際に婚約にまで繋がるものかはわたしにはわからない。わたしの意見が父上と反するものならば、父上の意向次第では思わぬ方向に流れる事だってあるだろうし。
「僕は父上がどう考えているのかわからないから……」
「でもお前の事だからどーせ意地でも婚約まで持っていくつもりなんだろ?」
わたしの消極的な意見に対して、セルシュはわたしの心の中にあった考えを口にした。
アイラの気持ちを聞いた今、わたしはアイラの一番側にいたいし一番守りたい。アイラを誰かに渡すつもりもないし、誰にも渡したくない。
もし父上が反対する様な事があればわたしは父上が納得する様に意地でも何とかするつもりだ。
「うん」
「んじゃそれでいいじゃん」
「……そうだね」
ま、なるようになるだろう。
望まない流れになったらそれをわたしは全力で覆せばいいだけだ。
改めてセルシュに言葉にしてもらったお陰で自分の気持ちが再認識出来た気がした。
読んでいただきましてありがとうございます。




