90・進展
レイラの計らいでコートナー家の馬車を借り屋敷に戻ってきた。うちの馬車はセルシュとサイモンを乗せて帰ったからだ。
来る時はあんなにギクシャクしていたのに。二人の間にあった蟠りはどうなったんだろう?
「お二人がお待ちかねですよ」
「……え?」
疑問に思いながら屋敷に入ると、グレアムから開口一番そう告げられた。
「……待ってる、って……一緒の部屋で?」
「左様にございます」
「すぐに行くよ」
グレアムに上着を預け、二人が待っているという部屋に慌てて入る。
……うわっ。
扉を開けて目に飛び込んできた光景に目を見張った。
二人仲良くテーブル挟んでお茶飲んでる!見間違いじゃないよね!?わたしが離れていた間に一体何があったのさ!
もしかしてこれもランディス効果なの?
「おう!お疲れ!お嬢はどうだった? 大丈夫なのか?」
「クルーディスおかえり。ランディスの妹はどう?」
わたしが扉を開けたままその光景に呆然としていると、矢継ぎ早に二人が質問を投げてきた。
あ、そっか。あの後どうなったか二人はわからないまま戻って来ちゃったんだっけ。
二人の心配そうな顔にわたしは安心してと微笑んだ。
「アイラは疲れてたみたいでちょっとめまいがしたんだって。横になったら落ち着いたみたいだしもう大丈夫だよ」
「そうか……なら良かった」
「ランディスも凄く心配してたけど大丈夫なら良かった」
わたしの言葉に二人はほっとした表情になった。
「それじゃ僕はもう帰るよ」
聞きたい事を聞いて満足したのか、サイモンは立ちあがり帰り支度を始めた。
「え?もう帰るんですか?」
「ランディスの妹が心配だったからここで待ってただけだもん。それがわかればもういいんだ」
「そうですか」
サイモンは本当にアイラの事を心配してたんだな。あのプロポーズ紛いの発言にはちょっと腹が立つけど、理由が理由だし水に流してあげなきゃね。
するとサイモンはわたしの前に立ち、わたしの肩に手を乗せた。
「ごめんねクルーディス」
「はい?」
何の事かわからずにわたしがきょとんとしているとサイモンはにっこりと笑顔になった。
「クルーディスのものは取らないから安心して」
「えっ?……あ」
その言葉でサイモンの謝罪の理由がわかり、自分の発言を思い出した。
「大丈夫。僕には他にいくらでもランディスの側にいられる方法があると思うんだ。友達の大事なものを横取りするなんてしないから安心して?」
「……はい」
この子はどんだけランディスの側にいたいんだろう。にっこりと笑うサイモンの執着に心の中で少し引いてしまう。でもわたしのアイラへの執着も大概かもしれない事を思うとそれも似たり寄ったりなのだろうか。
「それじゃまたね」
言いたい事を言って満足したらしいサイモンは、ばいばいと手を振って部屋を出て行った。
「いつの間にセルシュとサイモンは仲良しになったの?」
部屋に残っているセルシュにわたしは疑問に思っていた事を聞いた。だってあんなに啀み合っていた訳だし『仲良くして』とは言ったけどそんな事すぐ出来ないと思ってたよ。
「仲良し……って言われるとちょっと違うかなぁ」
「違うってどういう事?」
「妥協かな」
「妥協?」
「今日一日あいつを見てたけど、まぁお前の言った事もわからなくはないかなって思ってさ」
「ああ、『お互い様』って話?」
「あんま認めたくないんだけどな」
セルシュは自分の言葉に苦々しい顔をしていた。わたしは嫌々ながらもそうやってちゃんと相手を認めるセルシュに感心した。
言ったのは自分だけど、嫌な相手を認めるのはとても難しいし、わたしならそんなにすぐに納得は出来ないと思う。
セルシュって中身はわたしより大人なのかもしれない。
「でも何でそう思ったの?」
「んー……なんとなく」
「ふぅん?」
例えなんとなくでもそう言えるのって凄いなぁ。ただただ感心してしまった。
「まぁそれはおいといて」
「え?おいとくの?」
急にセルシュは話題を変え、真面目な顔になった。
「その話は終わりだ。俺が今日来たのはツィードの話がしたかったんだよ」
やっと最初の目的の話が出来る事にセルシュは少し安心したのかほっとした顔になった。
今日の来訪にそんな目的があったとは。そりゃわたしが『帰れ』って言っても帰れないよね。無下に扱ってごめんねセルシュ。
「何か進展でもあったの?」
「ああ。警備員はコランダムに金を貰っていただけの雇われ者だったんだけどツィードの方が結構情報を持っていたんだ」
「情報?」
「あいつ、コランダムに切られたらまー話す話す」
セルシュの話では、ツィードは雇い主のコランダムの事を独自に調べていたそうだ。ツィードが調べたのはコランダムとワイマールの関係で、そこから何かあったらゆすりのネタに使おうと思っていたらしい。
「ワイマールはフリスライトのある伯爵家と繋がりがあって、そこにもお抱えの商人として出入りしてるんだ。んで、その貴族は地位の高い、ある侯爵家と繋がってる」
ワイマールって商人としてどれだけ才覚があるんだろう。もう既に隣国での足場固めが出来ている感じがする。
「で、その侯爵家ってのがこの間コランダムと会っていた奴だったんだ」
「それじゃワイマールに会わせたんじゃなくて、ワイマールがコランダムと引き合わせたって事なの?」
「多分な」
「でもそうなるとコランダムがワイマールに使われている感じだけど……」
ワイマールがうまくコランダムを使って自分の立場や環境を作っている様じゃない?コランダムこそワイマールの手駒に思えるんだけど。
「ワイマールは人扱いが上手いって話だ」
「それじゃコランダムが踊らされているみたいじゃない?」
「多分そうなんだろうな」
コランダムが騎士団を掌握してもしなくてもワイマールの方は着々と足場を固めて勢力を広げているみたい。最悪、コランダムが潰れても自分の立場は守れる様にしているのがわかる。既に隣国の国王陛下に随行出来る位の立場の侯爵家を後ろ楯にしているって事だもんね。
「ワイマールはコランダムがチャルシット様を恨んでいるのを知っていて、コランダムを使って力をつけたかったらしい」
「え?でもワイマールってもうそれなりに力があるんじゃないの?」
「ツィードが言うにはコランダムの立場を隠れ蓑にして、他の貴族にも繋がりを持ち始めているらしいんだ。だから最近は他の商会とはレベルが違う程に力がついてきたって言ってた」
力のある貴族と繋がりを持って更に力を付けているのか……。厄介だな。ワイマールの最終目的は……やっぱり戦争なんだろうか。
「そろそろコランダムはワイマールに見切りをつけたいと思っているだろうって話だ」
「コランダムが?ワイマールじゃなくて?」
その話だとコランダムはワイマールの手のひらで踊らされてるんじゃないの?逆なら兎も角、何かおかしくない?
「コランダムはその辺が甘いらしくて、ワイマールの筋書きの中で動かされている事に気付いていないって話だ」
「それもツィードが?」
セルシュはこくりと頷いた。
「それを気付かせないのが『人扱いが上手い』って事じゃねーか?」
「それじゃコランダムにそう動く様に仕向けているって事なのかな」
「ワイマールはコランダムよりも上の立場の侯爵家とも繋がりを持ち始めた。ワイマールにはもうコランダムに固執する理由はないんだと」
まぁコランダムは下級だって話だもんね。コランダムを足掛かりにワイマールは上を目指している感じなんだろうな。
コランダムが要らないって事は次の足掛かりが確立出来たって事なのか。
「コランダムがワイマールを頼るのは金の無心が出来るから。だけど最近は他の貴族に目を向けているワイマールにあまり相手にされてないそうだ。だから新しいカモを探し始めているんだと」
「そうなんだ……」
「ほら、俺達がいこいの広場でモーリタスを見た時、ツィードがポケットから紙切れを落としてただろ?」
「ああ、あったね」
あの時はその紙切れを警備員に拾われてしまったから、あれが何だったかはわからずじまいだったんだよね。
「あれもワイマールへの金の無心だったらしい」
あの紙切れはお金の催促だったのか……。もう少し実のある内容だと思っていたのに。何だかただのたかりみたいだな。コランダムの方がよっぽど強請られそうな事してるのに……。
ワイマールには隙なんて無さそう。だけどコランダムに今それを敢えてさせたままなのは……。後々の強請の種としてなのかもしれない。
そう考えたらワイマールは本当に人扱いが上手いのかもしれない。
相手の弱みを握ってそれを本人にも気付かせない。きっとそれをここぞという時に使うのだろう。
まだ、どんな人物なのかもわからないワイマールがとても得体の知れない恐ろしい存在に感じた。
読んでいただきましてありがとうございます。




