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わたしの可愛い悪役令嬢  作者: くん
89/97

89・過去

 レイラはひとつ大きく息を吐き、少し苦し気な表情になった。

 わたしはそんなレイラが口を開くのを黙って待った。




「お嬢様はある時から悪い夢を頻繁に見る様になりました……その頃から急に態度も言葉遣いも全く変わってしまいました。それまでのお嬢様は今より大人しくて……そうですね、ご家族以外にはあまり感情を見せない方でした」



 知らなかった。

 記憶が無かった頃のアイラも今のアイラと同じだったと勝手に思っていた。言われてみれば過去のアイラがどんな子だったかなんて気にした事なんてなかった。

「お嬢様はそれまでは誰とも関わらない様に、いつもお部屋の中で一人で過ごしておりました。外に出て死んだらどうしようと……何故か人一倍『死』への恐怖が強かったように感じます」




 その言葉に胸が締め付けられる。




 男の子としての記憶が無くても死への恐怖心だけはアイラの根底にずっと残っていたのだろうか。小さい頃からずっと理由もわからないのにただ「死」の恐怖に怯えていたなんて……。

 苦しかったよね。辛かったよね。

 わたしは恐怖と戦っていたその時のアイラを大丈夫だと抱きしめてあげたくなった。


 今のアイラにもまだその苦しさは残っている。例えその恐怖の理由がわかったとしても……いや、わかっているから尚更にそれが恐ろしい事なのだろう。「死ぬ」という事がどれだけの苦しさなのか、知っているからこその恐怖がアイラの中に澱の様にこびりついているのだろう。

 車なんてないこの世界でも、アイラにとっては『外』は「死」へと繋がっているものなのかもしれない。だからアイラはその苦しさから『外』へ出る事を拒否しているのかもしれない。本来のあの子はきっと『外』が嫌いではないだろうに……。


 わたしは代わってあげる事は出来ないけれど、その辛さを少しでも和らげてあげられたらいいと思っている。出来るならその苦しさから救いだしてあげたい。


「今のお嬢様はまだその恐怖心は残ってはおりますが、以前よりもずっと明るくなって楽しそうで……辛い時は辛いと言ってくださる事が、私は本当に嬉しいのです」

 レイラの目に滲んでいる涙は辛うじてそこに留まっていたが今にもこぼれ落ちそうだった。



「以前のお嬢様は辛くても悲しくても全て一人で抱え込んでしまう方でした……まだ辛い事全てをお話ししては下さいませんが、今は感情を以前よりもずっと素直にお出しになられています。それはクルーディス様のお陰なのです。本当に感謝しております」

「そんな事は……」

 ないと言いたかったけど、そうなると今のアイラになった理由も伝えないとわかってもらえない。

 わたしはそれ以上何も言えなかった。

「出来ましたらこれから先もずっとお嬢様のお側にいていただきたく思います」

 レイラはわたしに深く頭を下げた。でも、そんな事してくれなくても。

「勿論そのつもりだよ」

 わたしが初めて本当に好きになって、大事にしたいと思った愛しい子。彼女から離れるなんて選択肢は毛頭無かった。

「先程、クルーディス様は皆様にお嬢様がご自分のものだと仰られましたが、それで宜しいですか?」

「うん。僕が側でアイラをずっと守ってあげたいんだ。これは誰にも譲るつもりはないよ」

 わたしがきっぱりとそう答えるとレイラは満足そうに微笑んだ。

「ありがとうございますクルーディス様」

「こちらこそだよ。アイラの側にレイラがいてくれた事、本当に嬉しいよ」

「まぁ、とても嬉しいお言葉ですわ」

「アイラも一番信頼してるって言ってたしね。レイラとアイラって名前も似てるし、まるで姉妹みたいだね」

「いえっ、そんな!お止めくださいっ!烏滸がましいですわっ!」


 わたしが笑ってそう言うとレイラは顔を赤くして慌てて否定した。レイラが本当にアイラの事を思って大事にしてくれているのがわかるから、わたしはそれがとても嬉しかった。

 初めて会った時、レイラがアイラを叱っていた姿を思い出してつい顔がほころんでしまう。

「ふふっ。これからもアイラの事よろしくね、レイラ」

「はい、こちらこそ。コートナー家のご兄妹をよろしくお願い致します」

 レイラはすぐに表情を戻し立ち上がってお辞儀をした。わたしもそれに倣い立ち上がる。

「あれ?ランディスもなの?」

「ええ勿論ですわ。クルーディス様のお陰でランディス様もご成長なさっておいでですから」

「そうかなぁ?」

 わたしは何もしていないので『クルーディス様のお陰』と言われてもピンと来ない。


「先程クルーディス様がサイモン様にお嬢様の事をはっきりと仰った時も、ランディス様は今までと違ってクルーディス様やお嬢様の事をしっかり確認なされてきちんとお考えになった上でサイモン様に答えていらっしゃいました」




 そうだったかな……ああ、そうだったかも。

 言われればあの時のランディスは、頼りになりそうな程しっかりしていた。逆にあの時のわたしはいっぱいいっぱいでそんな事にも気が付かなかった。

「ランディス様にとってもクルーディス様は大事な方ですわ」

 レイラはにっこりと微笑んだ。

 わたしは何もしてないんだけどな。それでもそう言ってくれるなら少し位はランディスの役に立てているのかもしれない……のかな。

「ありがとう。でもきっとランディスは元々ちゃんと考える事は出来るんだと思うよ。ただ色んな情報を全て拾おうとしちゃって焦るだけなんだと思う。元々人を思いやる事が出来てるんだし、少し落ち着けば前よりもずっとちゃんと考えて動く事が出来てるもの」

「そうなったのもクルーディス様がきっかけを与えてくださったからですわ」

「いや、あのレイラ……持ち上げ過ぎだから」

 レイラの手放しで褒める態度にわたしは困ってしまった。セルシュと違ってわたしはランディスに直接は何もしていないので褒められるととても落ち着かない。

「あっ、ほら!そろそろ皆のところに戻らないと!皆アイラの事心配しているだろうし!」

「そうですわね」

 わたしが焦りながらそう言うとレイラはくすりと笑って同意してくれた。





 その部屋を出るとそこにはシュラフが待っていた。

「お話は終わりましたか?」

「うん」

「セルシュ様とサイモン様には先にお屋敷に戻ってもらっております」

「えっ?」

 あの二人を一緒にって……大丈夫なのかな。ちょっと心配かも。

「ご心配なく。お二人はあの後ランディス様を介して仲良く談笑しておられましたから」

「そ、そうなんだ……?」



 何をしてあの二人が談笑出来る様になるんだろ。最近のランディスってば凄いな。わたしの中で今ランディス株が急上昇してますよ。





読んでいただきましてありがとうございます。

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