86・後悔
サイモンの訳のわからない発言に無駄に体力をごっそりと削られてしまった。一体サイモンの思考回路はどうなってるんだ。
しかし当の本人はあっけらかんとしていて、それじゃ他にランディスとずっと一緒にいられる方法考えなきゃなんて楽しそうにランディスに話をしている。
悪い子じゃないんだよ。うん、それはわかってる。……わかってはいるけれど何と言うか……。
これがこの世界の今時の子の思考回路なのか、貴族の子息だからなのか、彼自身の考え方なのかはよくわからない。でも、どうであれわたしにはこのサイモンの思考回路は理解出来ない気がする。
疲れたわたしの袖をつんつんと引っ張られる感覚に振り向くと、アイラが心配そうにわたしの顔を見ていた。
「なぁ……さっきの…いいの?」
「……いいんじゃない?」
実際はあんまりよくない事かもしれないけれど、躊躇してアイラを取られちゃう位ならいっそ皆に知ってもらった方がいいんじゃないかなーなんて建前と、アイラを誰にも邪魔されずに独占したいという本音が入り交じっちゃってこんな結果ですよ。
はは、もう自分の強欲さに笑っちゃうしかないわ。
「でも…クルーディスの家って侯爵家とかじゃんか……」
「そうだね」
「まずいんじゃないの?勝手にそういう事言うのって……」
そんなわたしの欲には全く気付いていなさそうなアイラは、サイモンとランディスを尻目に素直にわたしの心配をしていた。
「んー……皆に知っておいてもらいたかったし、言ってすっきりしたし……この面子なら平気じゃない?」
わたしの本音には蓋をしたまま答えるとアイラは少しほっとした表情になった。
「クルーディスが大丈夫ならいいけど……」
「アイラは嫌だった?」
そう聞くとアイラは赤くなって首を左右に振った。こんな状況の中なのにそんな仕草も可愛い、なんてつい思ってしまった。
「じゃあ良かった」
わたしもアイラににっこりと笑った。
「でも、何で急に?」
不思議そうに首を傾げてアイラはわたしを覗き込んだ。
ああ、やっぱりわかってなかったか。
そういやあの時はわたしの勢いの方が凄かったんだもんなぁ。頭に血が上るってこういう事だって忘れてたよ。
こういう感情はクルーディスとしては初めてかもしれない。
「サイモンがアイラに『将来一緒になって』なんてプロポーズみたいな事を言うからつい……」
「えっ!?」
アイラのわたしの裾を握る手に力が籠った。
「それって……」
しまった!
アイラにとってその言葉は、将来断罪に向かう道に続いている一番避けたい言葉だったはずなのに。先日二人で婚約しなければ大丈夫と話をしたばかりなのに。
アイラは不用意に言ったわたしの言葉にその話を思い出したのかさっと顔が青くなり、足元の力が抜けてしまった。ふらりと揺れるその身体をわたしは慌てて支えた。
どうしよう。あんなに怖がっていたのに。こうなったのはわたしが言わなくてもいい事を口にしたせいだ。
守りたいと思っている子を自分が苦しめるなんて最悪だ!
「ごっ……ごめんっ!大丈夫?アイラ」
「う、うん……」
気のきいた事も言えずにわたしはおろおろとするばかりだ。『大丈夫?』と聞かれたら誰だって『大丈夫』『平気』と答えるに決まっているのに……。
すると、アイラの様子がおかしい事に気付いたらしいセルシュがこちらに駆け寄って来た。
「おい、お嬢どうした?」
「あ、いや。なんでもない……」
「何でもないってお前、真っ青じゃねーか」
アイラの顔を覗き込んだセルシュに少しだけ口角を上げるがそれはとてもぎこちない表情だった。
「……寝不足、だったから……そう見えるのかも」
無理して笑おうとするアイラが痛々しい。辛いはずなのに、苦しいはずなのに。わたしが余計な事を言ったから……。
アイラの異変に気付いたランディスとサイモンもこちらに来た。二人とも心配そうな顔をしてアイラを見ている。
ごめんなさい。わたしのせいなんだ、これ。
苦しめているのが自分だと自覚している今のわたしには、ただ怖がっているアイラを支える事しか出来なかった。
「失礼致します」
いつの間にかレイラはアイラの側へ来て、アイラを支えた。
「お嬢様、一度お部屋へ戻りましょう?」
何故かアイラはレイラの言葉に小さく首を振って拒否をする。それでもレイラは無理にこの部屋を出ようと、支えたアイラを扉へと連れて行こうとするが、何故かわたしまでそれに引っ張られた。
アイラはわたしの袖をずっと掴んだまま、離そうとしなかった。
「アイラ……部屋で休んだ方がいいよ……」
わたしがそう言ってその手を解こうとしても、何故かアイラは袖を掴んだまま首を左右に振るだけだった。
「……申し訳ございません。クルーディス様もご一緒にお願い出来ますでしょうか?」
苦笑したレイラに促される。だけどわたしは素直に頷く事が出来なかった。
わたしもアイラが心配だった。でもこうなってしまったのはわたしのせいだ。どうしたらいいのだろう。
わたしはアイラの側にいていいのか悪いのかわからなくなってしまった。
「……そばにいて」
わたしの気持ちを見抜いているのか小さい声でアイラはそう言ってわたしの肩に頭を乗せた。
「では、こちらへお願いします」
レイラに促されるままに、わたしはアイラを彼女の部屋に送り届けた。
読んでいただきましてありがとうございます。




