82・確認
「やっぱりサイモン・ナリタリアだったよ」
「そっか……どんな感じだった?」
「見た目はあのゲームに一番近いタイプかもしれないかなぁ」
「えっ!?それじゃ殺される可能性が高いって事?」
「そこはまた微妙に違うと思うけど……」
サイモンの屋敷、確か別邸だったっけか。そのだだっ広い庭でランディスのフルートを堪能したわたしは、帰りもそのままランディスにくっついてコートナー邸にお邪魔していた。アイラに今日の話を早くしておかないと心配したままだろうと思ったのだ。
案の定アイラはわたし達が来た事を知ると、わたしの腕を掴んで速攻でいつもの応接室に連れ込んだ。
「サイモンはあまり爵位とか身分とかで振り回されたくない子みたいで、ランディスには最後までナリタリアの名前は出さなかったんだ」
帰りもあの馬車でここまで送ってくれたので、ランディスは結局サイモンが何処の貴族の子息なのかはわからないままだ。
それでもランディスはそんな事は気にせずに楽しかったと言っていたので、わたしもそれでいいかと敢えてサイモンの背景は教えなかった。
「それってどうなの?」
「サイモンはそういうのに拘らない自由なランディスが好きみたいだったよ。だからランディスの言葉は素直に聞くし、とても楽しそうだった」
「んじゃお兄様は純粋に気に入られてるって事?」
「うん」
「って事はお兄様にとってはいい事だったんだね」
サイモンはあの後何度もランディスにフルートをせがんだが、ちゃんとランディスの疲れ具合も気にかける優しさも見せていた。ランディスもサイモンのその気持ちがとても嬉しかったみたいで最後までとても楽しそうだった。
わたしとしてもあんなに楽しく友達とはしゃぐランディスを初めて見たので少し感動してしまったんだよね……その分余計に自分のダメさ加減が浮き彫りになった気もするんだけど。
「でも……わたしにとってはどうなんだろ」
ランディスが楽しいのは嬉しいけれど、自分の事とそれが結びつく訳ではないだろうとアイラは小さくため息をついた。
わたしは心配しているアイラを安心させる様にそっと髪を撫でた。
「サイモンはランディスがランディスのままなら、アイラに酷い事なんて出来ないと思うよ」
「どういう事?」
「だってアイラは大好きな友達の妹なんだから。そんな事したらランディスが悲しむでしょ?サイモンはランディスを辛い目に合わせたりする事は絶対ないよ」
「そっか……少し安心した」
アイラはわたしの話を聞いてやっと安心したらしく、そのままソファーに深く沈んだ。
「アイラ……お行儀悪い」
「だってずっと心配だったから気が張ってたんだって。少し大目にみてよ」
殺されるかもしれないも相手がどんな人物なのかわかるまではそりゃ心配だったよね。
アイラに初めて会った時のあの怯える姿を思い出した。
あの時は、わたしだってアイラの命を奪うかもしれない相手だった。でもいつの間にかわたしはアイラの事が好きになったし、アイラもわたしの事を特別に思ってくれる様になって。これから先、ゲームの始まりの刻を迎えてもそれは変わらないままな気がするんだ。アイラが苦しんだり悲しんだりする様な事だけは避けて潰していきたいと決めている。
わたしがサイモンに会った事でアイラが少しでも安心出来たのなら、それはわたしにも嬉しい事なんだ。
にしても……。
サイモンのルートってどんなんだったっけ?
わたしはあまり興味が無かったサイモンのルートを思い出してみた。
確か……ゲームの中のサイモンはヒロインがアイラヴェントに騙されて、どこかの貴族の屋敷に拐われたのを助けに行ったんだっけ。
アイラヴェントがその屋敷に監禁しているヒロインを罵倒して、その後何かがあってヒロインが殺されそうになったところに颯爽とサイモンが登場したんだよなぁ。
あのシーンのサイモンは可愛いだけじゃなくて格好いいわ凛々しいわでネットで大騒ぎだったっけ……って、そうじゃなくて!
んで、えーと……。
あ、そうだ。アイラヴェントがサイモンに言い訳するのを無視して、サイモンがヒロインを助けようとして……アイラヴェントが貴方を殺して私も死にますとか言って。
そこでナイフを振りかざしたアイラヴェントがサイモンに返り討ちにあって死んじゃうって話だった様な……。
……ん?ちょっと待って。今すっごい大事な事思い出した!
「ねぇ……アイラはさ、サイモンの事を愛してる?」
わたしがそう聞くとアイラは驚いて飛び起きた。
「はぁ!?何言ってんの!?んな訳ないでしょ!」
「サイモンルートちゃんと覚えてる?」
「そりゃあ……覚えてるけど……何?」
「じゃあ教えて」
「いいけど……」
なんなんだよとぶつぶつ言うアイラだったがわたしはそれを無視して話を急かした。
「だから、どっかの伯爵家に拉致監禁したヒロインをアイラヴェントが殴ろうとしてたらサイモンが来るよね?」
そうね、端折り過ぎだけどそこはちゃんとゲームの通りだよね。アイラの言葉にわたしは頷いた。
「それで、アイラヴェントが怒ってサイモンに斬りかかって返り討ちにあうんじゃなかったっけ?」
「そこ!」
思わず大声で待ったをかける。そこが一番大事なところ!
わたしが急に大きな声を出したのでアイラは全身で驚いた。
「なっ、何だよ!?急に大声で!」
「何でアイラヴェントが怒ったか覚えてる?」
「え?」
わたしの強い言葉にアイラは驚いて身を竦ませた。わたしの声は思っていたよりも低くなっていたらしい。ああ、気持ちがすぐこうやって表に出てしまうのはわたしの悪い癖だな。自重しないと。
「あ、だ、だから、確か……んと。」
どうやらアイラを怖がらせてしまったみたいで可哀想に口ごもってしまった。これは完全に八つ当りだ。
わたしは自分を落ち着かせるために大きくひとつ息を吐いた。
「……あのねアイラ。ゲームのアイラヴェントはサイモンルートではサイモンと婚約してたんだよ……そこは覚えてる?」
反省したわたしが優しくアイラに伝えると驚いて首を左右に振った。やっぱり覚えてなかったか。
……まぁわたしもサイモンルートはさっくりとしかやってないから、今まですっかり記憶から抜け落ちていたんだけど。
「それでね、ヒロインと恋に落ちたサイモンからヒロインをさらってどこかの貴族の屋敷に監禁してたんだ。」
「そう、だっけ……」
「アイラヴェントが殺されたのは、彼女が『愛している貴方を殺して私も死ぬ』って言ってサイモンに斬りかかって、逆に斬られちゃったからなんだよ」
きっとこの辺りの内容は覚えていなかったろうと思い丁寧に説明した。
話しながらもゲームのアイラヴェントがサイモンを想っていて、婚約までしてた事を思い出してやっぱり少し気分が悪かった。
あれはゲームの事で必要な設定なのに、目の前のアイラで想像してしまって何だかやるせない気持ちになる。
「……あ、そーだった思い出した!なんだそっか!俺サイモンと婚約なんてしないし殺される事ないじゃん!」
なんだか拍子抜けする位アイラは呑気にそう言うと勢いよく立ち上がった。
「そっかー。サイモンには殺されないんだー。なんだ良かったー。助かったー」
本当に嬉しそうにアイラが言うものだからわたしもつい笑顔になってしまった。
「あ、クルーディス機嫌治った」
「え?あ……ごめん」
やっぱりわかるか……。あんだけあからさまだったしね。
だってゲームだとしてもサイモンをアイラヴェントが愛してるなんて嫌だったんだもん。……なんて、そんな事恥ずかしくて言えないよ。
「何で機嫌悪かった?」
「う……聞かないで」
「まさかサイモンに嫉妬したとか?」
アイラに図星をさされて、わたしは恥ずかしくなって思わず目を逸らしてしまった。そこは突っ込まないで欲しかった……。
「……え、マジで?」
「……ほっといて」
「やっべ、それちょっとニヤけるかも」
口許を押さえているアイラはさっきとは違う意味でちょっと笑っていた。
「こっちは恥ずかしいデスヨ」
だってゲームに嫉妬してるなんておバカ過ぎて……なんなのよもう!恥ずかしくなったわたしは思わず両手で顔を隠してしまった。
「わたしは嬉しいデスヨ。クルーディス様」
「勘弁してよ、もう」
満面の笑みを浮かべてこっちを見てるアイラには絶対勝てない気がした。
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