81・ともだち
「……如何でしたでしょうかサイモン」
いつの間にか曲も終わっていて、わたし達が余韻に浸っていたのを止めたのはランディス本人だった。
「すごい……!こんなに…綺麗で純粋な音色、初めて聴いた……」
サイモンはまだ余韻から抜け出せないらしく、言葉を絞り出すのが大変そうだ。
彼の奏でる音色はどうしてこんなに綺麗なんだろう。真っ直ぐな性格が音にも現れるのかもしれない。音楽に詳しくないわたしでも感動出来るなんて、本当に凄い実力なんだろうと思う。
「ありがとうございます。サイモンに喜んでもらえたなら私も嬉しいです」
にっこりと、でも恥ずかしそうに笑うランディスにサイモンは喜びのあまり抱きついた。
「すごいすごい!本当に素敵だった!思ってた以上に素晴らしかったよランディス!」
「本当ですか?良かったです」
サイモンの素直な言葉にランディスははにかみながら笑顔で答えた。
「ねぇクルーディスもそう思うよね?」
「はい、ランディスのフルートは本当に不思議な位心に響きます。本当に感動しました」
「なんと!師匠にまで喜んでもらえるなんて!……私は幸せ者ですね」
照れながら感動しているランディスにサイモンは更に強く抱きついた。
「ランディスのフルートもっと聴きたい!」
「あの……その前に……」
「ねぇねぇ早く」
ランディスはお茶を飲みたかったのかテーブルに手を伸ばしたが、サイモンに身体を腕ごと拘束されてしまってそこまで手が届かなかった。
「サイモン、あの……」
「そうだ、次は王宮のパーティーで演奏されてたあの曲がいいな!ランディス出来る?」
「あ、はい。出来ます、けど……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられたランディスは困りながらも返事をするとサイモンはまた嬉しそうにランディスを強く抱きしめた。
「やっぱり!ランディスなら出来ると思ってたんだ!」
わたしは二人のやり取りを見て、思わずサイモンの肩を掴んでランディスから引き離した。
「サイモン、少しランディスに休んでもらってからでもいいですよね?」
本気の演奏をして少し息が上がっているランディスを少し休ませてあげようよ。ランディスが困っているのを見ていたら、せがむサイモンに思わず待ったをかけてしまった。するとサイモンはわたしを振り返りじっと見つめた。
「何で?すぐ聴きたい」
「ランディスの素敵なフルートを聴きたいなら、一度休憩してからでもいいですよね?」
「何で?」
「全力で走った後、すぐもう一度全力で走るのは無理ですよね?」
「ランディスは走ってないよ?」
ちょっと!サイモン、そんな駄々こねないで!わたしを睨んでないでランディスの事も考えてあげようよ!
「それ位サイモンのために全力を出したんですよ」
「ランディスならすぐ次の曲出来るよね?」
サイモンはわたしの言葉を無視してまたランディスにせがみはじめた。ああもう!この子はっ!
ねぇサイモン?ランディスが大好きなんでしょ!?それならランディスの事もちゃんと考えなさい!
「そんなに我が儘言うならもうサイモンには聴かせません」
サイモンの我儘に少し苛ついてしまい、思わず語尾が強くなってしまう。わたしは再度ランディスに抱きつこうとしたサイモンと困っているランディスの間に立ち、二人の間の壁になった。
「何でクルーディスにそんな事言われなきゃいけないの?」
「僕は友達を大事にしたいからですよ」
そう言うとサイモンばかりでなくランディスもきょとんと不可解な顔をした。
「意味わかんない」
サイモンに不貞腐れて睨みつけられたわたしはそれを無視して二人を座らせた。
「いいですか?僕はランディスがサイモンのために一生懸命練習していたのを知っています。だからランディスがさっきどれだけ本気で想いを込めてサイモンに聴かせたのか知っています。サイモンに喜んでもらうために頑張ったランディスに休ませもしないで無理強いするなんて友達として失格です」
「……」
サイモンは今まで余り誰かに注意されたりする事が無かったのかもしれない。わたしの言葉に驚いて無言になり、暫くするとそのまま俯いて動かなくなってしまった。
「サイモンだって大事な友達です。だから僕はサイモンに友達を思いやる優しい人になって欲しいと思います。わかりますか?僕は友達だから怒ってるんですよ」
「ともだち、だから?」
「そうです。僕は友達には悪いと思う事は悪いと言うし、素晴らしいところは素晴らしいと褒めたいです」
「じゃあ僕に褒めたいところなんてクルーディスにはある?」
怪訝な顔をしたままサイモンはわたしを見た。わたしはそれに笑顔で答える。
「色んなしがらみなんて関係なく、大事な人を友達だと言えるサイモンはとても素敵だと思いますよ」
それは本当にそう思う。
今まで一度もサイモンはナリタリア公爵の名前を一切出していないんだから。名前なんて関係なくランディスと友達になりたいという本気さはわかるのよ。でもね、その我が儘は折角のその気遣いも台無しなんだよね。そんなの勿体無いじゃない。
「……へぇ。そういう褒められ方はした事ないな」
わたしの言葉に何故かサイモンは少し口角を上げた。その理由はわからなかったがわたしはそのまま言葉を続ける。
「そうですか?ランディスはまだ名前も知らなかったサイモンと仲良くなれたのがとても嬉しかったと僕に教えてくれましたよ。ランディスだってサイモン自身の事が大好きなんです。お互いがお互いを思い合える関係を築こうとするのはとても素敵な事じゃないですか?」
「私はサイモンの事大好きです。私の事をちゃんと見て、向き合ってくれてとても嬉しかったんです」
ランディスもわたしの言葉を肯定する様に笑顔でサイモンにそう言った。
今までのランディスは最後まで向き合ってくれる人が少なかったんだよね。今はセルシュやモーリタス達みたいな友達も出来たけど、以前は違ったんだものね。だからこそサイモンはランディスにとってもとても大事な友達なんだとわかる。
「ふぅん……君はそうなんだ」
「え?」
「わかったよ」
サイモンの言葉の意味がよくわからずに彼を見ると、にこにことしているが、何を考えているのかはやっぱりよくわからなかった。
しかし、わたしの言葉に何かを納得したらしいサイモンはランディスに向き直りその手を握った。
「ごめんねランディス。僕、ランディスに我が儘言ったんだね」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「クルーディスもごめんね」
「いいえ。そうやって悪いと思ったことを素直に認めるのもサイモンの素敵なところだと思います」
わたしはサイモンににっこりと微笑んだ。
「そうかな」
「はい」
少し照れた様に笑うサイモンにわたしは肯定する様に頷いた。
「サイモン、師匠は凄いでしょ?」
はい?急に何言ってんのかな?ランディスくん?
「うん、凄い。僕こんな風に叱られたのは初めてだよ」
ランディスの言葉に素直に頷いてサイモンは笑った。
はっ!しまった!
サイモンとは大人しく穏便に友達になるつもりだったのに……何怒ってんの自分!もう少しやり方もあったでしょうに!マズったなぁ、もしや遺恨を残したりしないだろうか……。
心配になってわたしはまたそっと執事の方を見た。相変わらず執事はにこにこと笑顔でわたし達を見つめている。
次にサイモンを見ると何故かにこにこと満面の笑みでわたしを見ていた。
……逆に怖いんですけど。
でも言ってしまったものは仕方がない。嘘ではないのだし後で咎められたらその時はまた考えよう。
「皆様今新しく温かいお茶を淹れ直しますので、それまで暫くご歓談下さいませ」
急に執事はそう言ってこの場から離れて行った。
もしかしてランディスが暫く休める様に気を使ってくれたとか?公爵家の執事だから細かいそういう気遣いをしてくれたのかもしれないな。お茶が来るまではランディスも休めるし良かったと思おう。
「僕、ランディスが何でクルーディスを師匠って言うのかわかる気がするよ」
「へっ?」
サイモンから急に何かを納得したような言葉が出てきて、ランディスはぱぁっと目を輝かせた。わたしは全くわからなくて驚く事しか出来ない。
「サイモンもわかりますか!?」
「うん。だって僕の事を考えて叱ってくれる人なんて今までいなかったから。皆僕の事をちやほやするけど、皆結局は肩書きとか爵位の事しか見てないんだよね。クルーディスは何か違う」
「そうなんですよ。師匠はいつもちゃんと私の事を見てくれるんです。でもよく怒られてしまうんですけどね」
「そっか、ランディスも怒られちゃうんだ」
「はい。でもそれはちゃんと私の事を考えてくれているからなので嬉しいんです」
「ふぅん……凄いんだね、クルーディスって」
何故か楽しそうにわたしの話を始めた二人に本当に困ってしまった。
そんな立派な人じゃないから!わたしこそ打算的な腹黒い人間なんですけどね。今日だってただランディスに便乗して、サイモンを確認するために来ただけだし……。
うぅ、二人が純粋に話せば話す程自分の不純さが際立ってくる気がする。
「……そんな事ないですよ。僕イヤなやつですから」
思わずわたしは言い訳の様に本音を呟いていた。
「何言ってるの?嫌なやつだったらランディスも僕もこんなに呑気に話なんかしてないよ」
「そうですよ。師匠はいつも色々教えてくれるじゃないですか」
「う……」
そんな事言われても困るんですけど。わたしは君達みたいに純粋じゃないんですよ。もう小さくなって俯くしか出来ない。なんだこれ、なんて気不味いんだろう。
この二人は似ているなぁと思う。どちらも素直で純粋だ。ただサイモンにはランディスにはない猜疑心があるだけで。公爵家の子息だからそこは仕方がないのかな。
なんだろう、この二人と話をしていると自分の腹黒さが露になる感じがして居たたまれない。勘弁して欲しい。
「そうだ!今度ランディスのところに遊びに行ってもいい?」
「なんと!それは私もとても嬉しいです!是非いらして下さい!」
「クルーディスのところにも行っていい?」
「勿論構いません。楽しみにしてますね」
楽しそうな二人にわたしも気持ちを切り替え笑顔を向けると、素直に喜んでくれているのがわかった。
わたしもここは素直にならなきゃいけないな、なんて思っているところに執事が新しいお茶を運んできた。
わたし達は温かいお茶を飲んで、またランディスのフルートを楽しんだ。
読んでいただきましてありがとうございます。




