80・サイモン
今初めてわたしに対して興味を持ったらしいサイモンはゆっくりと近づいて来た。
彼はにこにことしてはいるが、冷たい視線をこちらに向けて上から下までわたしの事をじっくりと観察してきた。まるで値踏みをされているみたいで居心地が悪い。彼にとっては未知の人物な訳だし、自分は甘んじてそれを受け入れるしかない立場なんだろう。
想像していたサイモンとは全く別人とも言える冷たい視線を浴びせられ、わたしは背中にじわりと冷たい汗が出てくるのを感じた。
「君がランディスの友人なの?」
「はい」
「何をして君はランディスの師匠になったの?」
う。
それを言われるとなぁ……わたしだってよくわからないのに。
「すいません。特に大した事はしてないのです……」
なんと答えていいのかわからず、わたしはそのまま本当の事を告げた。だってわたしは悪いところを注意する位で、師匠らしいのはわたしじゃなくてセルシュなんだもん。
するとサイモンはその仔犬の様な人懐っこい笑顔を崩さないまま、可愛らしくわたしの顔を覗きこんだ。ただその目はやっぱり笑ってはいない。
「ふぅん……それじゃどうやってランディスに取り入ったの?」
「別に取り入ったりはしてませんが……」
「本当に?」
最初から納得していないらしいサイモンはわたしにぐいぐいと詰め寄ってくる。可愛らしく首を傾げてるサイモンからは、あのゲームの可愛らしさなんて欠片も感じない。
サイモンからしたらわたしが友達としてランディスに相応しいのか確認したいのだろうとは思うけど、何て言うか……子供にしてはやり方えげつない。逃げ場を作らずに相手にボロを出させようとしているこのやり方は大人でもきっと嫌だろうな、なんて明後日の方で思っていた。
イメージしていた彼とは全く違うサイモンにわたしは圧されてしまって何も答えられなかった。
特にボロはないけれど、師匠になった経緯は……まぁ成りゆきな訳だし、特にランディスに取り入ろうとしてもいないし。
良くも悪くも本当に何もしていないのでサイモンの質問には答えが出せないんだよなぁ。
そろそろ解放して欲しいけど、サイモンが納得してくれない限りそれは無理な話な訳で。ただただ居心地が悪くなるのを、受け入れるしかなかった。
「あのー」
わたしがサイモンに詰め寄られ困っているところにランディスがふわりと声を掛けてきた。
「そういえば私、貴方のお名前聞いてませんでしたよね」
「え?」
助け船を出してくれたのかと思ったらいつものランディスだった。今それ聞くのかい!
わたし達はランディスの、何の衒いもない間の抜けた質問に呆気に取られて同時に声を出してしまった。
「ぷっ!あははっ!」
ランディスの質問に、わたしと同じ様に固まっていたサイモンは急に吹き出して大笑いをした。
「そうだった、まだ名乗ってなかったね。ランディス、僕はサイモンって言うんだよ。よろしくね」
「サイモン様ですか。素敵なお名前ですね」
「ふふっ、ありがとう」
ランディスに褒められてサイモンは一転、愛らしい本当の笑顔になって素直にランディスの言葉を受け入れた。
そのお陰で緊張していた空気が一瞬で和やかなものに変わる。先程の冷えた視線がなくなってわたしも少し緊張が解けた。
「あのですね、サイモン様。このクルーディス師匠は思慮深くて優しくてとても素晴らしい方なので、私の人生の師匠として私が勝手にお世話になってるのです。だから取り入ったとかそういう事ではないんですよ」
「ふーん、そうなの」
「はい。だから私は大事に想っているお二人が仲良くしてくれたら嬉しいです」
「……ランディスがそう言うならそうするよ」
「ありがとうございます」
小さくため息をつきながらも、サイモンはランディスの言葉を真摯に受け止め、ランディスはそれを素直に喜んだ。
結果的に助け船を出してくれたランディスにわたしは驚いてしまった。これが計算なら本当に凄いんだけど!そしてそれを認めたサイモンの素直さにも驚いてしまう。
何をしたらランディスはサイモンにここまで慕われるのだろう。新たな疑問が生まれてしまった気がする……。
サイモンはランディスの言葉に頷くとわたしの方に向き直った。
「君はランディスの友人として僕とも仲良くしてくれるの?」
「はい。勿論です」
サイモンの怪訝な表情にわたしは笑顔を向ける。害が無いなら特には問題無いもんね。すると漸くサイモンも笑顔になった。
「ふぅん、わかった」
サイモンはどうやら本気でランディスの事を気に入っているようだ。ランディスの言葉には素直に従う位大好きなのか。
ランディスがそれを望んでいるからわたしとも仲良くなろうとしてるのかな。何でそんなにランディスを丸ごとうけいれているのだろう。疑問は更に深くなってしまった。
まぁその疑問が解明されるかどうかは兎も角、わたしとしては仲良くなって結果的にアイラの事を守れたらいいなぁなんてズルい考えでサイモンに会いに来ているのだから偉そうな事なんて言えないし、その素直な二人の反応を考えたりもする訳で。
なんかわたしだけ打算的でごめんなさい。
「君は……クルーディスって言うの?」
「はい、そうです」
「……ああ、あの」
「『あの』?」
「……まぁいいや。ここでは『立場とか一切抜きにして』仲良くしてくれればいいよ」
一瞬だけ先程の冷たい視線をこちらに向けたサイモンは、すぐまたゲームで見た様な愛らしい笑顔になった。その話をこれ以上掘り下げるつもりが無いのかサイモンは、一人で何かを納得して飲み込んだみたいだった。
『あの』って何?またあのリストの名前を見たとか?
でもサイモンがその話を掘り下げないのでわたしも気にするのはやめた。
もしかしたらサイモンはそういう事に余り興味が無いんじゃないのかな。名前しか言わないのはあまり爵位や立場に囚われたくない為かもしれない。だから色んな意味で自由なランディスが好きなのかもしれないな、なんて漠然と考えた。
今少し話しただけでもサイモンは猜疑心が強そうな感じがした。もしかしたら今まで爵位や立場が彼を苦しめた事があったのだろうか。
でもその理由まではわたしは知らなくていい。わたしにとっては目の前のサイモンが答えになるのだから。
「わかりました。サイモン様」
わたしはサイモンにそう言って微笑んだ。
「うーん……そうだ、ランディスもクルーディスもお互い『様』は止めようか。うん、それがいい」
「えっ!?」
「そっ、そんな畏れ多いですよ!」
これにはわたしだけでなくランディスも驚いていた。ランディスも彼なりにサイモンが上の爵位の方だと思っていたのかもしれない。偉いよランディス。
「へーきへーき。だってここは僕達だけだし。友達ってそーゆーものなんでしょ?」
さらりとそんな事を言われても、相手は五大公爵様のご子息なんだけど……。本当にそうしていいのかわからず困惑してしまう。わたしがそっと執事の方を見ると小さく笑顔で頷いた。あれ?執事さんもオッケーですか。
「わかりました、サイモン」
「はい、私も頑張ります!」
わたしが答えるとランディスもそれに倣い、サイモンはそれに満足気な笑みを浮かべ椅子に座った。
「ねぇ、僕早くランディスのフルートが聴きたいな」
「はいっ。では早速披露してよろしいですか」
「うんっ」
ランディスがフルートを準備する間も、サイモンはランディスに話し掛けながら期待の眼差しを向けている。
楽しみで仕方がないんだな。サイモンのそんな気持ちを受けてランディスも嬉しそうに準備をしている。二人が本当に楽しそうにしているので心の中でホッとした。
「では今日はサイモンのために吹かせていただきますね」
そう言うとランディスはフルートを吹き始めた。
外の木々のさわめきと風がフルートの音と相まってとても気持ちがいい。
ゆったりと、でも重くないその音色は先日聴いたものとはまた違うとても爽やかなものだった。先日の音が水なら今日は風を感じさせてくれる。
サイモンはフルートの音色に身を任せる様に気持ちよく空を仰いでいた。
わたしもサイモンと同じ様に空を仰ぐ。耳に流れるランディスの音が自然にわたしの身体の中に染み込んでくる。
やっぱり凄い。気持ちがいいな。こんなに素敵なランディスの音をこの空の下で感じる事が出来るなんてとても贅沢だ。
贅沢な時間の中で風の様なランディスの生み出す柔らかな音色をじっくりと堪能した。
読んでいただきましてありがとうございます。




