79・招待
ランディスのフルートの約束の日、わたしは付き添いとして一緒に『いこいの広場』に来ていた。
あの日、屋敷に戻り父上にこの話をすると
『ほぅ、面白い話だな。それならお前とそのランディスと二人だけで行ってみたらどうだ?』
と、ウキウキしながら送り出してくれた。
そんな訳でシュラフも今回はついてこないという、ちょっと心細い状況だった。
今日は一人でランディスをフォローして、相手を確認して、もしもそれがサイモンならば、アイラにとってどんな存在になるか人となりを見極めなければいけない。
……いい子でありますように、と願うばかりだわ。
「こちらの門の辺りで待つように言われたんですが……」
そう言ってランディスが向かったのはあまり人の出入りが少ない広場の外れにある門だった。
裏通りに面したこの辺りには出入りする人も道を通る人も見えない。
「本当にこっち?道もあまり人通りがない様だけど」
「はい、確かにそう言われました」
「そう……」
ランディスとわたしは待ち合わせの門の前に立ったが、お昼時だというのに周辺には全く人の気配がない。何故か警備員の姿も見えず少し気味が悪くなる。
本当にここなのかなぁ。ちょっと心配だけどランディスがそう言ってるんだから信じるしかない。
「クルーディス師匠、今日はわざわざ私のためにすいません」
ランディスはわたしの方に向き直り、丁寧に頭を下げた。
「いいんだよランディス。だってフルートを聴かせに行くだけでしょ?僕ももう一度聴きたかったし、ランディスの友達に会えるのも楽しみだしさ」
申し訳なさそうなランディスにわたしは問題ないと笑顔を向けた。
「ありがとうございます。私もそう言ってもらえるととても嬉しいです。あの方も喜んでくれるといいんですが」
ランディスは素直にわたしの言葉を受け止めて喜んでくれる。その素直さがわたし的にはちょっと心配なんだけどね。今日は名前も知らない『あの方』に会いに来てるし。
話を聞いて、もしかしたら相手は敢えて名乗らなかったのでは、と悪い考えまで浮かんでしまう。それなのにランディスは相手が誰であれ自分のフルートを聴いてもらえるのがとても嬉しそうだし……。
ねぇランディスくん、もうちょっと危機感持とうよ。
「あ、もしかしてあの馬車でしょうか?」
こちらに向かってくる馬車をランディスが指差した。でもそれは量産型の、町で一般的に使われているよくある辻馬車のものだった。
「ちょっとランディス、あれって町中をよく走っている馬車の造りのものだよ。違うんじゃない?」
「へえ、そうなんですか。やっぱり博識ですね師匠は」
いやいや、そういう事じゃないからね!
あのパーティーに参加していた子は皆貴族なんだし、それがこんな馬車使う事はないからね?もしもあれがその貴族のものならば何かおかしいでしょ。
しかしその馬車はわたし達の前で停まり、中からは品の良さそうな執事らしいお爺さんが出てきた。
……やっぱりこの馬車なんだ。『敢えて名乗らなかった』って線が濃厚だよねこれ。
「大変お待たせして申し訳ありませんでした。ランディス様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「そちらの方は……?」
「はい。私を心配して付き添ってくれる私の師匠です!」
ちょっと……その紹介はどうなの?ランディスはわたしの気も知らずに満面の笑みでそのお爺さんにはきはきと答えた。
わたしの心配をよそにその執事らしきお爺さんは、そんな紹介も気にならないのかランディスににっこりと笑顔を向けた。
「ランディス様のご友人でしたらそちらの方も是非ご一緒にいらして下さいませ」
「えっ!?」
そんなに簡単に同行出来るとは思っていなかったので、わたしの方が逆にたじろいでしまった。
「あ、あの……よろしいのですか?」
「はい、主はランディス様にお会いするのをとても楽しみにしております。その方のご友人であれば同じく歓迎されると思いますよ」
わたしの心配をこの執事は一蹴し、馬車の扉を開けた。そのままわたしは無事ランディスと一緒に馬車に乗る事が出来た。
普通にここで断られるんじゃないかと思っていたけれど、執事の了解を得た事で目的は果たせそうだ。
馬車の中で執事は自分の主がどれだけランディスのフルートを楽しみにしているか話してくれて、ランディスは自分もとても楽しみだと答えていた。
だけどとうとう馬車が停まるまで執事から主の名前は出てこなかった。
馬車から降りたわたし達は今どこにいるのか全くわからない。
とても広い庭らしいけれど、周りを木に囲まれていて町はおろかここの敷地にあるだろうお屋敷すら見えなかった。
その庭の中央にはガーデン仕様のテーブルと椅子があるばかりでそれが余計に心許なさを感じさせた。
流石にランディスも心配になった様で辺りをきょろきょろと見回している。わたしも気にはなっているけど、今日はあくまでもランディスの付き添いなので自分からは何も言えなかった。
「あのー、ここはどこですか?」
「はい、ここは主の屋敷のひとつになります。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
ランディスの質問に執事はすぐさま答えてくれるが、やっぱり肝心な事は何一つ言わない。ここまでくるとやっぱり敢えて隠しているんだろうって思ってしまう。
ただ目的がわからないからそれに乗っかっていいのかわからずわたしは執事を注意深く見ていた。
執事はそれに気付いても、ただ笑みを浮かべただけだった。
「お掛けになって暫くお待ち下さい」
仕方なく言われた通り腰掛けると何処からか侍女が数人、ワゴンにお茶とお菓子を乗せて現れた。手際よくそれを並べると彼女達はまたどこかへ去っていく。
「どうぞお召し上がり下さいませ」
「うわぁ、美味しそうですね。ありがとうございます」
美味しそうなお茶とお菓子を前にしてランディスは素直に喜んでいたが、わたしはただ頷くしか出来なかった。判断材料の全くないこの状況に、何の裏があるのか益々気になってしまう。
しかしランディスはこんな訝しい状況でも通常営業でやっぱり楽しそうだ。もしかしてわたしがただの怖がりなのかもしれないと思わせる程全く動じていない。
ランディスって実は大物なのかなぁ?
「お二方、主が参りました」
執事の言葉にわたし達は立ちあがり執事の示す方を見た。
そちらからやって来たのは金髪の笑顔の可愛いらしい仔犬の様な男の子。
ああ、やっぱり。
『サイモン・ナリタリア』だ。
何故彼は名乗らないのだろう。不思議に思いながらも会釈をする。
しかしそんなわたしに気付いていないサイモンはランディス目掛けて走り寄り抱きついた。
「来てくれたんだねランディス!僕すっごく楽しみにしてたんだよ!」
「ご招待ありがとうございます。私もとても嬉しいです」
二人は本当に嬉しそうに微笑みあって挨拶をしている。
あれ?これもしかして本当にただの仲良しさんなの?今のサイモンの顔は嘘偽りなく喜びいっぱいだ。本当にそれだけなら心配ないんだけど……。
「お坊っちゃま、本日はランディス様のご友人もいらっしゃっておりますよ」
執事がサイモンにわたしの事を紹介すると、サイモンはその時初めてわたしの存在に気付いたようだった。
「……友人?」
「はい、今日はご一緒にいらして下さったのですよ」
「あ、そ」
「この方はわたしの人生の師匠なんですよ」
全くわたしに興味が無いサイモンに対し、ランディスは相変わらずその空気を読まずとても嬉しそうにわたしを紹介した。
「僕は別にランディスだけで良かったのに」
ちょっと頬をふくらませ、拗ねてそう言うサイモンは何だか子供らしくて可愛かった。その姿はゲームの彼と同じ、可愛い甘えん坊にみえる。
なんか邪魔してごめんなさい、と言いたくなりそうな程可愛らしい男の子だなぁ。
「私の事をいつも心配して叱ってくださるとても素晴らしい方なんです」
拗ねたサイモンを全く気にしないランディスもどうなんだろう。何だかサイモンが少し可哀想になってくる。
ランディス、もう少しサイモンの事気遣ってあげてよ。そんなにわたしの事を話題にするとサイモンも気分良くはないじゃない?わたしは顔には出さず、心の中でそう呟いた。
「ランディス、師匠って何?」
「師匠は素晴らしい方なので私がそう呼ばせていただいてるんです」
「へぇ……そうなの」
ランディスの言葉にサイモンはわたしを睨む様に一瞥した。
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