78・知らない人
本当に凄かった。
初めて知ったランディスの一面は予想もしていなかった繊細さを持って、わたしを幸せな気持ちにしてくれた。
こういうのをもっとアピール出来たらランディスの評議会の評価もまた違った形に変わるんじゃないだろうか。
「まぁそこはおいといて。お兄様は誰かに今度フルートを聴かせてって言われてるんだよね?知らない人にまでそんな事言われるなんて凄いと思うよ。そこは自慢してもいいとこだよ」
音楽の知識を持っていないわたしでももう一度聴きたいのだから、知識がある人なら尚更聴きたくなりそうだ。
「へぇ。凄いんだねランディスは」
「是非と言われたので今度聴いていただくんです」
素直に嬉しそうに頭をかくランディスをわたしはちょっと見直した。その人とどういう接点なのかわからないが、『是非』と言われる程の評価をされているランディスが凄いと素直に思った。
「でも何で知らない人?どこでそんな話になったの?」
するとランディスは少し照れながら笑顔になった。
「その方はこの間の王家のパーティーで知り合った方なんです。相手の方は私の事を知っていた様なんですが……話が盛り上がってしまってお名前を聞くのを忘れてしまったのです」
「……何それ」
ランディス……そこ、照れるところじゃないから!
なんだったらそこ一番大事だから!
上の身分の人だったらどーすんの!?
わたしは思わず頭を抱えてしまった。
ランディスはやっぱりランディスだった。迂闊さ健在じゃない。折角見直したのに。
ま、まぁ、その迂闊さは置いておいて。知らない人とそんなに盛り上がって話が出来るなんて一種の才能なんじゃないかな、うん。
「でもどうやってその知らない人にフルートを聴かせるの?」
「三日後に『いこいの広場』にその人が迎えに来て下さるそうです」
ランディスはわたしの疑問に素直に答えてくれたけど、余計に疑問が増えてしまった。
ほんとになんだそれは。
それじゃこの家に先触れもないって事?会うまでは誰かわからないじゃないのよ。
ん?もしくは敢えてわからない様にしてるとか?情報が無さすぎてさっぱりわかんない。
「ねぇクルーディス……お兄様がその人にフルート聴かせに行く時に一緒についてってもらう事出来ないかな?」
「はぁ?」
急にアイラがとんでもない事言い出したので目が点になった。ちょっと、一体どういう事?
「何で僕が一緒に?」
「だってほら、お兄様だけだとどうしても……色々心配だし……誰かわからないまま行ってそのまま誰か確認しないで帰ってきそうじゃない?」
うーん、あり得そう……。否定出来ないのがランディスなんだよね。
「お願いクルーディス」
アイラは拝むような仕草でこちらを見つめた。
うっ、そんな上目使いのおねだりなんてあざとい事、いつ覚えたのよ。そんな事されたら断れないじゃない。
「……わかったよ」
「ありがとう!本当に助かる!」
どうせわたしはアイラの頼みは断れないんだ。大きくため息を吐いて仕方なく承諾するとアイラはわたしの両手を握りぶんぶんと振った。
「私も師匠がついてきてくださるなら心強いです!ありがとうございます。」
ランディスも嬉しそうに深くお辞儀をした。君がしっかりしてたらこんな事にはならなかったんだけどね。
なんて思った所で仕方がない。あれよあれよという間にランディスと一緒にその人に会う事が決まってしまった。
コートナー兄妹は目の前でそれをとても喜んでいる。二人が仲良く嬉しそうなのはこっちも何だか嬉しくて、まぁいいかと前向きに考える事にした。
「良かったねお兄様!」
「うん、アイラもありがとう」
「それじゃその人に聴かせる為にもう少し練習しておいた方がいいんじゃない?」
「そうか、そうだね」
アイラに言われるままにランディスはそのまま練習を始めた。
フルートを吹き出すと、また先程までのランディスから一変する。もう周りが目に入っていないようだった。
「んじゃクルーディスはこっち」
そう言ってアイラはわたしの手を有無を言わさず掴み部屋を出た。
「えっ!?ちょっと……ランディスは?」
「お兄様はひとつに集中すると周りが見えなくなるから気にしなくていいよ」
何だかさっきからアイラの言動がおかしい。
普段のアイラならわざわざわたしに『ついていって』なんて言う事はないよね。ランディスが心配なのは事実だろうけど、それ以外に何か含みを感じるよ。
まるでアイラに誘導されているみたい。
もやもやしているうちに連れて来られたのはいつもお茶をしている応接室だった。
「ほんっとごめん!」
アイラは部屋に入るなり急にわたしに対して土下座する様な勢いで謝った。
やっぱり何かあるのか。先程と同じ拝む様な仕草だったけれど、今は先程のものとは違い真剣さがみえる。
「どうしたのアイラ。何を隠してるの?」
「うんまぁ……隠してるというか……気になっちゃったというか……」
もごもごと言い辛そうに口ごもるのもアイラらしくない。
「なに?ちゃんと教えて?」
「……もしかしたらお兄様の仲良くなったって人『サイモン・ナリタリア』かもしれない……」
「えっ!?」
『サイモン・ナリタリア』ってあれだよね。あのゲームの『攻略対象』。
急に出てきた名前にわたしは少し混乱した。
「えっと、何で急にサイモン?」
「モーリタスとヨーエンがパーティーの時に、お兄様がナリタリア家の子息らしい人と盛り上がってたって話をしててさ。もしかしたらそうなのかなって……」
「それがサイモンかもしれないって事?」
「ヨーエンしかその人を見てないからわかんないんだけど、可能性としては高いのかなって……」
サイモン・ナリタリアといえば公爵家の子息。しかも公爵家の中でも最上位の『五大公爵家』のひとつにあたる。
ゲームの中での彼は柔らかな金髪がとても良く似合う可愛い仔犬系のふわんとした男の子だった……よな、確か。あんまりこの子に興味が無かったからわたしの記憶もあやふやだ。サイモンルートは取り敢えずノルマ的に一度やったきりなんよね。
でもあやふやな記憶の中でも忘れられない、大事だけど嫌な事は覚えている。
「サイモンって……アイラを断罪しちゃう人だよね」
「……うん。そいつがヒロインとくっつくとアイラヴェントは剣で刺されて死んじゃうんだ……」
そう言ってアイラはとても苦しそうに俯いた。
わたしと違って死んだ時の記憶があるアイラは『死』への恐怖がとても深い。こればかりは代わってあげる事も出来ない。
俯いて少し震えているアイラをわたしはぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。僕がちゃんと守るから」
「……うん」
「ランディスと一緒に行って確認して来てあげるから安心して?」
「うん……ありがとう」
小さくなって泣きそうなアイラが少しでも安心出来る様に抱きしめたまま髪を優しく撫でる。
「わたし……大丈夫だから。だってクルーディスが守ってくれるんでしょ?」
そうやって無理に笑顔を作るアイラがとてもいとおしい。わたしはそっとアイラの頬にキスをした。
「この間のお返し」
そう言って笑うとアイラも顔は赤くしてちょっと拗ねた様な顔になる。
「……なんかズルい」
「わざとだもん」
腕の中で赤い顔をしたアイラをもう一度強く抱きしめた。この子を守るためならわたしは何でも出来そうな気がした。
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