77・得意
今日は久しぶりにコートナー邸に遊びに……いやいや、ランディスのお勉強がメインだったっけ。まぁどちらにしても久しぶりの訪問だった。
アイラヴェントとはお互いに告白しあってから初めて会うのでちょっと照れくさい気もするけど、会えるのはとても嬉しい。
馬車から降りると、ランディスとアイラヴェントが待ちきれなかったのか、外まで迎えに出てくれていた。
あ……そういえばランディスは大丈夫だろうか。
わたしとアイラのこの状況で、またもやテンション上がりまくったりとかしてないよね?もうあんなに疲れるのは嫌なんだけどな。
「お久しぶりですクルーディス師匠!」
「久しぶりランディス」
「ひ、久しぶりだね……クルーディス」
「う、うん。アイラ、久しぶり……」
少し恥ずかしそうなアイラが愛らしくて、ちゃんと自分を意識してくれているのが嬉しくて、つい顔がにやけてしまって口元を押さえてしまった。きっとわたしの顔はアイラと同じ様に赤くなっているだろう。
アイラと照れながら挨拶を交わしていると、ランディスが何か聞きたそうな顔をしてこちらを見ている事に気が付いた。
あ……。
前回のランディスの突撃訪問の時とは違って、わたしとアイラは両思いって事な訳で……今ならあの訪問だって納得して受け入れなきゃいけない状況なんだった。
もしもランディスに今あのテンションで来られたら何を聞かれてもちゃんと答えなければいけない。
うーん……やっぱりアイラとの事色々聞かれるかな。あの時の勢いを思い出すとちょっと緊張してしまう。
「あの師匠?今日はセルシュ師匠はいらっしゃらないのですか?」
「え?……あ、うん。セルシュはちょっと忙しいみたいだから今日は僕だけなんだ」
セルシュはツィードの話をしに来て以来、まだうちに顔を出していなかった。セルシュの事だからきっとロンディール様に随行して勉強中か、王子のお世話をしているんだろうけど。
「そうですか……では、今日は剣の稽古は出来ませんね」
セルシュが来ないので素直に残念そうなランディスに、身構えていたわたしは反応出来なかった。
……あれー?
ランディスってばとっっってもまともなんですけど?
きっとこの間の様に大騒ぎだと思っていたから、今のランディスの態度に拍子抜けしてしまった。
おかしいな、とアイラの方を見るとそっと視線を反らされた。
……アイラはまだランディスに話をしてないらしい。
まぁランディス相手じゃ伝えるのは勇気と気力と体力フル装備じゃないと勢いに負けちゃうもんね。あれは一度体験すると堪えるしなぁ。そう考えると納得ですよ。
「そうだね。今日は三人でゆっくり話でもしようか」
「はい!……あ、そうだ!折角なのでちょっと支度して来ますね!」
何だかよくわからないけど何かの支度があるらしいランディスは慌ただしく先に屋敷の中に消えていった。侍女であるレイラは慌てる風でもなくランディスの後を追い屋敷の中に戻って行った。ランディスの行動が突発的なものだったのか、わたしだけでなくアイラもそれを呆然と見送っていた。
「……支度って何だろ?」
「アイラがわからないなら僕にもさっぱりだ」
二人して首を傾げる事しか出来なかった。
「そう言えば、まだ言ってないんだよね?」
さらっと確認してみると、アイラは難しい顔をしてこちらを見た。
「うっ……だっ、だってこの間の事があるからさぁ。ちょっと怖くて言えなかった……」
「あぁ、そうだよね……」
初めて会った時のテンションMAXのランディスを思い出してゲンナリしてしまった。
「まぁ、聞かれたら答える位でいいんじゃないかな」
「そんなんでいいの?」
アイラはわたしの言葉に驚いて顔を上げた。
「だってレイラは知ってるんでしょ?」
「何でわかるの!?」
「だって、レイラって鋭そうだし」
そう言うとアイラははぁとため息を吐いた。
「そうなんだよね……あの日帰ったら速攻で問い詰められたもん」
「僕もシュラフにすぐつっこまれた」
すると、アイラはぷっと吹き出した。
「お互い優秀な側仕えがいるって事だね」
「時々優秀過ぎて困るよ」
「確かに!」
ため息を吐いてポロっと出てしまったわたしの言葉にアイラは同意して笑った。
「それはまた機会があったらと言う事で。取り敢えずランディスの所に行こうか」
アイラの手にするりと自分の指を絡めるとアイラは驚いて一瞬固まった。
「う、うん……」
アイラは俯いてしまったけれど耳まで真っ赤になっていて、照れているのがわかった。
ふふっ、この間と逆だね。
恥じらうアイラもとても可愛らしいな。この子がわたしを好きだと言ってくれた事が本当に嬉しかった。
ランディスの用意した部屋にレイラに促されて入ると、満面の笑みでランディスが出迎えてくれた。
初めて入ったこの部屋はテラスの様な開放的な造りで中庭がよく見える。部屋の中には可愛らしいテーブルとソファーがあり、その奥にはピアノが置いてあった。
ここは誰かの演奏を聴きながらお茶が出来る部屋なのかな?なんてぼんやり想像していたらランディスに促されたのでアイラとそのソファーに座った。するとランディスはテーブルの上に置いてあったケースをいそいそと開いた。
「ランディス……それは?」
「フルートです」
うん、それは見たらわかるよ。何でこれがここにあるのか聞きたかったんだけどな。それを見ていたアイラが何故かそわそわとしている。
「あのね、クルーディス!お兄様はこれだけは結構得意なんだ。家庭教師のお墨付きなんだよ!聴いたらマジで驚くから!」
何故かアイラが少し興奮気味にそう教えてくれた。よっぽど自信があるのか何だか鼻息が荒い気がする。
「アイラ、これだけって酷くないかい?」
赤くなって照れたように笑っているランディスの顔は、それでも少し自信がある様に見えた。ランディスのそんな顔を見たのは初めてかもしれない。
「へえ、ランディスにそんな特技があるなんて知らなかったよ」
「今日はいつもお世話になっている師匠に是非聴いていただきたいと、さっき思い立ったんです」
やっぱり急に考えた事だったんだ。それにしてもこれは予想もしていなかった。ランディスが得意だと言うフルートがどんなものなのか素直にワクワクしてしまう。
「ありがとう。楽しみだな」
わたしとアイラが座っているソファーから、フルートを持ったランディスは少し離れて窓の前に立った。
「では、拙いですがお聴き下さい」
そう言ってランディスはフルートを口元へと寄せた。
ランディスは部屋いっぱいにフルートの音色を響かせた。
ランディスのフルートはその曲自体も素敵なのだろうけど、その音の中に更に優しさと愛情を織り交ぜているようで、その音色はとても心地好く聴き惚れてしまう。まるで澄んだ水の様にわたしの身体の中に染み込んでくる様だった。
横に座っているアイラも目を閉じてランディスの紡ぐ音楽を聴いている。
なんて贅沢な時間だろう。
あまり音楽を聴く事なんてなかったけどランディスの音はいつまでも聴いていたい程素晴らしいと思った。
曲が終わった後もとても心地好い余韻がありずっとこのまま動きたくなくなってしまう程だった。
「師匠、どうでしたか?」
「えっ!?」
余韻に浸っていたわたしはランディスの声に驚いてしまい思わず大声をあげてしまった。
「どうって……」
どうもなにも凄すぎて言葉にならない。いつものランディスと、このランディスは別人なのではと思わせる位とても素晴らしいものだった。まるでプロの演奏家みたいだよランディス。
「……お耳汚しですいません」
わたしが言葉を出せずにいると、わたしが喜んでいないと勘違いしてしまったのか少し残念そうに俯いた。
「いやっ、違う違うっ!お耳汚しなんかじゃないよランディス!こんなに上手なんて知らなかった!素晴らしかったよ!びっくりして言葉も出なかったんだ!」
「……本当ですか?」
「本当だよ!」
わたしが慌ててそれを否定するとランディスはホッとして笑顔になった。
「フルートは小さい時に父上から教えてもらって以来ずっと続けているんです」
「へぇ、そうなんだ」
「ね?凄かったでしょ?」
何故かアイラの方がランディスよりも誇らしげだ。やっぱり身内のいい所を見てもらう事は嬉しい事なんだろう。
「うん。本当に素晴らしかった。ありがとうランディス」
「こちらこそありがとうございます師匠!」
「お兄様はほんとにフルートに関してだけは誰にも負けない位上手なんだよ!」
アイラの褒め言葉にランディスは少し困った様な顔になった。
「だからさ、どうしてアイラは『だけ』を強調するんだろうね」
「そんな小さな事気にしちゃダメだよお兄様!褒めてる事には変わりないんだから!」
「そっか、そうだね」
二人のやり取りが面白くてつい笑ってしまった。ランディスはアイラに丸め込まれて素直にその言葉に頷いている。
ランディスが素直過ぎて師匠としては何だか将来が心配になってしまうよ。
読んでいただきましてありがとうございます。
新しい年号になりました。
皆様よいお年をお過ごし下さい。




