75・言いたい事
わたしは目を閉じて一度大きく息を吸い、そのままゆっくりと息をはいて気持ちを落ち着けた。
「父上は今日会ったアイラヴェント・コートナー嬢をどう見ましたか」
わたしはしっかり父上を見据えてそう切り出した。
「ああ、あのお嬢さんか……そうだなぁ、令嬢としては未熟ではあるけど一生懸命頑張っているという印象だな」
「では特には……」
「別にないなぁ。だってリーンフェルトの方が愛らしくて聡明じゃないか。リーンフェルト以外の令嬢なんて特に興味もないな」
……はいはいわかりましたよ。
父上の親バカはブレないんですよね。父上の溢れんばかりの子供への愛情はわかってますよ。……今はそんな話はしていないんだけどなぁ。
わたしはアイラが令嬢としては底辺だと知っているから気にならないけど、第三者の目から見てどうなのか知りたかった。悪いところがあれば直せばいいし、褒められたら教えてあげたかった。
でも父上から見て特に問題はない……ならば。
「僕はそのアイラヴェント嬢の事を好ましく思っています」
「……それは将来を見据えた上でと言う事か」
「はい」
わたしがはっきりと肯定すると、父上は何やら考えこんだ。
「……もし俺がコートナー家と関わるなと言ったらどうする?」
「その時はその理由をお伺いして解決するために動いて父上を納得させてみせます」
「他の貴族にそれについて反対されたら?」
「エウレン侯爵家の子息として力をつけて納得させます」
「ではルー王子が反対をしたら?」
「先に国王様を納得させて、王子に納得してもらいます」
「ではセルシュだったら?」
「する訳がありません」
「何故だ?」
「僕が僕でセルシュがセルシュだからです」
「ふぅん……」
父上は次々と否定の話をしてきた。これはわたしの気持ちの確認と、これからあり得る障害を教えてくれているのだろう。
わたしはアイラとずっと一緒にいたかった。ゲームの様にならないために、アイラがアイラである限り守ってあげたいという決意がある。アイラの側にいてアイラを自分からも他の攻略対象からも断罪されない様に守りたかった。これだけは例え父上が相手でも譲れない。
「わかった」
父上は表情を面に出さずひと言そう言った。
「お前がそう考えているならば一度クライアスと話をしてみようか」
その表情のまま父上がそう言うものだから少し不安になった。父上は賛成なのだろうか。それとも……反対なのだろうか。
「あの……父上は僕のこの話をどう思っていますか?」
「どう、とは?」
「父上は以前『気に入った令嬢を探せ』と言う様な事を仰ってましたが、僕はその相手がアイラヴェント嬢がいいと思っています。父上の立場でその選択に対する意見があるなら教えていただきたいです」
「意見?」
「例えば他に薦めたかった令嬢がいたとか、貴族同士のしがらみで問題があるとか」
一応父上がその件に関して何か思惑があるのならば知りたいなと思った。もし何かあるのなら父上の意見に逆らうのと同じ事だ。侯爵家の子息としては当主に従う方がいい。でもわたしとしては内容次第で対応も変わってくる。
「ではお前は俺がその意見を言ったとして、素直にそれに従う気はあるのか?」
「いいえ全く」
わたしはにっこりと父上に微笑んだ。もし何かあるならわたしはその要素を全て消して心おきなくアイラと一緒にいたいと思った。
「意見を聞いた上で、僕の選択を納得させる方向に持っていくつもりですから」
わたしは笑顔のまま父上を見詰めた。父上は深く冷たい視線をこちらに向けているが負ける訳にはいかない。試されている気がしてわたしも父上から視線を離さなかった。
「懐かしいな」
「懐かしい?」
急に父上は表情を和らげ微笑んだ。
「俺も昔サフィと出会った時に同じ様な事を父親に言ったのさ」
「お祖父様に?」
「ああ」
父上は本当に楽しそうにわたしを見つめる。父上と同じ事をしてるとは思わなかったわたしは驚いた。
わたしはこういうところが父上に似ているのか。自分では余り父上に似ていないと思っていたからそんな話は予想外だった。
アイラが似ていると言っていたのはこういうところなのかもしれないな、なんて事をぼんやりと思った。
「引きこもっていたお前が外に出る様になったのはその令嬢のおかげなんだろう?」
「まぁそうですね」
「あのお嬢さんが以前言っていた『我が儘な子』なのかい?」
我が儘?アイラが?あんなに素直な子はそうそういないと思うけど。わたしはきょとんとして首を傾げた。
「ほら、前にお前が『我が儘な子になる原因は何か』と聞いてきた事があったじゃないか」
あっ!思い出した!そうだ、前世の記憶が出てきた時に例え話として父上と母上に聞いたっけ。その時はどこかの令嬢の事だろうと勘繰られたんだっけ。そうか厳密には違うけどあの時の話としてはそれで間違ってないのだ。
よく覚えてたなこんな話。言った本人は綺麗さっぱり忘れてましたよ。
「……あれは本当に町で聞いた話です。アイラヴェント嬢は本当に素直ないい子だと思いますよ」
わたしはそこはきちんと訂正をする。その時のわたしの勝手な思い込みでアイラを貶める訳にはいかない。本人は全く違うんだから。
「おっ?早速惚気話かい?」
「惚気って……これは感想ですから」
「ふぅん。ではそのアイラヴェント嬢はどんなお嬢さんなんだ?」
「そうですね。彼女は素直で優しくて、思慮深いと思います」
それでいて明るくて元気で男の子らしくて剣術をやりたがったりして、令嬢としては余りそれらしくはないけれど本当に可愛い子なんですよ。
なんて、それこそ惚気みたいな話は心の中に留めておいた。
「それじゃリーンフェルトみたいなお嬢さんって事か?」
「……全く違うと思いますが」
「えー……」
えーはこっちだよ。そこで親バカは出さなくていいんですよ。
「だってそんなに素晴らしい令嬢だったらまずリーンフェルトを思い付くじゃないか」
もうわかりましたよ。父上にとって一番可愛い令嬢ですよねリーンフェルトは。
その後は何故かリーンフェルトが母上に似て、どれだけ令嬢として素晴らしいのかと熱く語る父上の話に付き合わされるというハメになった。
わたしの話何処いった……。
結局話が脱線した事でわたしの気持ちを父上が認めてくれたのかどうかはわからないままだ。わからないけれど、今は父上に伝えた事を良しとするしかない。
何だか有耶無耶にされた感が強いけど、父上ならきっと駄目な場合は理由と共に伝えてくれるだろう。受け身は好きではないけれど父上が決めた事を伝えてくれるまでは待つしかないか。
読んでいただきましてありがとうございます。




