70・ご褒美(アイラヴェント視点10)
クルーディスにいちゃもんをつけていたのはやっぱりヒューレット・ポートラークだった。
眼鏡をかけ、長めの前髪を下ろしているこの顔立ちはあのゲームのヒューレットのままだった。冷静沈着なイメージだったのに本人は激昂型だったんだなぁ。
しかも今は王子と一緒に女の子達に笑顔を振り撒く練習とかしてるし……。
この二人は何やってんだ。
ゲームじゃもっとこう……凛としてて、普段からさりげなく笑顔だったりして、周りがきゃーきゃーと勝手に取り囲んでいたんじゃなかったっけ?こんな軟派な感じできゃーきゃー言わす側では決してなかった筈だけど……。ちょっとさぁ、おかしくね?
しかもそれに対して何でリーンフェルト様と俺が指導しなきゃいけない事になってんのさ……。もっとおかしくね?
ヒューレットは笑顔を作るのがとても上手い。
流石『攻略対象』なだけあって、綺麗めな彼の笑顔に周りの令嬢達はきゃあきゃあと嬉しそうだ。ゲームの寡黙な彼とは真逆な気がする……。
そんなんで大丈夫?そんなに楽しそうだと何だか将来が心配になっちゃうよ。
でも。
「クルーディス殿が教えてくれたお陰だ」
本人がとても嬉しそうに何度もそう言うから、その度に俺はムカムカしてしまう。
王子は逆に令嬢達に笑顔を作るのが苦手だと言った。
笑顔を作ろうとすると何故か顔がひきつってしまい、凄く残念な表情になった。
普通に話してると、気さくだし結構笑顔なんだけどなぁ。あのゲームでは、いつだって誰にでもきらきら笑顔で、周りが皆ぽーっと顔を赤くしていたのに。
この王子とはやっぱり何かが違う気がする。
王子は何度も笑顔を作ろうと頑張っているのにやっぱり上手くいかなくて。最後にはとうとうため息をついて俯いてしまった。
「お、王子様?ほら、頑張り過ぎると訳わかんなくなっちゃうし休みましょ?」
何か疲れきった王子が可哀想になってきて、俺は慌てて飲み物を取りに行った。
飲み物を持って戻って来ると、王子とリーンフェルト様が真面目な顔をして話をしていた。
「私に寄って来る令嬢達は皆私に用がある訳ではないからな」
「お立場上仕方のない事では?」
「まぁそうなんだけどな……」
王子はリーンフェルト様の素っ気ない言葉に疲れた様にそう呟いた。どういう事だろう。俺にはよくわからなかった。
俺が首を傾げると王子は俺から飲み物を受け取って俺達に笑顔を向けた。
「リーンフェルトとアイラヴェントはそのままでいたらいい」
……ん?俺も一応令嬢だよね?王子、今普通に笑顔出来てるよ?あれ?俺は令嬢の枠に入ってないのかな。いや、リーンフェルト様は立派なご令嬢だし!
うーん……やっぱり俺には王子の言いたい事がよくわからない。
「それでも私は何とか笑顔を作らねばならんのだ」
「そうですわね。それがお仕事ですものね」
「わかってはいるのだがな……」
王子は本当に困っているらしくまた少し俯いてしまった。
よくわかんないけど嫌な事もやらなきゃいけないのはキツいよな。俺にも嫌な事、出来ない事があるからその気持ちはわかる気がした。
「では、頑張って上手く笑顔を作れた時には頑張った自分にご褒美をあげてみてはどうですか?」
俺が昔辛い時にレイラに教えてもらった『自分にご褒美』作戦の話をすると王子は面白いと感心してくれた。
「ご褒美か……お前は面白い事を考えるな」
「い、いやあの……わたしじゃなくて侍女に教えてもらって……」
「ほぅ、いい侍女に恵まれたな」
「はい!そうなんです!」
レイラを褒めてもらえた事が嬉しくて思い切り返事をすると、王子はぷぷっと吹き出した。
「そうか……では私もその侍女にあやかって何かご褒美を考えてみようか」
王子はそう言いながら、何故か笑いを堪えていた。俺、変な事言ったかなぁ。
それにしても……王子なんて欲しいものは何でも手に入りそうだけど、改めて欲しいものなんてあるのだろうか。でも、まぁ本人が楽しそうだからいいのかもしれない。
レイラは俺が外に出なきゃいけない時にはよくそう言って宥めてくれていた。
でも俺にはご褒美よりも『外』の恐怖の方が勝っていたから、あまりいい方法とは言えなかったけれど。
それでも今日みたいにどうしても出掛けなきゃいけない時には馬車の中で目を閉じてその言葉を呪文の様に何度も心で繰り返した。その言葉が、というよりはレイラが俺の事を心配してくれている気持ちが俺にとっては嬉しかったし、ありがたかった。
俺はあの悪役令嬢のアイラヴェントだけど、俺こそあの自信家の彼女と比べると全くと言っていい程真逆な気がする。俺にもう少し自信がつけば、普通に『外』も歩けるのかもしれない。
クルーディスもやっぱりゲームとは違う。こっちのクルーディスは時々凄く面倒くさがるし、ちゃっかりしてるし、ちょっと柔らかい感じがする。俺にはそれがとても心地よい。クルーディスが今のクルーディスでいてくれて本当に嬉しい。
俺達だけじゃなくて他の『攻略対象』もやっぱりそれぞれゲームとは違う性格だ。
でも、ゲームとイメージが違えば違う程、俺にとっては安心できる。ゲームの通りにならない気がしてほっとする。
それなのに俺がクルーディスの事が好きになってしまったのはゲームと同じなのではないのだろうか。
ゲームでは数年後、クルーディスを取られない様にヒロインを貶めたり苦しめたりするアイラヴェント。でも俺はそんな事はしたくないし、人としてしちゃいけないとわかってる。俺は元々男だったから余計に女の子を傷付けるなんて事は本能的に嫌だった。
この世界で令嬢として生きている自分には何が正しくて何が悪いのかわからない。ゲームと違い選択肢は出てこない。それでも俺やクルーディスはこの世界で大人になっていく。
大人になった時、クルーディスと二人で笑い合えたら最高なんだけどな。
今の俺のささやかな願いが叶うといいなと思った。
パーティーもそろそろ終わりに近づいて来た頃、俺はリーンフェルト様に話があると皆と離れたところに連れていかれた。
「アイラヴェント様、今日はお兄様とお帰り下さいね」
「え?」
「お兄様の言い訳、ちゃんと聞いてあげて下さいね」
「うっ!」
あのナンパの言い訳だよね。
思い出したらまたむかむかしてくる。
でもクルーディスは面倒くさがりだから自分はしないつもりだったのかもしれない。とは言えヒューレットにレクチャーしていたのがクルーディス本人だったから、俺の怒りの収まりどころがなくて、ずっともやもやしたままだ。
「頑張って下さいね」
にっこりと微笑むリーンフェルト様に何か含みがある気もするけど、まずはクルーディスにその言い訳とやらを聞かなきゃいけないな。
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