7・予期せぬ
セルシュが言っていたパーティーが始まった。
今日は宮廷でも実力のあるタランド公爵様のパーティーだ。
このタランド公爵様は公爵連の中でもトップの実力者で他の公爵達を束ねている立場らしい。うちの父上は仕事柄宮廷での知り合いも多く、その中でもタランド公爵様は父の事を目に掛けてくれている方だそうだ。
今日挨拶を交わした方々に父が『王にも覚えめでたきエウレン侯爵』と称えられていたのにはびっくりした。わたしの記憶が無かった頃はあまり父の仕事に興味がなく、また知ろうともしなかった事に後悔の念がよぎる。こんな一番大事な情報を綺麗さっぱりスルーしていたとは!
しかしわたしはこの世界ではまだ10歳。これから頑張って父上を支えられる様な力をつけなければいけないんだなと少しだけ気持ちを改めた。
主催者の公爵様へ挨拶をした時の公爵様の大きな存在感には驚いた。威厳もあるし優しさも兼ね備えていて、きっと懐も広い方なんだろうと思わせるオーラを纏っていた。その驚きを表に出さない様にわたしは父に倣って挨拶をした。
「そちらがエウレンの子息か。話は聞いてるぞ。中々の大物らしいではないか」
「勿体無い御言葉です。まだまだ若輩者の愚息にその様な過分な評価をいただきましてこちらとしても恐縮するばかりです」
「そなたは相変わらずだのう。もう少し褒めてもよかろうに」
「いえ、まだ知識も経験もない者を誉めて下さっている方々は未熟な我が息子にこれからの道を示して下さっているのでしょう。皆様方の温情に感謝の念が絶えません」
快闊に笑うタランド公爵様の言葉にびっくりしたが、流石父上はそつのない返しをした。そうだよね、こういう時は乗っからずに引いておくのが一番だよね。今日は父上から色んな事を学べている気がする。
いつもはちょっとお調子者なのかと思わせる父上の、公的な場での在り方に感動と尊敬の念が起こる。将来父の様になりたいと思わせてくれるのには充分だった。
「相変わらず厳しい男よの。まぁよい。今日は皆で楽しく過ごすがよい」
「ありがとうございます」
わたしも父に倣いもう一度お辞儀をした。
「父様って凄いんですね。私びっくりしました」
これからまだ色んな方との挨拶がある両親と別れて、わたしと妹は食事をしようと移動をしてきた。
「そうだね。父上のイメージが家と全然違うからね」
兄妹揃って驚きを隠せなかった。それだけ父は中と外での切り替えが凄かったのだ。そんな父の姿をもっと知りたくなる。これからは少しずつでも父上の仕事について学ばなきゃいけないかな。
「お兄様、あちらにセルシュ様がいらっしゃいますわ!」
リーンフェルトは少し足を早めセルシュの方に向かう。
わたしになってから気がついたんだけど妹リーンフェルトはセルシュの事を好ましく思っているのよね。リーンてば可愛いなぁ。
「ごきげんようセルシュ様」
「よう、リーン久しぶり」
リーンはセルシュの爽やかスマイルに頬を赤くしている。それを微笑ましく見ながらゆっくりわたしは二人の元に向かう。セルシュの手元をみるとやっぱり皿の上は山盛りだった。
「またそんなに食べてんの」
「そうさ。公爵様の所は肉料理がお薦めだぞ。お前もいってみろ」
そんな満面の笑みで言われても……。セルシュはいつもお肉料理ばっかりじゃない。見てるだけで胸やけしそう。
「暫くリーンを頼むよ」
「なんだ、用事か?」
「そんなとこだよ」
笑顔でそれじゃあと逃げる様にその場を後にした。
リーンは喜んでいるみたいだし良しとしよう。大食漢のセルシュをそれはもう笑顔で見つめている妹はきっと気にしないだろう。
「あれ?」
はたとここで気付いたが、セルシュは確か誰かに紹介したいって話だったけど……。いいか、あの調子だと暫くは食べ物から離れないはず。満足する頃に戻ればいいや。
「ここ何処だろう?」
適当に歩いていたら誰もいない廊下に出てしまった。
流石公爵家という位の長い廊下は、周りの装飾も派手過ぎず地味すぎずセンスが良くて落ち着く感じがする。それなのに圧倒されるその雰囲気には思わずみとれてしまう程だ。あちこちの素敵な装飾を見ながらひとり歩いていると、横に伸びる通路から何か声が聞こえてきた。
「……クルーディスが……だし、どうしよう……」
ん?
邪魔しては申し訳ないと踵を返そうとした時、自分の名前が聞こえてきた。何だろうとそっと陰から覗いてみる。
そこにはどこかの令嬢とその侍女がいて、通路の隅でこそこそ話をしていた。
「だからまずいんだよ。クルーディスに会ったら一貫の終わりなんだってばっ!」
「お嬢様、仰有る事はわかりましたがせめて旦那様と一緒に公爵様にはご挨拶位なさった方がよろしいかと」
「だってだって……」
「お嬢様はお可愛らしいからエウレン侯爵家のご子息様に見初められる可能性がないとは言いませんが、中身がご令嬢らしくないのですからあちら様の方からお断りされる可能性の方が高いです」
「そうかなぁ。そうだといいな……」
話を聞くとこの令嬢はわたしと婚約するのが相当に嫌らしい。ここまであからさまに嫌われた事がないので軽くショックを受けてしまう。
しかし誰だろう?父上からはそんな話は全く聞いていないのだけれど……。
改めてご令嬢を見てみると、それは綺麗な栗色の波打った髪で、顔は目鼻立ちのはっきりした愛らしい印象を受ける。
……あ、わたしこの子知ってる。
でもわたしの知っているこの子はもう少しキツい表情だったなぁ。子供だからまだその辺は表に出ないのかしら?
「さあ、アイラヴェント様、そろそろ広間に戻りませんと旦那様がご心配なさりますわ」
「えー、嫌だなぁ。だって俺可愛いし、ヤバくね?」
「『わたくし』ですわ。お嬢様」
「あっ、ごめんレイラ。ほっ、ほら『わたくし』可愛いし、まんまと気に入られたら死亡フラグ立っちゃうかもじゃん」
「その『ふらぐ』とやらもお嬢様の中身を知ったら消えますから。ご安心なさって下さいませ」
侍女が笑顔でアイラヴェントの手を繋ぐかの様に掴みあげ、広間に戻ろうと引っ張ると令嬢は抵抗する。
「うわっ!待って待ってレイラっ!心の準備がっ……」
二人のやりとりはまだ続いているが、話を聞いてて色々引っ掛かる所があったのでちょっと整理してみようと思った。
アイラヴェントはクルーディスと婚約はしたくない。婚約すると『死亡フラグ』が立つかもしれない。ご令嬢なのにこの言葉遣いな上にとどめに自分を『俺』と言う。
これってもしかして……。ある考えに思い至り思わずぷっと吹き出してしまった。
「だっ誰!?」
その笑い声に気付いた二人はわたしがいる通路の方を見て緊張した。
こうなっては隠れているのも無駄なので二人の前に顔を出す事にした。
「ひっ!」
アイラヴェントは今一番会いたくないであろう人物を目の当たりにして、悪魔に会ったかの様な声をあげた。
がたがたと震え、侍女に支えてもらっている彼女を見て自分の考えが間違ってないのだろうと結論づけた。
そうだよね。自分を死に追いやる人物になるかもしれない人だもんね。その怯え具合が本当に可哀想になったのでわたしは彼女を落ち着かせるための言葉を探した。うーん、取り敢えず挨拶かなぁ?
「こんにちは、アイラヴェント嬢」
アイラヴェントはわたしが声を掛けただけで更に顔が青くなり、ふらっと身体が揺れた。わたしは慌ててアイラヴェントの身体を支える。
「ねぇ、あなたもあのゲームの記憶があるんでしょう?」
やっとタイトルに近づいて来ました。
読んでいただいてありがとうございます。