69・心配(アイラヴェント視点9)
広間は暫くはざわついていたけど、いつの間にか先程の騒ぎも無かったかのように落ち着いた。
それでもまだクルーディス達は戻ってこない。俺達はここで待つしかないんだとはわかってるけど……大丈夫かな。クルーディス達はいつ戻って来るだろう。きっと王子が何とかしてくれるんだとは思うけど……。
そんな事を考えていたらモーリタス達が先に戻ってきた。彼らは王子と一緒には行かなかったらしい。
「さっきは一体何があったの?」
「あの、兄は大丈夫でしたか?」
俺達は状況を少しでも知りたくて矢継ぎ早に質問をした。
「師匠達が俺達を『大事な友人』と言ってくれるなんて……」
「俺達を庇ってくれたぞ」
「そう思って下さってたとは思わなかったな」
ん?
どーした三人とも。さっきと明らかにテンションが変わってない?
三人は何故か感極まった感じで何だかとても嬉しそうだ。何でそんな反応なんだろう。俺とリーンフェルト様はそんな三人を見て余計に混乱した。
何でそんなに嬉しそうなんだ?揉めてたんじゃなかったの?
「えと、本当に何があったの?クルーディス達は大丈夫なの?」
「あ、ああごめん。嬉しくてつい感情が出てしまって……」
「先程の騒ぎはクルーディス師匠が宰相の息子とやらに言い掛かりをつけられていたんだ」
「あいつは俺達にまで喧嘩をふっかけてきたんで腹が立ったんだけど……」
「クルーディス師匠とセルシュ師匠が俺達の為に怒って下さったんだ」
「その騒ぎを王子が止めて、皆何処かへ連れて行かれたよ」
……んんっ?なんだそれ。
結局何があったのかはよくわからなかった。
何かいちゃもんをつけられて騒ぎになって、モーリタス達まで何か言われて、それにクルーディスとセルシュ様が怒って、それを王子が回収した……って事、だよね?
でもこれじゃざっくり過ぎて何だかよくわからない。
それにしても……。
『宰相の息子』って言ってたけど、それはやっぱりあの『ヒューレット』の事なのだろうか。横顔を見た限りではヒューレットっぽくは無かった気がするけど……。何でヒューレットがクルーディスにいちゃもんつけるんだろう。
今までクルーディスからヒューレットの話なんて聞いた事がなかった。二人にはどんな接点があるんだろう。後で教えてくれるだろうか。
何を思ったところで、今はここでクルーディスを待つ事しか出来ないんだな。
「リーンフェルト様、わたし達はデザートでも食べてクルーディス達を待ちましょうか?」
悩んだところでどうしようもない。クルーディス達が戻って来なければ何もわからないんだから。
「そうですわね。皆様、そうしましょうか」
「そうですね」
「わかりました」
「ではリーンフェルト嬢、何を食べますか?俺が持って来ますよ」
おっ!ダルトナムやる気だね。地道に努力するその姿に好感が持てるよ。リーンフェルト様がセルシュ様を好きなのは知ってるけど、俺はそれとは別の感情で頑張ってるダルトナムを応援したいと思った。
皆でデザートを食べながら話をしていてもやっぱりクルーディスが気になっている俺は、いつ戻ってくるのかと出ていった扉の方をちらちらと見ていた。
「アイラヴェント様、そんなに気になりますか?」
「えっ、あ……すいません」
こっそりと見ていたつもりだったのに……リーンフェルト様にはバレバレだったみたいだ。
「お兄様達は大丈夫ですよ」
「そ、そうですよね」
にっこりとそう言われ俺は俯いた。わかってはいるんだけどさ……気になるものは仕方がないじゃない。やっぱり心配しちゃうんだよ。
「ふふっ、やっぱりアイラヴェント様って可愛らしいですわね」
「は?」
突然そんな事を言われ驚いて顔を上げたら、リーンフェルト様は俺を見て微笑んでいた。
「お兄様が心配ってお顔に出てますもの」
「そうだな。アイラヴェントはすぐ顔に出るよな」
「俺達でも何を考えているかすぐわかる」
「特に師匠の事を考えている時はね」
「まぁ!やっぱり!そんな素直さがとても可愛らしいですわよね」
三人の言葉にリーンフェルト様は何故かとても喜んでいた。
リーンフェルト様に『可愛らしい』と言われても全然褒められてる気がしないんだけど……。すぐ顔に出るなんて何か令嬢としてはダメな気がする。
俺ってそんなにわかりやすいのか。とほ。
でもさ、大丈夫と言われてもやっぱり心配で。つい扉の方を見てしまうのは見逃して欲しい。
暫くしてクルーディス達はその扉から戻ってきた。
先程とは違い、なんだか和やかな雰囲気だった。彼らはさりげなく隅の方に陣取り、楽しそうに話をし始めた。
良かった。クルーディスも皆も笑顔だ。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「まぁ。仲直りした様ですわ」
「ああ、本当ですね」
「あれ?宰相の子息殿はさっきと随分雰囲気が違うな」
「アイラヴェント、師匠の所に行くなら俺達も一緒に行くぞ」
「……ううん、大丈夫」
なんだか皆で楽しそうにしているところに行くのは邪魔をしてしまう気がして、俺はその場を動かずにクルーディス達を見守っていた。
クルーディスとセルシュ様が何か話をすると二人はうんうんと頷いている。何か教えているのかな。王子ともう一人の少年はとても真剣に話を聞いている。
また弟子になっちゃったりするんじゃないの?二人とも。
……なんて事を思っていたらセルシュ様が何故か令嬢達に微笑みかけて喜ばれている。
ん?何してんだあれは。
よく見ているとクルーディスとセルシュ様はどうやらその宰相の息子にそれをレクチャーしている様だった。今度はその子息がセルシュ様と同じ様な事をして、周りの令嬢からきゃあきゃあ言われて楽しそうにしていた。
……あいつら何やってんだ。
こっちはこんなに心配してたのに。揃って今からナンパでもする気なのか!?人の気も知らないで楽しそうに!
……むかむかしてきた。腹が立つ!ほんとに何してんだよっ!
「ちょっ、どうした?アイラヴェント!?」
「ちょっと待って!」
「少し落ち着いて……って、こら!待て!」
「えっ?どうしました?アイラヴェント様!」
止めようとしてきた皆を押し退けて俺は真っ直ぐにクルーディスのところへ向かった。ひと言何か言わないと気が済まない!
「何をしてらっしゃるのです?クルーディス様」
俺がクルーディス達に冷たい笑顔で声をかけたら、クルーディス達は俺の声に驚いて振り向いた。
「さっきから見ていましたが皆様でナンパの練習ですか?」
俺は敢えて笑顔を作ってクルーディスを睨み付けた。
「こっちはずっと心配してたんですけど。戻ってきたら皆でナンパってどういう事なんですかね?」
俺があんなに心配してたのに、何で他の令嬢に愛想振り撒いたりしてんだよっ!クルーディスも一緒にやろうとしてたのか!?信じらんない!
色々な怒りで涙が出そうになったけど、拳を握りしめてそれは我慢した。
「ア、アイラ?あのねこれには色々と事情があってね……」
「セルシュ様もご一緒に楽しんでいましたね?」
「げ。お嬢マジで怒ってるじゃん……」
「王子は?国を担うお方まで一緒になって何をやってるんですか!」
「はっはい……すいません」
「貴方も!嫌な事ははっきりと断らないと!」
「ごっ、ごめんなさいっ」
どうしようもない怒りに俺は全員を説教してしまう。皆で楽しんでるんだから連帯責任だ!
「アイラ、ちゃんと説明したいんだけど後で聞いてくれるかな」
「は?言い訳ですか?」
「うん、言い訳。でもアイラにはちゃんと聞いて欲しい言い訳なんだ」
俺の怒りを宥めようとクルーディスは必死になっている。
あのさ、クルーディス。『言い訳』がしたいってなんなんだよ。言い訳する位ならしなきゃいいじゃん!
でもその言い方がクルーディスらしくって。悔しいけど少し怒りが治まってきた。本当にちゃんと俺に全部話してくれるのだろうか。
「てっ、てきとーな事言ってもだめだからね」
「僕はアイラには適当な事なんて言わないよ。知ってるでしょ?」
疑心暗鬼になった俺の手を握ってクルーディスはにっこりと微笑んだ。
俺はこの笑顔にとても弱い。さっき好きだと自覚したばかりの俺には破壊力抜群だった。
「う……わかった。話は聞くよ…」
思わず目を反らしてしまったけど話を後で聞く事に了承してしまった。
何か負けた気がする……。クルーディスはやっぱりズルい。
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