65・ご令嬢2(アイラヴェント視点5)
俺達は壁際に寄り、デザートを食べながら他愛もない話をしていた。
……と言ってもリーンフェルト様の話に相づちを打つ位しか出来ないんだけどさ。
俺は殆ど屋敷から出ないから、なーんにも楽しい話題なんて持ってなかった。なのでリーンフェルト様は気を使ってくれて色々話をしてくれてる。
リーンフェルト様は想像通りの可愛い女の子そのままだ。リーンフェルト様と一緒にいれば、ちょっと位は女の子らしさっていうものを学べるかもしれない。
リーンフェルト様はクルーディスを自慢のお兄様だと言う。
そうだよね。あれなら俺も自慢したくなるよ。うちのお兄様だとちょっとね……。
その友達のセルシュ様は更に素敵なんだとリーンフェルト様は頬を染めながら俺に教えてくれた。
どうやらこの子はセルシュ様の事を好きなようだ。だからつい俺達の仲の良さが心配になって俺に詰め寄ってしまったと改めて謝ってくれた。
大丈夫だよ。俺とセルシュ様はそういう事には絶対ならないから。あの人本性こえーもん。
「アイラヴェント様にはどなたか想い人がいらっしゃいますか?」
「想い人……ですか?」
まだ俺達は子供だけれど女の子っていくつでもこういう話が好きなのかな。まぁこの世界、貴族だと婚約するのも早いしね。リーンフェルト様はセルシュ様の事を好きだから余計に気になる話なのかもしれないな。
でも俺がリーンフェルト様の言葉で思い浮かべたのはただ一人……なんだけど、それが俺にはリーンフェルト様の言う意味のものなのかは、よくわからない。
俺はちょっと首を傾げてうーんと唸った。
「よく、わかりません」
俺にとってのクルーディスは友達だし、同志だからね。
ちょっと頼り過ぎなのはさっき自覚したばかりだけど、それはこれから気を付けるから見逃してもらうとして。
……うーん、俺知り合いが少ないから他に誰も思い付かない。もう少し周りを見ないとダメかな。
俺、自分の世界狭すぎじゃん……。
そんな事を思っていたら後ろからドン!と誰かがぶつかってきた。振り向くと知らない何処かの令嬢が、何かイヤな顔をしてこちらを見ている。
ん?ぶつかられたのはこっちなんだけど。
「まぁ。こんなところに邪魔ですこと。皆様そう思いません?」
イヤな笑みを浮かべたこの令嬢は、俺達を見下した視線を向けて、周りの友人らしい人達に話しかけた。周りの友人は一緒になってくすくすと笑っていた。
俺達は壁際で邪魔にならない様にしていたのに。わざわざぶつかってくるという事は……まぁわざとだよね。こんないかにもなご令嬢がいる事にちょっとびっくりだ。
数人のご令嬢に囲まれて、皆が俺とリーンフェルト様を蔑む様に見ている。リーンフェルト様は彼女達の刺す様な視線に萎縮して俯いてしまった。
あっちゃー。これってゲームのアイラヴェントがヒロインを取り囲んで苛めるのと似てないか?こんなのヒロインじゃなくたって挫けちゃうよ。こんな事絶対するつもりはないけれど、将来そうならない様に今から心に刻み付けておかなきゃ。
まずはリーンフェルト様を守らなきゃいけない。俺はリーンフェルト様を庇う様にその令嬢達の前に立った。
そんな俺に一瞬怯んだ様子だった令嬢はすぐ立ち直り俺達に向かってくすくすと更に笑っていた。
「貴女方、こんなところにいらっしゃるなんて……先程はどうせクルーディス様とセルシュ様にいい様にあしらわれたのでしょう?」
ああ、これか。
レイラの言葉を思い出した。
今俺達は二人を狙っている令嬢達から牽制を受けているって事なんだよな。この子達は俺達をずっと見てたのかもしれない。
でもさ、俺は兎も角リーンフェルト様はクルーディスの妹なんだけどね?その辺の情報も集めてから声をかけた方がよくないかい?あ、セルシュ様狙いの子にとっては俺と同じく邪魔者になるのか。うーん……どっちにしろ面倒な話だなぁ。
「ほら図星を指されて何も言えない様ですわ」
「ナチュリス様は今度クルーディス様をお茶会にご招待するのですわ」
「セルシュ様もご一緒にお呼び致しますのよ」
「貴女方の様な方にはそんな事も出来ませんでしょう?」
彼女達はそんな事をしたり顔で俺達に教えてくれる。
あーあ、この子達クルーディスの性格を知らないから。
あいつ絶対行かなさそうだけどな、そんな面倒くさそうな集りなんて。セルシュ様なんて一刀両断しそう。
二人の反応が想像できて思わず俺はくすりと笑ってしまった。すると俺のそんな態度を見て令嬢達からぎろりと睨まれた。
あ、まずい。スルーしようと思ってたのに。
「なんですの?貴女」
「負け惜しみですの?」
「ナチュリス様、きっと自分達が出来ない事を思って悔しいのではありませんこと?」
「ナチュリス様はあのお二人に釣り合うお立場ですのよ。諦めなさいな」
……うんまぁそーだね、俺はたかだか伯爵家の娘さんですから。あんたがたはきっと侯爵家のご令嬢様なんだろうね。
「お嬢様方?わたくし貴女方が何を仰っているのかよくわかりませんけれど……皆様方はわざわざお茶会の場を設けなければお会い出来ないのですね」
俺も負けない位笑顔で答えてみた。
ターゲットは俺だけでいいからな。俺の後ろで小さくなってるリーンフェルト様を早くこんなくだらない場所から離さなきゃ。そう思って俺はつい彼女達に口を出してしまった。
「まっ!」
「なんですの!貴女!」
反抗されると思ってなかった彼女達は俺の言葉に怯む。俺は畳みかける様に言葉を続けた。
「わたくし達、待っていればいつでも会えますの」
「なっ!なんですって!」
「皆様そんな手間を掛けて……大変ですわね」
俺は敢えてくすくす笑ってその令嬢達を挑発してみた。ほらほら、さっさと怒って何処かに行ってくださいよ。
「貴女!何ですの!?」
「ナチュリス様は侯爵家のご令嬢ですのよ!」
あーもう、そういうのこそあの二人が嫌がる要因なのに。そんな事言ってるうちは無理だよお嬢さん達。
「お一人で動けない方々に兎や角言われる筋合いはありませんわ」
「なんなの、失礼過ぎましてよ!」
「貴女なんてどうせ家格だって低いのでしょう?セルシュ様やクルーディス様の側に近寄るなんてお二人に迷惑になりますわ!」
「そうですわ!そんなぽっと出の方なんかに私達が劣る訳ありませんでしょう?」
はぁ。俺は敢えて大きくため息を吐く。それを見ていた令嬢達は更に怒りを増長させた。
「ご存じですか?『失礼』とは『礼を欠く』って事なんですよ。家格に振り回されて礼を欠く貴女方をお二人が見たらどう思うのでしょうね」
さも残念そうにそう言うと
「生意気ですわね、貴女!」
ナチュリスとか言われている令嬢は俺を睨み付け小さく拳を握ってる。生意気で結構。リーンフェルト様に被害がいかなければそれでいいんだから。でも、俺ももう面倒になってきたよ……。
このナチュリスって子がグループのリーダー格かな。この子を黙らせたら何とかなるかもしれない。でもどうやって抑え込もう?あ、だけどこのままやりあったら騒ぎになるかもしれないのか……。
ハッ!ヤバい!そうなったら絶対レイラに怒られる!
それはまずい!
こんな子達よりよっぽどレイラの方が俺を懲らしめる威力が凄いんだから!こんな事バレたら俺は帰ってから本当に大変な目に合ってしまう。折角レイラが俺の為に頑張ってくれた事が全て水の泡になってしまうかもしれない。
レイラが悲しむのが一番辛い。
そうならない為にもここは騒がず穏便に何とかしなければいけなかった。
何とか穏便に、騒ぎにならない様に……。これ以上怒らせない様にするにはどうしたら……今の挑発作戦はもうやっちゃダメだ。
よし!作戦変更だ。
「生意気?そうでしょうか」
くすくすと俺は笑いながらこの令嬢に微笑んだ。
「わたくし貴女の事、とても心配しておりますのよ?」
「え?何を仰有ってるの?」
急にそんな事を言われてナチュリス嬢は少し拍子抜けしたのかきょとんとした。
「壁際にいるわたくし達にぶつかって来る様な、ふらふらした歩き方をされている貴女の事、わたくしとても心配しておりますの」
「わたくしふらふらとなんて歩いておりませんわ!」
キッと彼女は俺を睨む。子供でもこういうところはおっかないね。でもそんな可愛い睨み方じゃ俺には効かないよ。
「まぁそれじゃお気付きではございませんの?こんな隅でわたくしにぶつかるなんて、具合でもお悪いのかと思いましたわ」
「あなたっ……!」
俺はわざとらしく驚いてみせる。俺は追い討ちをかける様に怒りでわなわなと震える彼女の拳にそっと触れた。
「ナチュリス様、と仰いましたか?ほら、そんなに強く握られますとその愛らしい手を傷つけてしまいますよ、ね?」
俺はナチュリス嬢の手を自分の両手で包む様に触れて口元に寄せた。その行動にナチュリス嬢は驚いて俺をガン見した。
もうね、女の子なんだからさ、いがみ合うのはやめようよ。きっと可愛いだろうに、それじゃ俺みたいに『悪役令嬢』になっちゃうよ。
俺はその令嬢の手を両手で包んだままにっこりと笑ってみせた。
「ナチュリス様はとても愛らしいお方ですのに、その笑顔を見せていただけないなんてわたくしとても残念ですわ」
俺がそう言うとナチュリス嬢は驚いて目を見開き呆然とした。
そっちが怒ってる時にこっちまで喧嘩腰だと収まらないもんね。それに気付いた俺は逆に優しくいなしてやろうと彼女に微笑んだ。優しくされて怒る女の子なんてあんまりいないもんね。
するとナチュリス嬢は俺を見たまま固まってしまった。
おっ?これは中々効果的じゃないか?これで何とかいけるかも。
「あっ……あなた……!」
「ナチュリス様?わたくしとても心配しておりますのよ」
「えっ!?あ、あのっ……」
俺の予想外の言葉に驚いて真っ赤になったナチュリス嬢は言葉が続かない様だ。よし、怯んでいる隙にこの勢いでうまく離れよう!
「今度お会いする機会に恵まれましたら、ナチュリス様の素敵な笑顔を見せていただきたいですわ……その時には具合も良くなられていますようお祈り致しますわね」
「ぅ…は……はい」
俺の目を見つめながら真っ赤になったままのナチュリス嬢は怯みながらもなんとかそう答えた。よし!丸く治まったじゃん!これでレイラには怒られないぞ。
「わたくし達はそろそろ戻らなければなりませんの。お名残惜しいですがこれで失礼致しますわ。ナチュリス様もどうぞお身体をお大事になさってくださいませね」
俺がにっこりと微笑んでそう言うとナチュリス嬢はやっぱり赤くなったまま、ぎこちない笑顔を作り小さい声でそうですわねと答えてくれた。
ほっ。これで騒ぎにはならないよね。
ナチュリスの顔が赤いのはきっと怒りの矛先を向ける場所がなくなってしまって困っているんだろうな。発散させてあげられなくてごめんね。
俺も自分が可愛いからさ、レイラを怒らせる事だけは出来ないんだ。
「では失礼致しますわ」
最後に俺は令嬢として、俺的には可愛らしくお辞儀をしてリーンフェルト様を連れて逃げる様にそそくさとその場を後にした。
彼女達から見えないところまでリーンフェルト様を連れてきて俺はほっと一息ついた。
何とかなって良かったー!
「リーンフェルト様大丈夫でしたか?怖くなかったですか?」
先程まで小さくなって震えていたリーンフェルト様の肩に触れて俺はその顔を覗きこんだ。怖かったよな、泣いてないかな?
「……です」
小さい声で何か言っているがよく聞こえない。俺が余程怖がらせてしまったのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
更に俺がそう聞くとリーンフェルト様は顔をあげた。何故か目がキラキラしている。それに俺の方が驚いてしまった。どーしたの?
「素敵です!アイラヴェント様!」
へ?なに?なんだこの反応。
「あの方々何も言えなくなってましたね!あんなに怖かったのにアイラヴェント様ってば軽くあしらってしまうなんて!驚きました!」
「あっ……あの?」
い、いや……今俺の方が驚いてますけど?
リーンフェルト様の反応は予想に反したものだった。なんでそんなに楽しそうなんだ?そんなに変な事してないよな?
「さっきのアイラヴェント様はまるで絵本に出てくる王子様の様でしたわ!ナチュリス様も最後にはうっとりとアイラヴェント様の事を見つめていらして!」
……えっ?
ちょっと、リーンフェルト様?王子様ってなに?俺何も変な事してないよ!あの令嬢だって俺に怯んでいただけじゃん!
もしかして俺が気付いてないだけで何かレイラが怒りそうな事やらかしてた?よくわかんないけど『王子』って扱いは多分レイラの思うところではないよな。
……や、ヤバいどーしよう!怒られちゃうかな。多分騒ぎになってないから大丈夫だとは思うけど……。
「あ、あのリーンフェルト様……」
「本当に素敵でしたわ!わたしまでどきどきしてしまいましたもの」
本当に嬉しそうにリーンフェルト様が言うものだから俺は何も言えなくなってしまった。
さっきまであんなに怖がっていたのに急に元気になった彼女を見て、俺は、やっぱり女の子ってよくわからないなぁと明後日の方向に思った。
「お兄様やセルシュ様にも教えて差し上げたいですわ!早く戻りましょう」
「あっ、ちょっ……!」
リーンフェルト様は俺の手を掴み、クルーディス達のところに移動する。
うわぁ!マズい!クルーディスにも怒られたらどうしよう。
でも俺には今のリーンフェルト様を止める程の気合いもなく、引っ張られるままついていくしかなかった。
読んでいただきましてありがとうございます。




