49・王太子殿下
さっきのご令嬢達が他の令息に移動したのを確認してこっそりセルシュ達の所に隠れる様に移動すると、セルシュも王子もご令嬢達に囲まれていたはずなのに、いつの間にか周りにはその気配すら無くなっていた。
「あれ?さっきのご令嬢達は?」
「王子のひと睨みで皆逃げちまったよ」
わたしの疑問に気付いたセルシュが肩を竦め苦笑しながらさらりと応じてくれた。王子はバツが悪そうに明後日の方に視線を泳がせている。
おや?もしかして王子もこういうのは苦手…?
「それよかお前やるじゃんか」
「へ?」
「あしらいが上手い」
「ああ、あれは……面倒だったし、適当にね」
あれも接待の一環として、その場を切り上げる丁度いいタイミングを見つけられただけの事で。それを上手いと言われるのは何か違うんだよね。だってその根底にあるわたしの感情は面倒くさいの一言に尽きる訳だし。それは褒められる事ではない気がする。
「凄いなクルーディスは。あのなんとか言う令嬢は結構しつこいのだぞ。よくこうも早く逃げ出せたな」
王子にまで急にそんな事を言われると困ってしまう。
「いえ、こういうのは苦手ですよ…」
面倒くさいし、鬱陶しいし、圧が凄いし煩いし……わたしは心の中で小さくぶつぶつ言いながら、改めて飲み物を飲んで喉を潤した。
ああいう押せ押せな女の子の集団は昔も今もやっぱり苦手だ。仕事だと思えばこそ笑顔を作れるけど、クルーディス個人としては対人スキルもない。出来れば近寄るのも勘弁したいところなんだよね。
「そうなのか?得意そうに見えたのだがな」
「そんな事ないですよ」
だってわたしは最近まであまりこういうのに参加してなかったんだから。それこそ接待と思わないと気迫負けしてしまいそうな位だった。
「しかし私はクルーディスの手腕が直に見れて満足だぞ。評議会で推薦した甲斐があったと言うものだ」
「評議会……?」
ん?評議会?最近何処かで聞いた気が…。首を傾げながら記憶を辿る…と、ある事を思い出した。
あっ!
あれだ!『◯』やら『△』やらのチェック表!そこに王子も絡んでいるって事か!
って事はあんたがあの『◎』の元凶かっ!
思わずわたしは相手が王子という事も忘れて睨んでしまった。
「なっなんだ、クルーディス。評価される事は喜ばしい事だろう?私だけじゃないぞ!議会の総意なのだぞ!」
王子はわたしの目線にたじろぎながらも抗議してくるが、わたしにとっては全く喜ばしい事じゃない。
「喜ぶかそうでないかはこちらが決める事です。王子の考えが全てじゃありません」
「えっ!?嬉しくないのか?」
世間一般にはきっと喜ばしい事だと思うけど、面倒くさがりのわたしは余り目立ったりするのは好きではないんですよ、王子。
「少なくとも私は嬉しくないですね」
「そうなのか……」
まぁ普通なら誉れを賜る訳だから喜ぶところだろうけどあくまでもそれは一般論。目立ちたくないわたしには迷惑でしかない。
わたしの予想外の反応に王子はとてもショックを受けているらしく、わたしの冷たく放った言葉に見るからにしゅんとしてしまった。
…何だろう。わたしの周りはこんな仔犬みたいな子多くない?もしかしてわたしがキツいからそうなっちゃうのかな。
王子そんな泣きそうな顔されると、おねーさんとしては『大丈夫、いいこいいこ』なんて甘やかしてしてあげたくなるけれど、今のわたしはクルーディスなのでそんな事はしませんよ。
ここはきちんとしておかなければわたしが後々面倒くさい事に巻き込まれないとも限らない。
「ルルーシェイド王子、貴方の立場はその言葉で誰かの人生が変わってしまう位重いものなんです。公の場ではもう少し周りの意見も聞いて内容を精査してから発言した方がいいですね」
「……うん、わかった」
しょげながらも素直に王子はわたしの言葉を聞いてくれた。しゅんとしてる今は年相応な子供になっている。
普通の子ならとても可愛らしいし好感が持てるけど、残念ながら彼は王子様。普段はこんな年相応な姿になる事はないのだろうな。
「私もお前を『師匠』として師事した方がいいのかな」
「はっ?」
何!?何か変な事呟いてない?この王子!
「王子…あんた落ち込みついでに何言ってんですか」
わたしの代わりに呆れた様な顔をしてセルシュがため息をついた。
「だって、私はわかってなかった。自分の発言がどんな物なのか。誰かの生き方を変える位重いなんて……」
いやあのね、落ち込むのは勝手なんだけどね。
「王子?ここは公の場です。心の声はここで出すべきではありません」
落ち込んでた王子はわたしの言葉にはっとなって顔をあげた。
「今日は王子は主催者側なのですから、招待客を喜ばせる事がお仕事です。まずはそれに専念すべきでしょう?」
「…そうか、そうだな」
王子は暫く考えて納得したらしくゆっくりと頷いた。
「心の声は今度聞いてあげますから今はすべき事をなさってください」
「そうか!聞いてくれるか?」
「『師匠』的な話は却下しますけど」
そんな仔犬のようにきらきらと見つめてこられても『師匠』は拒否しますよ。がっかりされてもわたしはもうこれ以上弟子を増やしたくないんですから。王子としての愚痴位ならわたしだって聞いてあげられますけどね。
チクりと釘を刺すと王子は苦笑した。
「うーん。クルーディスは抜け目ないな」
「いえいえ、私などまだまだです」
「そうか?私と同い年とは思えぬけどな」
そう言って素直に笑顔になる王子は年相応の少年だった。
ゲームの中の高貴な笑みより親しみやすいその表情に、こちらまでつられて笑顔になってしまう。
「ルー王子、もう何でもいいから挨拶回りでもしてきて下さい。」
「えー、面倒くさい」
「そういう事は口に出さない」
ちぇっと拗ねる王子をほらほらとセルシュが促していると王子の元へ身なりのいい男の子が笑顔で向かって来た。
「ルルーシェイド王子、あちらは?」
「ああ、あれは国賓のタランテラス殿だな」
「へぇ、あれがフリスライト国の王太子殿下ですか。王子よりもしっかりしてそうですね」
「…セルシュ、お前さりげなく酷くないか?」
「ただの感想ですよ?」
「余計に酷い」
にやにやして王子をからかうセルシュの横で、わたしはこっそり驚いていた。だってわたしには超有名な人!ここで『攻略対象』の隣国の王子様が来るとは思わないでしょ!実はクルーディスの次に気に入っていた『攻略対象』なんだもん。
彼はトレードマークの黒髪のさらりとしたセミロングで仔犬王子よりも格好いいゲームの王子の面影を残していた。やっぱり格好良くなる下地はバッチリだ。
何だか芸能人に町中で会ったような気分だよ。
「ルルーシェイド殿、探しましたよ。こちらにいらしたのですね」
「はい、友人がいましたので。つい話し込んでしまいました」
あれ?わたし達友人扱い?いつの間にそんな関係になったんだっけ?ま、その方が紹介がしやすいのかもしれないな。
「セルシュ、クルーディス。こちらはフリスライト国の王太子殿下、タランテラス殿だ」
ルルーシェイド王子は一瞬で『王子』の顔になり、わたし達をタランテラス殿下に紹介した。偉いぞ王子。
「フリスライト国のタランテラスだ。今は父王に随行して、こちらに滞在させてもらっている」
「私はトーランス・ロンディール侯爵が子息セルシュにございます。」
「私はキプロス・エウレン侯爵が子息クルーディスにございます。」
爽やかな笑顔で挨拶をしてくれる隣国の王子に対して敬意を払い恭しく挨拶をした。うーん、やっぱりイケメンだなぁ。
「堅苦しい挨拶はよい。ルルーシェイド殿のご友人なのだろう?私もそなた達に仲良くしてもらいたいものだ」
「私達まで気にかけていただき畏れ多い事でございます」
爽やかな上に謙虚なんて素晴らし過ぎる。この子は『攻略対象』の王子そのままな感じだな。恭しく敬意を払うセルシュの横でわたしも同じ様に頭を下げる。何処ぞの仔犬王子とはやっぱり違うなぁ、なんてこっそり思うのは許してもらおう。
「クルーディス…お前何か不愉快な事を考えてないか?」
「いいえ。そんな事ありませんよ」
小さい声でわたしに囁くうちの仔犬王子ににっこりと微笑んで誤魔化してみたけれど…なんでわかっちゃったのかな。やっぱりわたしってばすぐ顔に出ちゃうのだろうか。貴族としてそれはよろしくない態度だし気を付けないといけないな。
「ところでどうしたのですか?タランテラス殿。フリスライト国王陛下の側にいたのでは?」
「父王とスラベニウス国王陛下から許可をいただきこちらに参ったのです」
「……そうですか」
それを聞いて何故かルルーシェイド王子の顔が少し曇った様に見えた。何か不本意なのだろうか?
「折角ルルーシェイド殿と参加出来るパーティーですからね。この機会は逃しませんよ!」
「あのな……」
「こんな可愛いルルーシェイド殿と一緒にパーティーで歓談出来るなんて嬉しい話じゃないか!」
タランテラス殿下は本当に嬉しそうにルルーシェイド王子の両手を握りしめ高揚している。ルルーシェイド王子はその手を見て小さくため息をついていた。
「可愛いって……」
セルシュはタランテラス殿の勢いに、ついぽろっと言葉を洩らしてしまった。わたしもこのタランテラス王子の勢いに押されて呆然としてしまう。
「今日はルルーシェイド殿とずっと一緒ですからね。楽しみだ」
「えー……」
うきうきと話すタランテラス殿下とは対照的にルルーシェイド王子はあからさまに顔を曇らせた。そのタランテラス殿下は本当に嬉しそうにルルーシェイド王子にぴったりとくっついたままだ。
あれぇ?わたしの知ってるタランテラスと何か違う?
「あの、タランテラス王太子殿下?殿下は…その、ルルーシェイド王子の事を……なんというか、どの様に見ておられるのでしょうか」
思わずわたしは思っていた事をそのまま口に出してしまった。
まずい!不敬な態度かも!とは思ったけれど、そんな言葉が出ちゃう位タランテラス殿下のうきうき具合が凄くて……。何て言うか…ちょっと怖い。
「うーん、そうだな。私は弟が欲しかったのだが妹しかいなくてな。このひとつ下のルルーシェイド殿は私の理想の可愛い弟なのだよ」
ああ、そういう…。
わたしの不敬な質問も気にせずに殿下は本当に嬉しそうに答えてくれた。逆にその質問を待っていたかの様なその笑顔にルルーシェイド王子への愛情が溢れているのがわかった。わかっただけで怖さは全く変わらないけれど。
横を見ると、その弟分はなんとも言えない複雑な顔をしていた。
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