45・王宮主催パーティー
自称弟子達は時々うちに来たり、兄弟子のランディスの家に行ったりと何だか楽しそうにしていた。
彼らにはセルシュの屋敷への立ち入りを禁じているらしい。それを彼らは素直に受け入れていた。
セルシュとしては急にふらりとやって来る王子様と鉢合わせさせる訳にはいかないし。彼らが素直で本当に良かった。そんな事説明出来ないもんね。
師匠と言われているわたしとセルシュは困りつつも何とか頑張っていると思う。いや、頑張ってるのは殆どセルシュなんだけど。
セルシュはこの間も彼らに対しての指導に考える事があったみたいだけど、アイラのアドバイスで気持ちを切り替えてまた真面目に指導していた。偉いなぁ。
わたしは時々注意をする位で基本何もしていない。
セルシュには申し訳ないけど、わたしは最初からこのスタンスで行く事にしてるし文句は受け付けません。
父上達はあれからツィードと警備員から情報を引き出そうと、尋問しているそうだ。そこから何かコランダムとワイマールの悪行が見えてくるといいんだけれど。彼らの計画が隣国の貴族も関わっていて中々大掛かりだったのですぐに捕縛とは行かないらしい。
その辺りは機密事項だろうし、わたし達の手に負えない件なので、心の中で父上達を応援する位しか出来なかった。
そんな日々を過ごしているうちに王宮のパーティーの日がやって来た。
パーティーにはわたしとリーンフェルトで参加する。
父上は元々職場が王宮だから現地にいるけど母上はお留守番……はせずに同じ立場で家に残る奥様方とお茶会をする予定だそうで。楽しそうで何よりです。
今日はいつもより上等な衣装を身に纏い、何だかいっぱしの侯爵家のご子息になったみたい。リーンは素敵な衣装でちょっとテンションが高くなっていた。今日は楽しめるといいね。
なんてのんびり思っていたけれど……。
わたしとリーンは入口で既にこのパーティーの規模に圧倒されていた。
ぞろぞろと王宮に吸い込まれていく人の波を目の当たりにして少し呆然としてしまう。
よくこんなに人が集まったものだ。主催が王家だから当たり前なのかもしれないが、貴族のパーティーとは桁違いだ。この間のタランド公爵家のパーティーが凄く規模が大きいなんて思っていたけど甘かった。
「お兄様……」
リーンも気後れしてしまったらしく、わたしの袖口をきゅっと掴んでくる。そんなリーンにわたしは自分の動揺を見せないように微笑みかけた。
「大丈夫だよリーン。みんな同じ立場で参加するんだから。気にしないで楽しもうね」
「……はい」
そう、みんな同じはず。わたしはリーンを宥めながら自分にも言い聞かせて会場に入った。
会場の中も既に子供達で溢れていた。
父上達はよくこれだけの子供のチェックが出来るものだと感心する。しかもこの年代の子供はこれだけではないし、このパーティー以外にも学園の生活態度とか色んなところでチェックをしているのだ。この国凄いわ。
「何だ?何呆けてんだよ」
聞きなれた声に振り向くと、いつの間にかセルシュがわたし達の側に来ていた。この人混みの中でよく見つけられたな。普段からわたしと違って周りを注意深く観察する事が出来るからセルシュには容易い事なのかもしれない。
今日の彼はやっぱり上等な衣装で何だかカッコ良さが倍増して見える。わたしより背も高く爽やかな分、子供なのに凛々しく見えて何だか少し悔しかった。
「セルシュ様!」
リーンはセルシュに気付くと表情がぱあっと明るくなり満面の笑顔になる。先程までの緊張はセルシュのお陰であっという間に解けてしまったらしい。
「リーン、久しぶりだな」
セルシュが笑顔を向けるとリーンは頬を赤らめ、嬉しさを溢れさせた。妹の可愛い反応に、気持ちがほっこりと温かくなってしまう。
「はい。最近は礼儀作法のお勉強でセルシュ様達のお稽古を見る事も出来ませんでしたから」
「へー、令嬢って大変なんだな」
「ほんとだよね」
リーンは貴族のご令嬢として家庭教師に礼儀作法やマナーのお勉強を受けている。一度こっそり覗いてみたのだがお辞儀の角度とか指先の動かし方とか、何をやるにしても細かくて大変そうだった。本当に男の子で良かったなぁ。
アイラもそういう事してるのかな。あんなに厳しいとへこたれちゃってるかもしれないな。
「やっぱお嬢もんな事してんのかな」
あ、セルシュも同じ事考えてたか。
「その辺はレイラが頑張ってんじゃないかな」
コートナー家で稽古をする時はいつもわたしの横でアイラは必ず見学していた。伯爵家だからその辺は侯爵家よりは緩いのかもしれないけど、レイラはアイラの事をいつも色々考えているから、最低限の作法位は彼女が何とかしている気がする。
「あいつにゃ作法とか似合わねーな」
「確かにそうかも」
二人で笑いながらそんな話をしているとリーンが怪訝な顔でこちらを見ていた事に気付いた。
「どうしたの?リーン」
「お兄様……『お嬢』ってどなたですか?」
「ん?あぁ、ランディスの妹だよ」
「ランディス様の……?」
そっか、リーンは会った事なかったっけ。アイラも基本わたしと同じであまりパーティーとか参加してないから会う機会もなかったものね。
「うん、今日は会えると思うけど。リーンも仲良くしてあげてね」
「……はい」
「どうした?リーン」
「セルシュ様もその方にお会いした事があるんですよね……どんな方なのですか?」
あ、リーンはセルシュの事が好きだから心配してるのか。縋る様な眼差しでセルシュを見るものだからセルシュはちょっと困っていた。
「うーん、どんな?……あれは結構面白いやつかな」
「お兄様、そうなんですか?」
「さあ、どうだろう。僕はそれが可愛いと思うんだけどね」
「……お兄様からご令嬢を褒める言葉を聞くとは思いませんでした」
わたしのアイラへの評価を聞いてリーンは驚いていた。
よく考えると今までわたしはリーンの前で何処かの令嬢の話なんてした事はなかったかもしれない。
しかもわたしが個人的に仲が良いご令嬢なんてアイラしかいないから。別に隠してる訳ではないけれど、リーンと話す時はその話題になった事がなくて、特に口にする事もなかっただけなんだけどね。
「お兄様がその様に褒めるなんて……そんなに素敵な方なのですか?セルシュ様もそう思ってらっしゃるのですか?」
「それ褒めてるか?」
セルシュはリーンの小さく震える言葉にぷっと吹き出した。
「お前のそれは褒めてると言うよりはただの感想だよな」
「うん、そうだね。褒めてはいないかもしれない」
アイラはご令嬢としては多分底辺だと思う。令嬢達の中でのアイラをわたしはまだ知らないのでその辺の判断は難しい。けれど、世間一般のご令嬢と比べると、やっぱり男の子の部分が見え隠れしているアイラには、ご令嬢らしさがあまり見られないと思う。今はわたしやセルシュ、ランディスやモーリタス達みたいな男の子ばかりと過ごしているから余りそんな事は特には気にしていなかった。
だから違う環境の中で彼女がどんな令嬢になるのか、心配だけど少し楽しみかもしれない。
「お兄様、セルシュ様。それってどういう意味なのですか?」
「うーん……会えばわかると思うよ」
どう言えばリーンにアイラの事を理解してもらえるのかな、と考えたけどわたしにはアイラの良さをご令嬢らしくないところから上手く説明するのは難しい。結局自分で判断してもらおうと丸投げしてしまった。
セルシュにはわたしの考えている事がわかったのか、困った奴だなと小さく笑っていた。
「ま、悪いやつじゃねーからリーンも仲良くしてやってくれな」
セルシュはそう言ってリーンの頭にぽんと手を乗せる。
「……はい」
リーンは撫でられて嬉しいのと、セルシュが他の令嬢の事を気に掛けるのを心配しているのとでとても複雑な表情で返事をした。それを見てもセルシュは全く気にせず普段のままだった。
セルシュはリーンのそういう気持ちに気付いているのかな。勘はいいからもしかしたらそれをわかっていて敢えてスルーしてるのかもしれない。
わたしは最近やっとリーンの気持ちに気付いたけど、よくみたらわかりやすい態度だもんね。セルシュならとっくに知っていそう。でも人の感情は本人にしかわからない事だから、わたしがどうこう言う事ではない。
でもお兄ちゃんとして心の中で応援だけはするからね。頑張れリーン。
そうこうしていると奥の扉が開いて王家の方々が入場してきた。国王陛下に王妃様そして王子が三人と王女が一人、勢揃いして壇上に上がった。
会場の空気がぴーんと張りつめる。
「今日は皆よく来てくれた。同年代でこうして会する機会はそうないだろう。そなた達は皆この国の未来ある人材だ。お互いの事をよく知るいい機会だと思って心ゆくまで楽しんで貰いたい」
国王陛下の重みのある言葉に皆畏まって礼を取った。
その後王子達がひと言ずつ話をしていたけど、あまり興味も無くて聞き流してしまった。
そしてまんまと壇上に上がっているルルーシェィド王子。『ルーカス』作戦は失敗だった模様ですね。ま、考えれば無理だって事は、流石に王子だってすぐにわかるか。
わたしに会った時『ルーカス』はどんな言い訳をするのかな。それはちょっと楽しみかもしれない。
一通りの挨拶が終わり、陛下と王妃様は退出し王子王女の方々だけがこの場に残った。それを合図に楽団が音楽を奏でだす。ここからはみんな少し緊張を解いてそれぞれの時間を過ごすのだ。
今日はわたしとリーンはセルシュと一緒にいる事にした。その方がリーンも喜ぶしね。歩き回って挨拶するのが面倒くさいからとかって理由じゃないからね。
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