38・誘拐
夜も更けてわたし達は夕食も済ませた後、部屋でシュラフを待っていたが彼はなかなか戻って来なかった。
「遅いなぁ……」
「まぁ色々やってんだろうから時間もかかるだろ」
そうかもしれないけど、こんな遅い時間まで戻って来ないと流石に心配になる。
だのにそんな状況の中、わたしは段々眠くなって来てしまった……これはまずい、ダメ過ぎるでしょ。
だっていつもならもう爆睡してる時間なんだもん。子供は夜更かしは苦手なんだよね。さっきまであんなに緊張してたのに……子供の身体はそろそろ限界なんだな、なんて心の中で言い訳してみたり。
「寝れば?」
「……やだ寝ない」
セルシュにも眠たいのがバレバレだったみたいでにやにやしながら悪魔の囁きをしてきた。凄い誘惑だけど絶対寝ませんからね!シュラフが心配だもん。
わたしは眠気を覚ますために立ち上がってうろうろしてみた。動けば少しは気が紛れるかなぁ。
「セルシュは眠くないの?」
「お前より年上だしな。まだ平気だぞ」
セルシュは頬杖をついて、ずっとにやにやしたままわたしの事を見ている。なんだそれ!ひとつしか違わないじゃない。
「何か偉そうでムカつくんだけど」
「別に偉くはないけどな。お前より大人なだけだし」
にやにやしたまましれっと言うセルシュ。やっぱりなんかムカつく!中身はわたしのが断然大人なんですけどね!……なんて言ったところで、睡魔に負けそうな自分の身体はやっぱり子供だって事なんだろうな。
「あ」
わたしがそんな事を考えていたらセルシュが声を出した。
「戻って来た」
セルシュの言う通りすぐドアがノックされシュラフが入って来た。どうやら足音で気付いたらしい。
わたしは全く気付きませんでしたけどね。足音だけでわかるなんて凄すぎるわ。
「遅くなりまして申し訳ございません」
「おかえり!無事に戻って来れたんだね!」
本当に良かった!睡魔に負けそうだったけど本当に心配だったのよ。いつものシュラフの静かな笑みを見てホッとする。お陰で眠気も吹っ飛んでくれた。
「遅かったけど大丈夫だった?怪我とかしてない?」
シュラフは隠すのも上手そうだったのでわたしはシュラフの身体を上から下までパンパンと叩く。ちゃんとシュラフがここに無事に戻った事を確認したかった。
「大丈夫ですよクルーディス様。どこも怪我はありませんから」
わたしの行動がおかしかったのかぷっとシュラフは吹き出した。
シュラフが戻ったので今夜は特別にわたしがシュラフにお茶を淹れた。わたしの我が儘の様な事を頑張ってくれたのだし、少しでも自分でねぎらってあげたかった。
それをシュラフは咎めずに、ゆっくりとわたしの淹れたお茶を飲んでくれた。
「もう少し茶葉が開くのを待つと更に香りがよくなりますね」
……あれ?なんかさりげなく注意されちゃったけど。わたしの目的何処行った?
でもそのもの言いがいつものシュラフだったのでちょっと安心した。
「御馳走様でした」
注意もされたけど少しはねぎらえたかな。シュラフはひと息ついて落ち着いた様子だ。きっといい成果をあげてくれたのだろう。
「モーリタス様達はただ今いこいの広場の西側にあるお屋敷に閉じ込めております」
シュラフはわたしが用意した茶器を片付けながらゆっくりと話を始めた。それもどうかと思ったが、焦りの無いその様子に、シュラフが全ての準備を終えてわたし達が行くだけになっているのだろうなと想像出来た。本当に出来る従者です。
「広場の西側のお屋敷?」
「あそこの屋敷は今は誰も住んでおらず、タランド公爵様の管理下にありますので足がつかぬ様に拝借致しております」
「ツィードはどうしたの?」
「そちらはコランダムと一度接触をさせてから、あの警備員と一緒に別の部屋に隔離しております」
「そう……」
取り敢えずコランダムの思惑で行動していた人物は全部こちらの手に落ちたって事か。
子供三人だけと思っていたのに、ツィードと警備員まで捕まえるとは……改めてシュラフの凄さを垣間見た気がするよ。
やっぱり就職先間違ってない?
「二人を一緒にしておいて、こぼれ話をする事を期待してロンディール家の方が隣の部屋で待機しております」
捕まえるだけじゃなくてその後の事も先々読んで対応してるのか。シュラフのその頭の回転の早さには感服してしまう。わたしにはそこまで考えられないもの。
「じゃあ行くか」
「あっ、待って!」
わたしがシュラフの行動に感心していると、セルシュが立ち上り外に出る準備を始めた。それに気付いたわたしも慌ててそれに倣った。
「お前寝てていいんだぞ」
またにやにやとしながら意地悪な事を言うセルシュをわたしは睨み付けた。
「僕も行くよ。目的を果たさなきゃ」
眠気なんてシュラフが戻った時に消えましたからね!
今はなんとしてもモーリタスを説得して納得させなきゃいけない。わたしは気合いを入れて二人と一緒にその廃屋に向かった。
その廃屋は人の住んでる気配はないが庭の手入れはちゃんとしている様でタランド公爵様の気配りがみえた。
わたし達はそうっとその屋敷に入る。そこには体格のいい精悍な顔立ちの男の人が待っていた。
「トニン」
セルシュにそう呼ばれたこの人はセルシュに向かって恭しく一礼をした。この人がロンディール家の従者なのだろう。すると彼はセルシュからわたしの方に身体を向けて、また改めて礼を取った。
「初めてお目にかかります。私はロンディール家のトニンと申します。以後お見知り置きを」
「クルーディス・エウレンです。今回の件ではお世話になります」
彼はわたしにも丁寧に挨拶をしてくれた。流石ロンディール家の従者だな。礼儀正しいその行動はとても好感が持てる。
挨拶も終わったところでわたし達は居間に通された。
灯りが外に漏れない様にした薄暗い部屋で、わたし達はトニンからこれまでの話を聞いた。
モーリタス達三人がいつもたむろしてるアジトに向かうところを待ち伏せし、シュラフが当て身で全員を気絶させて拉致したらしい。それに慌てたツィードが警備員につなぎを取り、コランダムに連絡をした後、警備員の部屋に二人が戻ったところを、今ツィード達を見張っているもう一人のロンディール家の者が拘束したとの事だった。
「そう言えば、町の仲間はどうしたの?」
町ではモーリタス達だけではなくて、町の悪ガキとつるんでいるって話だったけどその辺はどうなっているんだろう。
「そちらは子供が5人程でしたので私が懲らしめておきましたよ」
えっ?
「懲らしめて、って?」
そんな『遊んで来ました』位の軽いノリで言われても……。
しかしトニンはわたしの質問には答えてはくれず、ただにっこりと微笑んだ。
「誰にも見られてませんからご安心下さい」
トニンはそう言って頭を下げた。
トニンは父上よりも大きくて背が高い。この人も相当実力があるんだろうなぁ。
鍛え上げた筋肉は服の上からでも容易にわかる。何処まで頑張ったらこうなれるんだろう。全く筋肉とは縁のないわたしにも頑張れば少し位はつくのだろうか。
「あの……如何なされましたか」
「目ぇ覚ませ」
「痛った!」
わたしはぼーっとトニンの事を見ていたらしく、後ろからセルシュに頭を叩かれた。
気が付けばトニンはわたしの視線に困った顔を向けている。しまった、つい呆けてしまった。
いけないいけない。やる事があるんだった。わたしは慌てて気持ちを切り替えた。
「モーリタス達は何処にいるの?」
「2階の奥の部屋に三人一緒に隔離しております」
「じゃあツィード達は何処の部屋にいるんだ?」
「そちらはこの屋敷の地下の倉庫の方に閉じ込めてございます」
「わかった」
わたし達は部屋を出て2階に上がった。地下の二人はロンディール家の人に任せておけば問題ないはず。
大人の話は大人同士で、子供の話は子供同士で。
チャルシット様の事をモーリタスは今どう思っているのだろう。わたしに説得は出来るだろうか。色んな不安はあるが、ここは何とかしなければいけない。
わたしは気合いを入れてセルシュと一緒にモーリタス達のいる部屋に入った。
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