36・コランダム侯爵
「セルシュは何をシュラフに頼んでるの?」
「シュラフが戻って来たら教えてやるよ」
意地の悪い言い方だな。何でそんなに勿体ぶるかな?
絶対わたしの反応を楽しんでるよね。もう気になって仕方がないんだけど。
自分の部屋に戻りシュラフが帰ってくるのを待つ間、わたしはセルシュに質問をしてみたのだが中々答えてくれない。どうやらシュラフが戻って来るまではこの話を進める気がないらしい。
セルシュはわたしのもやもやもそ知らぬ顔で優雅にお茶を飲んでいる。わたしはそれを見ながらもやもやしたまま、ちびちびとお茶を飲むしかなかった。
「クルーディスはモーリタスをどうしたかったんだ?」
黙ってお茶を飲んでいたセルシュが急にわたしに問い掛けた。
「そう言われると……元々僕はモーリタスがどんな子かも知らないから。取り敢えず人となりを見てみたかったんだよね」
「それなら別に今度のパーティーで見れるじゃねーか」
「それは確かに……そうなんだけど……」
そう、本来ならその時に確認しても良かったんだよね。ゲームの時間が始まる前に何とかなればいいのだから。
でもアイラヴェントの事を考えたらいてもたってもいられなかった。少し考えなしだったかもしれないな。
少し反省をしているとそれを見ていたセルシュが笑ってこちらを見ていた。
「ま、そうは言っても俺はお前が動いてくれて助かってるところもあるよ」
「そうなの?」
「流石にあの広場で一人でうろうろしてたら警戒されそうだろ?」
そうか、『いこいの広場』だもんねあそこ。あまり子供一人で来る事はないかもしれない。
そう考えたらあんな風に盗み聞きするのは一人では難しいかも。まぁセルシュの役に立っていたなら結果オーライって事でいいのかな。
「セルシュこそ、そのコランダム侯爵をどうしたいのさ?」
「俺はまだ子供だから何が出来る訳でもないし。それこそどうするかは親父の仕事で俺はただのお節介かな」
ふふっ、ロンディール様を尊敬してるセルシュらしいな。『お節介』どころか自分の父親の仕事を手伝いたいのよね。頑張ってるセルシュは本当にいい子だよ。
「お前何か変な事考えてるだろう」
セルシュはわたしの生温かい視線から逃げる様に立ち上がった。
「べーつーにー」
「お前何か嫌だ」
先程の仕返しとばかりにわたしはにやにやとセルシュを見た。
段々赤くなるセルシュの顔はいつもと違って年相応の子供になっていた。
最近はロンディール様に付いて勉強をし始めているので少し大人びて見えているけど、時折見せてくれるこんな表情はわたしとそんなに変わらないと安心する。
「失礼します」
そこにノックをしてシュラフが入ってきた。
わたしとセルシュは改めて居住まいを正しシュラフの言葉を待った。
「あの警備員はあの後町の商人の屋敷に入りました」
「やっぱり」
「何?」
「あの警備員はコランダムの子飼いなんだよ」
なんと!あれも仲間なんだ!って事は……。
「それじゃあそこで何かを拾っていたのは……」
「多分コランダムから商人への指示でも書いてあるんじゃね?」
えと、商人とコランダムが繋がっていて、コランダムはチャルシット騎士団長を陥れようとして、モーリタスは手駒として使われて……?
色々わからない事が多すぎる。
「セルシュ、シュラフ。最初から説明してくれる?」
「まぁ関わらせてるし仕方がないか」
渋々ではあるが、セルシュはちゃんと話をしてくれるらしい。
「まずコランダムだけど、あいつは侯爵家の中でも下級の方だ。あいつは剣の腕もそれなりで昔からチャルシット様とは剣のライバルだったんだ。でも野心が強すぎて騎士団には向かなかった。それである日事件を起こした時に騎士団を解雇されたんだ」
「事件?」
「若い時にコランダムは言いがかりをつけてチャルシット様の部下を一人殺しているんだ」
「えっ?人を殺して解雇だけなの?」
「死んだ部下は男爵家の三男で、あまり大きな事件にはならなかったんだ。チャルシット様は抗議したけどコランダムはそれをうやむやにして、騎士団側も解雇という形しか取れなかったらしい」
そうなんだ。家格とか絡むと普通に処分するのは難しいのかもしれない。でも下級の侯爵家のコランダムがうやむやに出来る程力があるって言うのはどういう事なんだろう。
「その時には商人のワイマールが裏で手を回していたらしいのです」
わたしの心の疑問にシュラフが答えてくれた。警備員が行った先の商人の屋敷の持ち主がそのワイマールって人なのだろう。
「で、そのまま侯爵として潰されなかったコランダムは段々その商人との癒着が強くなっていったらしい。ワイマールはいつの間にかお抱えの商人の扱いになってる。コランダムはまだ騎士団に関わりがあるらしくて、援助という形で時々騎士団に支援金を出して今も繋がりを残しているんだ」
「その金を捻出しているのはワイマールだという噂です」
セルシュの説明にシュラフの解説が入る。本当に二人は阿吽の呼吸で乱れないなぁ。
「コランダムは騎士団にそうやって味方を作っていって今やチャルシット派とコランダム派とで勢力を二分している」
所属してないのに騎士団に派閥を作れるなんて、余程うまくやっているのだろう。コランダムはそんなに騎士団に未練があるのだろうか。
「今の騎士団の中ではコランダム様の評価は高いのです。剣の技量もさることながら、支援金まで出しています。それによって一部の者からは、コランダム様を追い出すためにチャルシット様が部下を殺した罪をコランダム様に擦り付けたのではないかとの噂まで立っているのです」
「うわ……」
「勿論チャルシット様はそんな事しちゃいない。でもそんな噂が出てきた頃に何故かモーリタスがチャルシット様に反抗し始めたのさ。他のやつらと一緒になってわざわざ名前を出して悪さをし始めた」
「まるで狙ったみたいだね」
「俺はそう思ってる」
タイミングが良すぎだもんね。これはきっとチャルシット様を貶めるためにモーリタスが泳がされているのだろう。
「その頃にモーリタス様の従者が辞しております。その代わりに従者になったのがコランダム様の息のかかったツィードなんです」
色々タイミングが良すぎだよね。辞めた従者にお金でも渡したのかしら。
「しかし先程調べたところ、ツィードは元々いっぱしの悪党だったところをワイマールに拾われてそちらで仕事をしていたようです。それをコランダムが利用してチャルシット家に潜り込ませたと思われます」
「ワイマールも表の顔は凄くいいんだ。町での評判も良くて最近は孤児院の支援まで始めてる。だから表立っては慈善家だし、人望もあるんだ。だから誰もあいつの思惑には気づけない」
コランダムもワイマールも表の顔でその地位を固めているのか。凄いな。これじゃ何も知らない人は普通にいい人として評価するものね。
「しかし、最近動きがありました」
「動き?」
「今我が国には隣国の陛下が国賓としていらっしゃっております。そこにコランダム様と懇意にしている侯爵様も一緒に随行されております」
「コランダムはそいつを屋敷に呼んで、その時にワイマールにも面通ししたらしい」
「それじゃそのワイマールっていう商人はそれを足掛かりに隣国まで勢力を伸ばそうとしているって事なの?」
「普通の商人としてなら特に問題はない話だけどな」
セルシュは苦々しい顔で言った。それは何か問題があるって事なのか。
「ワイマールは人身売買にも関わってると俺は思ってる」
「人身売買!?」
思ってもみなかった単語にわたしは思わず大声を出してしまった。
「ワイマールが支援している孤児院はどれも国の支援が追い付かない小さいとこばかりで、国もそれを認めている。院の子供は自活出来る年齢になると仕事を斡旋するという名目でワイマールの元に集められる。表向きはワイマールが仕事を紹介してそこで働かせてるんだ。だけどどうやら時々そのまま商品として売られている子がいるらしいんだ」
セルシュは淡々と説明をしてくれた。でも内容はとても重いものだった。
それが本当ならとんでもない事件だよ!
「その話の根拠はあるの?」
こんな荒唐無稽な話、噂や想像だけでしていいものではない。何か確証があるのだろうか。
「先日、人身売買に関わった人物が捕縛されました。その者は買った子供達を更に売買していました」
「それがワイマールが盗賊に襲われたって言っていた子供達だったんだ」
でも、それだけじゃワイマールが指示したかどうかはわからないよね。本当に盗賊に襲われてそこから買われたのかもしれないし……。ワイマールから買ったとその人物から話が出たのだろうか。
「そこでワイマールとコランダムの名前が出てきたの?」
「それが向こうも徹底していて名前は出なかった」
「それじゃその二人がやったという証拠でもあるの?」
「証拠はまだない」
「それで何でワイマールが人身売買をしてると思うの?」
「ワイマールが人身売買をしたという証拠はない。でもやってないという証拠もないんだ」
なんなのそれは!そんな不確かな情報で動いているの!?もしもそれが本当の話だとしてもこっちの思惑がバレたら命も危ないじゃないの!
モーリタスを見たいだけだったのにこんなに大ごとな話になると思っていなかった。
わたしは状況を理解するのが精一杯だった。
読んでいただきましてありがとうございます。




